#7 元魔王は断る


 サターナスは大挙して訪れた勇者の集団を退けたのだが、魔王を倒すべく戦う勇者よりも強い、それも圧倒的な力の差を見せつけてしまった。

 平穏な生活を送ろうとしていたサターナスにとっては想定外の事態であるが、やってしまったものは仕方がない。後は野と成れ山と成れである。


■■■


 勇者を追い返した様子を見ていた村人たちは困惑をしているようだ。

 それもそのはず、勇者を軽々と倒す人物がただ者であるはずがないのだ。


「サターナスさん……」


 先ほどまで仲良く酒を酌み交わしていた大人たちは近づくことをためらっている。

 しかし、そんなことはお構いなしなのが子供だ。


「魔王様! 魔王様、魔王様、魔王様!!」

「お、おうどうしたキケとサラよ?」

「魔王様って本当に魔王様のように強いんだね!!」


 いや実際に魔王であったので、ようにどころかそのものと言って良いのだが、子供のキラキラした尊敬の眼差しを向けられて嫌な思いをするわけがない。


「そうであろう、ワシは強いのじゃ!」

「魔王様かっこいい!」

「そうだろ格好いいだろ、もっと褒めるが良い」

「魔王様は最強!」

「ああ」

「勇者なんて敵じゃない!」

「そうだな」

「わたしとけっこんして!」

「うん?」


 最後がよく聞き取れなかったが、サラがとんでもないことを言わなかったか?


「ちょ、サラ何を……」

「あーサラずるい、魔王様とケッコンするのは僕だもん」

「ちょっとまて、キケは男なのではないのか?」

「ん? ちがうよ、僕は女の子だよ」


 そんな人間の女の子はサラの様にスカートを履き、髪を伸ばすものではないのか!?

 キケは髪は短いし、ズボンを履いているではないか。

 事前に学習した[人間について]という本にもそう書いてあったのに。


「魔王様、なんでぼーとしてるの?」

「いやいやいや、待ちなさい君たち。結婚するっていきなり何をいいだすんだ?」

「私たちは魔王様のことがスキだもん。スキな人たちは結ばれてケッコンするんだってお母さんが言ってたよ?」


 そんな、何か間違っているのと純粋な目で見られると強く否定出来ないでないか。


「いや、確かに好きな者同士は結ばれて結婚をするものだが……」

「魔王様は私たちのことがキライなの?」


 キケとサラは今にも泣きそうな目でこちらを見てくる。

 人間と魔族だからと断ることは出来ないので、別の理由で断らねば。


「そうでは無い、そうでは無いが、お主等とは歳が離れすぎておる。まだお主達は結婚できぬだろう」

「そうなのサラ?」「そうなのキケ?」


 二人はお互いに顔を見合わせて首を傾げている。

 そもそも結婚の意味すらよく分かっていないのだろう。

 そろそろ手に余るので、村長に助けを求める。


「ヘルマンさん何とかして下さい」

「ほっほっほっ、サターナスさんはおモテになられるのですな」

「そんなこと言ってないで二人に説明をせぬか」

「二人とも、結婚できるのは大人になってからなんだよ。だからそれまでしっかりと逃がさないように捕まえておくんだよ」

「「はぁーい」」

「ちょっ、何を言ってるんですか!?」


 キケとサラは言葉を文字通り受け取ったのか、飛びついてしがみついてくる。


「魔王様はにがさないよ!」

「わかった、わかったから一回降りてくれ。ワシはどこにもいかぬから」

「「ホントー?」」

「ああ本当だ、村長が追い出してこぬかぎりは出て行かん」


 キケとサラは凄い勢いで村長の方をみる。


「ああ勿論だとも、好きなだけこの村に居て構いませんぞ」

「いいのですか? 先ほどの件でトラブルに巻き込まれるかもしれませんが」


 その不安は村人達が皆、抱いていることだろう。

 今後はいつ、自称勇者達が報復の為に再び、この村にやってくるかも分からない。


「確かにそうかも知れませんな」

「なら……」

「ですが我々はトラブルには慣れっこです。あんな勇者をも呼べない輩に怯えて暮らす我々ではない」


 この村の人たちは全員が忌み嫌われる黒い目をしている。

 それで幾度無くトラブルに遭遇してきたのだろう。

 魔族と同じ黒い目をしている、ただそれだけの理由で。


「分かりました、そのかわり私が出来ることが有れば何でも協力しましょう」

「ええ是非よろしくお願いします」


 難しい話をしているので黙って聞いていたキケとサラが心配そうにしているので、安心させる為に話しかける。


「大丈夫だよ、ワシはどこにもいかないから」

「「ホントー!?」」

「ああ、ずっと居るよ」

「「やったー!」」


 キケとサラは喜んで走り出して行ってしまった。


「おいおい、あいつら結婚出来ないということを本当に分かっておるのか?」

「ハハハ、まぁ子供の戯れ言ですからね、よくあることですよ」

「そうなのですか?」

「ええそうですよ、子供が親に良くいいますぞ」

「それならいいのですが……」


 こうして宴会はお開きになり、一夜が明ける。


 しかし何事もなく一日が始まるわけがなく、冒険者ギルドに呼び出される。


「サターナスさんここに呼ばれた理由は分かりますか?」

「まぁ何となく……」

「長身で短髪の黒目の人が昨夜、この村に訪れた勇者をことごとく退けたそうなのですが、心当たりはありませんか?」

「あー、確かにそれはワシだな、だが退けたのでは無くて投げ捨てた野法が正しいがな」

「そういうことを言ってるのでは有りません。昨夜の一件を受けて他のギルドから問い合わせが絶えないのですよ! それにたった今、王都にある総ギルド本部からも身分照会と召喚要請がありました」


 昨日の一件が一晩のうちに広まってしまい、問題となってしまっているみたいだ。


「そうか、だがあれはあの自称勇者達もどうかと思うぞ?」

「自称って……まぁいいですが、今の時代どこでも勇者を支援しないといけないとなっていますから、仕方がないのですよ。勇者は国やギルドから支援を受ける特別な存在ですからね」

「あんな者達が特別とするのが悪いのであろう。そうでなくては自称勇者など無限に増殖してしまうではないか」


 今は狙われる魔王の立場に無いので関係ないとは言え、そんなに勇者が増殖してしまえば相手にするのに骨が折れる。

 ワシが魔王をしていた時代でさえ、月一でやってきては相手をせねばならんので面倒だったのに、それが毎日になったとしたらゾッとする。


「確かに、今の勇者ブームは私もどうかと思います。でも自分の国、そしてギルドから勇者を輩出することは名誉ですし、それに自分の所でない勇者が魔王を倒してしまったら大変なので止まることはないでしょうね……」

「ふん、しょうもない。あんな者達で本当に魔王を倒せると思っているのか?」

「そこですサターナスさん。彼らはあれでも各ギルドでもっとも実力があるとされているような方たちなんですよ。それなのに彼らを相手にしてその評価が出来るサターナスさんって何者なんですか?」

「ワシは……」


 ここで自分は魔王だと言って信じてもらえるはずもなければ知られたくもない。とはいえ上手いごまかし方は思いつかない。


「そうですよね、簡単には教えてもらえないですよね……いいえいいんです、私はわかっていますから。サターナスさんはどこかの国の王子様だったのにその目の色から王子を名乗れず、悲劇人生を覆す為に勇者として戦っている人なんだって」

「おいちょっと待て、誰だそいつは」

「いいんです、いいんです言わなくても私はわかっていますから」

「いやだから……」


 なんだこの受付嬢は、あたまが完全にお花畑ではないか。


「まぁそれはおいといても、ワシは王都に行くつもりはないぞ?」

「ええ、そうでしょうね。隠している身分がばれるかも知れないですし、早く魔王を倒したいのでしょう。ですが説得するのが私達の役目。でも私では止められないのでギルド長の所に案内しますね」


 お花畑な受付嬢から解放されるのは良いが話がどんどん大きくなって行くのは困りものだ。


「ギルド長、サターナスさんをつれてきましたよ!」

「ああ、君か問題を引き起こしてくれたのは……」


 入って顔をみるや頭を抱えているこの男がここのギルド長らしい。

 メガネで低身長といかにも頼りない。

 だがこの若さでギルド長になるぐらいだから優秀なことは間違いないのだろう。


「自己紹介が遅れたね、僕がこのギルド、レクタリアのギルド長をしているアランだ、よろしくね」

「ああ、よろしく」

「それでやっぱり王都に行くのはいやなのかい?」

「そうだな、王都に行く訳にはいかにのでな」


 王都には魔族が簡単に入り込めないようになっているとは有名な話だ。

 ただの村であるタンデムにあった結界ですらそれなりにちゃんとしていたので、王都となるとそれは凄い結界が張られているのだろう。


「そうだよな、わかったよギルド本部には上手く伝えておくよ」

「いいのか?」

「まぁ、君を無理矢理連れて行くことは出来そうにないしね。そんなことをしたら、こっちの命がいくらあっても持ちそうにないよ」

「そうか、それは助かる。しかしこの町の為で有れば協力するから遠慮せずに言ってくれよ」

「それならこの町のためにも王都に行ってくれれば助かるんだけど?」

「だが断る!」

「それはそうか……ならまぁとりあえずは頼みたいことはないから、これ以上は問題を起こさないでくれよ

「ああ、勿論だ」


 自分から問題を起こしたかのように言われたが、あれは自称勇者がワシの者を狙ってきたから仕方がないだろう。



 こうしてこの場は収まったのだがサターナスの存在を知った総ギルド本部、そして叩きのめされた勇者達がこのままで引き下がるはずがないことは言うまでもないのであった。

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