#6 元魔王は勇者を追い返す


 元魔王であるサターナスは、人の村に自分の家を建築した。

 その建築祝いと新たに村に住むことになったサターナスを歓迎するために宴が開かれる。

 しかしその楽しげな声と匂いに釣られて、近くを通り掛かった勇者達が村に引き寄せられていた。


■■■


「はっはっは! 宴は楽しいのう!」


 酒は人族でも魔族もでも変わらず旨い。そして人の姿をした今、勇者共が突然あらわれ邪魔をしてくることもない。

 そのハズだったのだが……。


 慌てた様子で駆け寄ってくる門番。


「そ、村長! 村長はいますか!?」


 宴を楽しんでいた村長は門番の側に駆け寄り、話を聞く。


「一体どうしたんだ?」

「勇者を名乗る一団が、宿と食事を用意してほしいと」

「何だそんなことであれば用意して上げれば良いだろう。勇者を名乗るなら身分も確かだろう?」

「確かにそうなのですが、幾分人数が……」


 話をしていると、待ちきれなかったのか勇者を名乗る一団が一つ、二つ……なんと複数の勇者パーティーが集まり、優に50人を越える集団になっているではないか。

 そんなに勇者の才を持つ者がいるとは思ってもみなかった。

 これだけ勇者として活動しているなら、魔王城に頻繁に勇者が送り込まれてきたことも納得がいくが、側にいた村人に聞いてみる。


「本当にあやつらは勇者なのか?」

「ええ、ここまでやって来るような冒険者なので勇者に違いありません」

「ちょっと待て、ここまでやって来るだけで勇者だと? 勇者とは特別な才能を持った者のことではないのか!?」

「はっはっは! サターナスさんはいつの時代の方ですか。勇者イコール特別な人間というのは太古の話ですよ。今は魔王城にまでたどり着けるようなAランクに達した冒険者は、すべからく支援をどこかしらからか受けて勇者を名乗っていますよ。サターナスさんがいうような本物の勇者は中々生まれるものではないですしね」

「そうかそんなことになっておったのか……」

「そうですよ、前魔王のサターナスがアルセーヌ様に倒されてからは一大勇者時代と言われて一説には数千人の勇者がいるとも言われていますからね」

「そんなにいるのか!」


 数を揃えれば我輩、もとい魔王を倒せるものでも無かろうに。

 そんな中途半端な冒険者達に分散して投資をしておるから、本物の勇者が生まれなくなっておるのではないか?

 かつては各国で数年に一人の割合でしか勇者は生まれなかったというのに、こんなことになってしまっては後を任せたルシフェルムは大変だろう……いやあいつなら喜んで魔王の責を果たしているか。


「だが、あんなに大勢を泊めれるほどこの村に余裕があるのか?」

「無いですね。なので村長が穏便に帰ってもらえるように話を付けられれば良いのですが……」


 しかしその希望は虚しくも裏切られたみたいだ。


「どういうことだ、我々は魔王を倒すべくやって来た勇者だぞ! その我々をもてなさずに追い返そうとはどういう了見だ!!」

「ですので、皆様をもてなすほどの食べ物もなければ宿泊場所も無いのです」

「嘘をつくな! そこに食べ物はあるし、大きな建物もあるではないか!!」

「ですからあれは……」


 どうやらワシの為に用意された料理と、建てたばかりの家のことを言っているようだ。

 ワシの食べ物と家を奪おうとするとは面白い。


「これはワシの物だ、欲しければワシを倒してから言うが良い」

「ちょっ、サターナスさん何を!?」


 慌てて村長に止められるが、ワシのモノを狙う者はすべからく敵だ。

 たとえひよっこ勇者共だろうが関係はない。

 それにここの所、木を切り倒したぐらいでなまっているのでしっかりと運動をしたいと思っていた所だ。


「なんだお前は、勇者に楯突くつもりか?」


 どうやら真の勇者と共に勇者としての品格までも失われたようだな。


「お主らのような輩が勇者だと誰が認める? 勇者を名乗りたければ勇者然としたことを見せてみよ」

「なんだと? はっ、お前みたいな庶民とは違って俺らは国に認められた選ばれた勇者なんだ。何を証明する必要がある!」

「口でしか勇者を語れぬ半端者め。これまで魔王に挑んできた者達を汚すような真似は止めるのだな」

「なんだと……貴様、どうやら痛い目に会わねばその減らず口は閉じぬようだな」

「面白い、お主ごときでワシを痛い目に合わせられるとでも?」

「この野郎!!」


 自称勇者が挑発に乗って剣を抜く。だがあの程度であればこちらは素手でも十分だ。

 その様子を見ている村長は目を覆わんばかりであり申し訳ないが、これは魔王としてのさがだ。

 魔王の持ち物を狙う、そして勇者を名乗る者をどうして放っておけようか。


「さぁ、来い。お主のようなFランク冒険者など素手で相手してやろう」

「はっ、後で後悔するなよ!!」


 自称勇者の持つ片手剣が振り下ろされ、村人達の悲鳴が上がる。

 だが神官の加護すら掛けられていない聖剣とも呼べぬ、なまくらな剣などワシを傷つけられるハズもない。

 避けることすらせず、体でそのまま受け止める。


「はっはっは! ざまぁみやが……れ?」


 手応えがあったにも関わらず、無傷の様子を確認して驚いたみたいだ。


「だから言っただろう、お主のなまくらな剣ではワシを……」


 一歩、勇者に近づこうとすると、剣で斬られた服がめくれてしまう。

 魔王城ではそれは防御力にも優れた一流のものしか着てこなかったが、さすがにここでそれを着ていると目立つので、他の村人が着ているものを着ていたのだが、耐久力など無かったみたいだ。

 しかしワシの持ち物を勇者が傷付けたことには間違いない。


「貴様よくもやりよったな!!」

「は? 何を言って……そうか実は斬られてダメージを負ってるんだな! ビビらせやがって」


 何か自称勇者は勘違いしているみたいだが、もう許すことは出来ない。

 しかし見兼ねた他の勇者が止めに入ってくる。


「ちょっと、もう止めてあげなって。この人も強がってるだけみたいだしね。ほらそこの人も早く謝って!」

「何を言い出す? お主はワシを怒らせた。このままただで帰すわけが無かろうに」

「ちょっ、せっかく止めてあげてるのに!」

「なんだ、そこの女もワシの食べ物と家を欲すのか?」

「そんなこと言ってないでしょ!? もう怪我しても助けてあげないんだから!」


 どうやら間に割って入ってきたこの女は回復術師のようだ。

 だが神の加護を用いた魔法を魔族のワシに掛けても不快なだけで意味がないので教えてあげる。


「お主のような者が掛ける魔法など効かんわ」

「へー私の魔法ではショボいって言うのかしら? 魔法学校を首席で卒業した私の回復魔法が?」


 ん? どうやら勘違いしたみたいだが、面白そうなので乗っかることにする。


「そんなお子様学校で学んだことに何の意味がある? それで魔王が倒せるというのか?」

「ちょっ、折角助けてあげようとしていたのに、もう知らない」


 女回復術師は怒りながら離れていこうとするが、それではつまらない。

 相手は多い方が良い運動になる。


「はっ! ワレが怖くて逃げ出すか小娘! やはりガリ勉は実戦では通用せぬから怖いのか?」

「ちょっと貴方ね……いいわよ私の魔法を見せてあげる」

「そうこなくてはな。さぁこい小娘!」


 しかし折角、興が乗ってきたのに、先程の片手剣の自称勇者が邪魔をしてくる。


「ちょっと待て、こいつは俺の得物だ。勝手な真似をするんじゃない!」

「……なんだお主の剣など取るに足らんことは示したというのにまだ分からんのか、ならお主らまとめて掛かってくるが良い」

「「なっ!!」」

「なんだ2対1が卑怯だとでも思っているのか? それは実力が近い者が言える言葉だ。お主らとワシには天と地ほどの差があるのだから気にするでない」

「くそっ、舐めやがって!」


 やはり自称勇者は扱いやすいな。

 感情に任せて斬りかかってくるから、攻撃も単調なのはいただけないが。

 そしてもう一人の回復術師も、しっかりと攻撃魔法も覚えているようで、すかさず魔法で攻撃してくる。

 ただ連携などあったものではないから、時折お互いがお互いを邪魔している。


「どうした! 口だけ達者で攻撃してくる暇も無いってか!」


 単に攻撃をしてしまうと直ぐに終わってしまい面白味に欠けるからなのだが、そろそろ村人達が心配して倒れてしまってはいけないし、料理が冷める前に倒さなくては。


「よかろう、お主らにはこの中指だけで攻撃をしてやろう」

「はっ、また挑発か? そんな指一つで何が攻撃だ! やれるものならやってみろ!!」


 本当に指一つで相手をしてやるというつもりで言ったのだが、中指を立てる行為が挑発に映ったようだ。


「まぁ、よかろう。しっかりと目を開けて見るが良い」

「いっ!!」


 一瞬で自称勇者に詰め寄り、親指で溜めた中指を弾き出す。

 指で弾いたとは思えぬ重たい衝撃を与え、自称勇者は弾き飛ばされて行き村の外まで吹き飛ばされる。


「さて残るはお主じゃな」

「や、止め!」


 再び鈍い音と重たい衝撃波で回復術師は吹き飛ばされていく。

 人間には『女子供に手を出すな』という風潮があると聞いたことがあるが、ワシは人間ではなく魔族だ。

 それに攻撃を仕掛けてくる者に仕返しをしては為らぬ理由などあるはずがない。


「さぁ、他にワレに挑む者はおるか?」


 後ろを振り向き、自称勇者の集団の方向を見やる。


「いやぁ俺は……」「お前いけよ」「私は今怪我してるし」


 どいつもこいつも歯切れが悪いな。


「なんだお主らは魔王を倒そうとする勇者では無かったのか? こんな村人Aすら倒せぬで何が勇者だ」


 再び挑発し自尊心を煽ってみるのだが、先程の圧倒的な力の差を目の当たりにして怯えてしまっている。


「つまらんのう……だがただで帰すつもりは無いがな」


 一度でもワシのモノを狙って、ワシの敷地に踏み入れたのだからこのまますんなりと帰すつもりはないのだ。

 それからしばらくは千切っては投げの繰り返しだ。

 本当に人を千切る訳ではないが、しょうもない武器は破壊して回った。

 このあと報復に来て村人が怪我をしてはいかんのでな。


「くそっ! 覚えとけよ!」「こんなはずでは……」「せっかくここまで来たのに!」


 倒された勇者達は口々に捨て台詞を吐きながら村から去っていく。



 こうしてサターナスを歓迎する宴は思わぬ余興つきで終わったのだった。

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