#2 元魔王はギルドに加入する。


 魔王城から最も近い町、タンデムにやって来たサターナスは、たまたま遭遇したどこかの国の勇者らしき男に色々と教えてもらうことが出来た。

 魔族であることがバレないよう気を付けなくてはいけないこと、そして黒い瞳をしていても普通に生活できる村の存在を知れたことは幸運であった。

 しかしそのニグルムの村に向かう前に、ここ魔王城攻略の拠点となっているタンデムの村を散策することにした。


■■■


「おお! おー! へぇー!」


 見るもの全てが新鮮であり、思わず感嘆の声が漏れてしまうが誰にも聞かれることはない。

 ここはタンデムの町の市場であり、冒険者で溢れかえった最も賑やかな場所である。

 ワシが倒されたとされたことによって、明らかに魔王戦に臨むレベルに達していない冒険者までやって来るようになっているらしい。

 というのも、美味しそうな匂いに釣られて買った串焼きを売っていたオバチャンに教えてもらったのだが、人間は斯くも素晴らしき食べ物を作るのだなと感動もした。

 お金はというとこれまで無駄に挑戦して来た勇者が持っていたお金が腐るほど魔王城にあるので全て持ってきた。

 流石に手では持てないので空間魔法を応用して収納はしているのだが、そこから取り出したときにオバチャンは大層驚いていた。

 オバチャンが『アイテムバックから取り出しただけだよね?』と聞くので頷いたが、今後は取り出すときは懐に手を入れるなどしてからにせねばならぬだろう。

 しかしそのアイテムバックとやらが気になり、そこら辺で売ってないか探すのだが一向に見つけられない。


「へいそこのフードを被った兄さん、そんな所に立ち止まるなら果物でも食べていきな!」


 要らぬトラブルに巻き込まれないようにフードを被っているのだ。

 おかげで凝視されなければ黒目で絡まれることはない。


「ああ、すまんすまん邪魔であったな。一つ買うから教えて欲しいことがあるのだが?」


 懐からお金を取り出し、アイテムバックを売っている場所を尋ねる。


「兄さん、そんな高価なものはこんな市場にはおいてねぇよ。欲しいならどこかの商会の商人を訪ねるしかねぇ」

「そうか……ではその商人はどこに行けば会えるのだ?」

「そりゃおめぇ、この町で一番大きな建物の場所に行けば分かるぞ。そこはこの町のギルドでな、商会の支店も併設されてんだ」

「そうかならそこに行ってみよう! お釣りは要らぬから貰ってくれ」

「要らないってお兄さん……これ金貨じゃねぇか!」


 後ろで驚いている店主を後目に、その場を立ち去る。

 そしてこの町で一番大きな建物を探すことにした。


■■■


「ここか」


 確かに看板にはギルド[カラベルク]と書かれ、その横に[ターミナス]商会の文字が掲げられている。

 出入り口からはひっきりなしに冒険者たちが行き交い、ここも活気に溢れている。

 いつまでも建物の前に立っていると再び不審者扱いされかねないので、さっそく中にはいることにした。

 そこは魔王討伐を目論む冒険者たちでごった返しているのだが、気付かれることはないので関係ない。

 さっそくカウンターにいる女性に話しかける。


「アイテムバックを見てみたいのだが、見せてくれんか?」

「アイテムバックですか? それでしたらカラベルク商会さんの所ですね。2階になるのですが、貴方は冒険者の方ですか?」

「何だ冒険者でなければ買えぬのか?」

「いえ、2階はAランク以上の冒険者に解放している場所でしてそうでなければ入ることが出来ないのです」


 魔王討伐を控えた冒険者を優遇しているらしいが、それではワシは入れぬではないか。


「何とかならんのか?」

「そうですね……冒険者でないとなると流石に。ですがこれを期に冒険者になるのであればターミナス商会の商人を紹介ぐらいは出来ますよ」


 元魔王であるワシが、魔物をそして魔王を倒すことを目的とした冒険者になるというのは如何なものであろうか?

 しかし、今後に行く先々で身分を証明するのにノイハイデ王国の剣を見せるわけにはいかない。

 悩ましいところではあるが、入らざるを得ないな。


「よしそれならば加入しようではないか」

「はい、分かりました。そんなに笑みを浮かべるなんて、冒険者になりたいならもっと素直に早く行ってくれれば良かったのに」


 いかんいかん、つい口元がにやけてしまっていたようだ。

 確かに多くの勇者が所属していたギルドというものには興味があって気になっていたが、自分が入ることになって不覚にもワクワクしてしまった。

 しかしこの受付嬢には加入したくても素直に言えない奴と思われてしまったみたいだな。

 別に訂正する必要はないので構わないが。


「それで加入するには何かする必要があるのか?」

「ええ、こちらの用紙に必要事項を記入していただきます。そして犯罪履歴が無いかを確かめる意味も含めまして、こちらの魔水晶に手を触れて頂きます」

「それだけか?」

「後は、登録料が金貨10枚になります」

「ふむ、それならかまわん」


 金貨を今度は怪しまれないように懐から出したように振る舞いながら10枚払い、用紙に名前と戦士や回復術師などの戦い方を記入する。


「はいそれでは拝見させていただきます。えっとサターナス・アズモディアナさんですか……どこかで聞いたことあるような」


 誤魔化さなくても前魔王は殺されたことになっているのだ。

 逆に偽名を使ってあたふたふるよりよっぽどマシなので、正直に書いたがやはり駄目だったのだろうか?

 仕方がないので言い訳をすることにする。


「亡くなったワシの親は魔族信仰をしておってな、魔王の名をワシにつけたのだ。本当に迷惑な話よ」

「そうか……サターナスはあの前魔王の名前でしたね。名前のせいでさぞ大変な目にもあってきたでしょう」


 確かに魔王そのものであるから、勇者に狙われるという目には合ってきたので間違いではないな。


「ああ、この名のせいで大変な目に合ってきた」

「それにしてもだから冒険者になれると言った時にあれほど嬉しそうだったのですね!」


 上手いこと勘違いしてくれたので乗っかることにしよう。


「そうだ今までは親に止められていたが、晴れて自由の身になれたのでな。こうして冒険者になろうとやって来たのだ」

「やっぱりそうだったのですね! 因みにですがサターナスさんの出身はどちらで?」


 どうやら魔族崇拝者がいた町のことを聞き出そうとしているみたいだ。

 さもすればこれから行くニグルムの町にも迷惑をかけるやも知れないので適当に誤魔化すことにする。


「ワシはここから更に先の魔王城の方に住んでおった。必死にここまで来たので場所までは覚えてはおらぬが」

「やはりそうなのですね。噂では魔族崇拝者が集まる村がこの先に幾つかあるらしいとは聞いていましたが、実在するとは……」


 その噂はニグルムの町が間違って伝わったものではないかと思うも、下手に口を出して迷惑を掛けるといけないので言わないことにした。


「ご協力ありがとうございます。これで魔族崇拝の全貌を暴くことに繋がれば良いのですが。あっ! 登録の途中でしたね。ではこちらの魔水晶に手をかざして下さい」

「こうか?」


 魔水晶に手をかざすと、水晶の中身が反応し煌めきだす。

 そして一瞬の閃光と共に割れてしまった。


「なっ! 魔水晶が割れるなんて!!」

「すみません、ワシが何かやらかしたのでしょうか?」


 言われた通りに魔水晶に手をかざしただけで、力などは込めていないのだが。


「えっとですね、私も初めて見ましたが、おそらくサターナスさんの力が強すぎてこの魔水晶では耐えきれなかったのでしょう。サターナスさんの責任ではないので大丈夫ですよ。それに黒く濁ることはなかったので犯罪歴も無さそうですしこれで登録は完了です」

「そうか……それは何だかすまないことをしたな」

「大丈夫ですよ、逆にお怪我をさせるところで、本当にスミマセン」


 後に聞いたらこの魔水晶とやらは相当な値がするものらしく、本当に悪いことをしてしまった。

 魔王レベルの魔力を計測する想定などしている筈もないものな。


「ではこれで冒険者になったということで、ターミナス商会の商人とやらを紹介して貰えるかな?」

「ええ、呼んで参りますので少々お待ち下さい」

「そうですか、なら後片付けはワシがやろう」

「本当ですか! それなら道具も直ぐにお持ちしますね!」


 受付嬢は止める間もなく道具を取りに行ってしまった。

 別に道具などなくても魔力を操り飛び散った破片を集めることは出来る。

 なので手をかざし魔力を使って破片を一ヶ所に固める。


「あっ! まさか手で破片を触ったのですか!? もう危ないですよ、道具があるのだから気を付けてください!」


 どうやら魔力で集めるという発想すらこの受付嬢にはなさそうだ。

 それだけでも人間ができる魔力操作の程度がしれる。

 これで駄目ならよっぽど目立たないようにするには気を張らねばならんな。


「なに、問題はない。それより後はやっておくから、商人を呼んできてくれ」

「わかました。ですが次はこの箒を使ってくださいね」

「わかった、わかった」


 さも人間とは不便なものである。たかがゴミを集めるのに道具を使わなくてはいけないとは。

 しかしここは我慢して言われた通りに箒で掃くしかない。

 しばらくすると受付嬢が一人の男性を連れてきてくれた。


「サターナスさん、こちらがターミナス商会の商人さんです」

「お初にお目にかかります。私は紹介の通りターミナス商会の商人をしておりますフランツと申します」

「そうか、ワシはサターナスだ」

「サターナスというとあの魔王の名前ではありませんか?」

「そうだ何か問題があるのか?」

「いえいえ商人はお金になるのであればたとえ魂であろうとも売りさばいてみせますよ」

「それはまた大きく出たな」

「いえいえこれは心構えの話ですから。それで本日はアイテムバックをご所望とか?」

「ああそうだ、出来るだけ最高の機能を持ったモノを見せて頂きたい」


 一番上の商品を見れば、どれ程の空間魔法を操っているのか程度が知れるはずだ。


「そうですか……失礼ですが先ほど冒険者になられたばかりとお聞きしていますがお金の方は大丈夫なのですか?」


 フランツの言葉で、登録後にギルドカードを渡さなくてはいけないことを忘れていたことを思い出したらしく、受付が走って持ってきてくれた。

 そしてそこには登録したばかりということを表すGの文字が書かれている。


「確かに登録したばかりだが、お金なら問題ない」


 懐から出したように、金貨の袋を取り出す。


「これは確かに問題ありませんね、失礼致しました。たまにお金もなしに見せろと言ってきては、いちゃもんを付けては商品を奪い取ろうとする輩がいるものですから」

「そんなことをワシがするとでも?」

「いえいえそんなことはございません。ですが商人は用心深いものなのです。それでは持って参りますので少々お待ち下さい」


 ということで2階から持って降りてきたアイテムバックを確かめる。

 しかしやはり容量はたかが知れており、自分が空間魔法で収納できる容量には足元にも及ばない。


「これで最上級なのだな?」

「ええそうでございます。こちらが現在お出しすることが出来る最高の商品となります」

「現在? ということはもっと上があるのか?」

「ええ申し訳ないのですが、この辺境の地に持ってくることが出来ない貴族やそれこそ国が派遣する勇者が持たれるようなアイテムバックがございます」

「そうか……」


 今見せられたものが最上級ではないと聞いて逆に安心する。

 確かに今までワシに挑んできた勇者のレベルは低いものだったが、魔王であるワシが心配になるレベルだ。


「まぁ良いか。これを買おうではないか」

「本当でございますか!? ではこちらのお値段は金貨500枚になります」

「そうか」


 先ほど取り出した金貨の袋だけでは足らないので、さらに幾つかの袋を取り出す。

 しかし武器と金貨以外のアイテムは使えそうにないからとルシフェルムに捨てさせておいたが、ここまで高額なものであるとは思いもしなかった。

 しかも勇者が持っていたものだから、もっと値段が張るものだったのかもしれない。


「確かに、500枚を頂戴しました。ですがその懐にはもしやアイテムバックがあるのではないですか?」

「ああ、確かにそんな感じだな?」

「でしたら中古のアイテムバックを売りませんか? 高く買い取らせて頂きますよ?」


 本当に商人はお金になりそうなことには直ぐに飛び付くようだ。

 しかしこれはワシの魔法であって道具ではないので売ることはできない。


「すまんな、これはワシにしか使えないものでな売ることが出来ないのだ」

「そうでございますか……ですが気が変わりましたらまたお声を掛けてください」

「それは無理だな。ワシはこれからニグルムの町に向かうでな。おそらくここには戻っては来ぬ」

「そうでありましたか! では後日そちらにも伺わせて頂きます!」

「なぜ御主がワシの所に来るのだ?」

「これだけのお金を直ぐに出せるお方などそうはいませんよ。それにサターナス様の近くにはお金の匂いがするのです」


 何とも嫌な理由だが、確かに必要なものを売ってくれるのであれば便利なので断る理由もない。


「そうか、それならその時はよろしく頼む。受付嬢さんも世話になったな」

「いえ当然のことをしたまでですよ! ニグルムの町にも冒険者ギルドはあるので、是非これから頑張って下さい!」

「お、おう。まぁほどほどに頑張りますよ」


 元魔王であるワシが魔物退治に精を出す訳はないのだが、一応は返事をする。



 こうして冒険者ギルドに別れを告げたサターナスはニグルムの町に向けて出発するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る