#1 元魔王は人の村を訪れる
魔王サターナスは勇者アルセーヌ = ティトルーズによって人の姿に変えられた。
しかしサターナスはそれを良いことに、勇者に狙われ続ける魔王の座を辞めて部下であるルシフェルムに押し付けた。
そしてサターナスは人間の動きを学ぶ、そして元の姿に戻るという名目のもと人間の世界で生活をすることにしたのであった。
■■■
「ワシは自由だ!」
魔王城から出発したサターナスは高々に宣言する。
引き継ぎ作業やら何やらで一年という時間が経過してしまったが、そんな時間はこれから始まる自由な生活と比べると些細なものだ。
何と言っても理由もなく勇者に命を狙われることは無い。
魔王城にやって来た勇者がフードを被った自分のことには目もくれずルシフェルムを攻撃した時には心が踊ったものだ。
「さて……人間の町はどっちだったかな?」
何分、徒歩で魔王城の外に出るのは久々のことである。
外に用事があればドラゴンの背に乗って飛ぶのが常だったのだ。
「まぁ適当に走れば何れはたどり着くだろう」
どれくらい掛かるかは知らないが、とにかく魔王城を離れることにする。
■■■
時間にしてどれくらいが経過しただろうか。
おそらく半刻と立ってはいないだろう。
「ここが人間の村か」
当然のごとく人間の村に入ることは初めてである。
極悪非道の魔王であれば蹂躙するために訪れることもあるのだろうが、そんなことはしたことがない。
基本的には他の魔物と人間の争いには我関せずだったのだ。
「おいそこのお前は何者だ!」
出会ったばかりなのに、いきなり何者だとは失礼な奴だな。
しかし今はただの人間として振る舞わなければいけないだろう。
「ワシは人だ! この村に入りたい!」
「……何を言ってるんだお前? 人なのは見れば分かる。俺はいきなり現れては辺りをキョロキョロと見回すお前が挙動不審だから声を掛けたんだ!」
確かに今は人の見た目なのだからその通りである。
そしてこのおっさんは門番であるようだ。
「ああ、なるほど……だが、初めてくる場所が珍しくて見回すことは普通では?」
「ここは魔王城から最も近い町タンデム……と言っても徒歩でたどり着ける距離ではないが、それでも凶悪な魔物が彷徨いている場所だ。それなのに町の外で無防備に観光する奴なんて普通でたまるか!」
「ああそうか……では村の中は安全なのか?」
「当然だろう、タンデムの町には魔物避けの結界が張ってあるんだ。それも魔王が来ても大丈夫なように強力な結界をな。だから生半可な魔物が入ろうとしても防いでくれる。それに魔物が通れば異変が町中に知らされることになるから勇者がすっ飛んでくるぞ」
「へぇー、そうなのか]
「そうなのかって、こんなこと赤子でも知ってるような常識だぞ?」
常識と言われても今まで興味すら無かったので知らなくてもおかしい話では無いだろう。
しかし町の中に突っ込む前に聞けて良かった。
何も対策をせずに村に入っていればいきなり魔族であることを疑われた可能性がある。
そうなってしまえば人間の暮らしをするなんて夢のまた夢だろう。
しかしこれぐらいの結界であれば魔王であるワシにとっては回避する術を持っている。
「ああ、言い間違えただけだ。それでワシはもう村の中に入って大丈夫なのか?」
「まぁ待て、何か身分を証明するような物は持っていないのか? ここまでくるような実力の持ち主ならばギルドカードぐらい持ち合わせているだろう?」
ギルドカードとはなんであろうか知らないが、どうせ常識であって益々に疑われるかも知れないので聞くのは止めておこう。
しかし身分を保証するようなものを何か出さなくてはいけない。
「ふむ、ギルドカードではなくこれでは駄目かな?」
そう告げて見せたのは勇者が持っていた剣だ。
そこにはどこかの国かギルドの紋章らしきものが刻まれている。
「こ、これはノイハイデ王国の王家の紋章! すみません、もちろんお通りして頂いて構いません」
「お、おうそうか……しかしなんでいきなりそんなに畏まってるんだ?」
「それは魔王サターナスを倒したのがノイハイデ王国出身のアルセーヌ様だったからですよ。今やノイハイデ王国の、それも王家から推薦されている騎士は他のどの冒険者よりも最重要人物として扱うようにお達しがあるのです」
「へぇーそうなのか」
何気なしに剣を見せてしまったが、この剣を持っているといらぬ注目を浴びかねないということだ。
下手に特権を使って、身バレするのが一番怖い。
「いや、色々と騒がしてすまないがこれで村に入っても大丈夫か?」
「もちろんです。よい旅を」
まだまだ気を付けなければいけないことは多々あるだろうが、まずは結界をすり抜けねばいけない。
人の目には見えないように隠匿の魔法を掛けてあるみたいたが、ワシには通じない。
僅かに揺らぐ結界の膜に手を当てて魔力のパターンを解析をする。
後ろではまたしても門番が不思議そうに見ているが、おそらく人には結界をみることは叶わないのだろう。
「ふむ、これなら魔力を外に発することさえしなければ問題ないな」
ということで自身の魔力を遮断してから村の中に足を踏み入れる。
そして見立て通りに何も問題は起こらない。
「フハハハハ! ワシに掛かれば造作もないことよ!!」
一人で喋ってまわりから痛い視線を浴びてしまった。
いつもであればお付きのものが近くにいるから、思わず喋ってしまった。
しかしこのお陰で、冒険者らしき者に話しかけられる。
「お兄さんはどこかで見たことがある気がするのだけれども、もしかして英雄アルセーヌ様の御親族ではありませんか?」
「英雄? あやつは英雄として崇められておるのか!?」
「はい、魔王サターナスを倒された勇者なので当然ですよ! 自分も魔王ルシフェルムを倒して英雄になってみせます」
「そうかそうか、それでアルセーヌの親族かという問いだが、それほど似ておるかな?」
元の姿は同じものであるが、流石にそのままの姿で人の町に降り立つ訳にはいかないので、いろいろと変えてみておいたのだ。
例えばキザな長髪はスッキリとした短髪にし、ホッソリとした体躯は鍛え上げることでガッチリしたものに。
さらに目の色は魔王の魔力特有の黒に変わっている。
人にも黒い瞳をしたものは要るそうだが、忌避され迫害の対象になっているとも聞く。
「っつ! その瞳の色は……いえ失礼しました。ここまでやってくるような人なのだから立派な方なのでしょうが、アルセーヌ様の燃えるような赤い瞳とは違いますね。どうやら勘違いだった見たいです」
「まぁ良い。だがやはり黒い瞳は忌避するものか?」
「そうですね……魔族側が持っている黒い質の魔力を持つ者が黒い瞳を持つとされていますからね。魔族に恨みを持つ人は多いですから当然です」
「やはりそうか……しかし御主はなぜそれほど忌避せぬのだ?」
「ええ、黒い瞳を持つ者だとしても人は人。勇者である私が守るべき存在なのですから」
「そうかそうか、良い心掛けだな」
しかしこの勇者のように黒い瞳を見て拒否反応を示さない保証はない。
せっかく魔王の仕事から解放されたのだ。
出来ればゆっくりとした生活を送りたい。
「出来れば、御主と同じような考え方をした人が多い場所に向かいたいのだが、どこか良い場所を知らぬか?」
「それでしたらこの村に一つ前にあるニグルムは訪れなかったのですか?」
「ああ知らん、どうやら気付かなかったみたいだな」
魔王城から来たので逆方向だとは言えないので、気付かず素通りしたとしか言えない。
「そうですか……そこは黒い瞳をした者が集まって造られた町なのです。初めは私も驚きましたが、そこの町の者には随分と助けられました」
それはワシと同じ系統の魔力をしておるから実力に疑いはないだろう。
何と言っても万能の黒なのだから。
「なぜ驚くことがあるのだ? 迫害されているから身を寄せあっているのは不思議ではなかろう」
「それはそうなのですが、まさか劣等色の黒であれほどまで強い人がいるとは思っても見ていなかったのです」
「ん?」
聞き間違いであろうか。
あろうことか、ワシの持つ万能の黒の魔力を劣等魔力と蔑んだように聞こえたのだが。
「今何と申した?」
「ええですから……いえ貴方も黒い瞳をしたお方でしたね。ですがここまで来られるほどの実力の持ち主。やはり私が間違っていたのかもしれません」
「それはそうだ、黒は至高の色だぞ?」
「ハハハ、それは良いですね。ですが他の方にはそれを言わない方が良いですよ。魔族崇拝者と誤解されかねませんから」
「何と、そのようなことが!」
この者にここで会い知ることができなければ、瞳の色をバカにされればキレて黒の魔力の素晴らしさを教え込まんとしていたかもしれん。
そうすれば魔族崇拝どころか魔族として疑いを持たれるところだった。
「ええ気を付けてください。しかしこのようなことは常識なのですが?」
「ああワシは凄い田舎出身でな、如何せん常識には疎いのだ」
「そうですか……ですが差別の無いその村に私も一度訪れてみたいものです。魔王を討伐した暁には是非に招待してください」
「あ、ああそうだな。魔王を討伐したら連れていこう」
連れていかなくてもそこは魔王城なのだから、勝手に今から行くだろうとは口が裂けても言えないのでやんわりと返す。
このレベルの勇者に負けるとは思わぬが、ルシフェルムには頑張って貰わねば。
「それではお互いに魔王討伐に向けて頑張りましょう!」
「お、おう。御主も頑張るが良い」
元魔王が魔王を討伐に行こうとする訳が無いだろうとツッコミたいが言えない。
これがルシフェルムなら存分にいじってやる所なのだが。
しかしニグルムの町を拠点にすることにしても、折角来たのだからまずはこのタンデムの町を探索したい。
こうしてサターナスは情報を仕入れる為にもタンデムの町を色々と見て回ることにしたのであった。
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