Act:3-3
役所の中、ゲートの手前。
そこに試し打ち専用の練習フィールドがある。
10メートル四方の小部屋。
奥の壁には一面に半透明に透けた薄いガラス状の的。
ガラスでできたものではない。そう見える、ホログラムの的だ。
銃だって光でできた疑似弾をしているのだから、実体は不要なのである。
そもそも、実体に当てたって影響のないものだ。
俺たちは信号によってダメージを計測、そして起動停止するだけなのだし。
ナユタは何も言わない。
一定のリズムで引き金を引いて的を射抜いている。
どれだけの時間をそう過ごしただろうか。
初めはその場で動かずに的を射抜いていたナユタが、次第に前後へ移動しながら、さらには横へスライドしながら、的を射抜くようになった。
その間、狙いを外したところは……ない。
今では的から一定の距離を離したまま縦横無人に飛び跳ねつつ射抜いている。
……普通狙撃手がやっていい動きではない。
「固定砲台も、まぁ……楽しいんだけど、な。SVDなんて狙撃っていうより近接支援火器だし、なぁ……AKと大差ないだろ」
俺が凝視していたのが気になったらしい。
ようやくナユタは視線を俺へ向ける。
その瞳はどこまでも澄んでいた。
俺たちアンドロイドには馴染みの薄い事実だが。
本来銃は、命を奪うものである。
そのことを、ナユタは身に染みて知っているらしい。
のに。
ならばなぜ。
ナユタはそこまで澄んだ……穢れのない瞳でその銃を持つのだろうか。
なんて。
そんな思考をかき消すように俺は頭を振る。
ナユタは俺を一瞥し、しかし何も言わずにまたスコープに視線を落とした。
そして引き金をもう一度引く。
瞬きの間もおかずに的が砕けてキラキラと輝きながら溶け消えた。
それを眺めていた俺は、ナユタの声で現実に引き戻される。
「さて、帰るか」
「いいのか?」
「まぁ、ここでやれることはやっただろ」
そういいつつナユタは虚空にSVDを沈める。
ほんと、便利な技術だな……それ。
---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・
俺は白目をむいたまま虚空を見ていた。
家、である。
右手にはマグカップ。左手にはショートブレッド(チョコレート味)
マグカップの中には紅茶(という名の香料で味付けされた水)
……。
オイシクナイ……。
何だろう。
ほんと、味が……
「クドい、んだろう……なぁ」
煙を吐きながら、俺は呟く。
甘味料の味が、どうもクドい。
我慢できないレベルで。
「ナユタ、これってこんなにまずかったっけ」
「お前、結構舌繊細なのな」
もそもそと俺と同じショートブレットを食っていた。
ナユタはまずそうにはしていない。
……繊細なのか、俺の舌。
そう思いつつショートブレッドへと目を落とす。
縦10㎝横2㎝、高さ2㎝程度の直方体であるソレ。
原材料は小麦、砂糖、水……とされているけれども。
本当に……か? と、疑いたくなる。
こう……ナユタの持っていたショートブレッド……あっちは小麦、タマゴ、砂糖、ギュウニュウ、そしてドライフルーツというものを使っているらしいけれども。
アレを食った後だと……あー……ひどく、くどいくらい甘い壁という表現も、間違いじゃないだろう。
今まではこれしかなかったからショートブレッドで我慢できたが……
こう、ナユタのアレを味わってしまうと……
「なぁ、ナユタ。ナユタと俺が出会った場所……あそこの生産プラントってどうなってんだ? あそこだってルマトーンとあまり変わらない環境だよな?」
問えば、ナユタは虚空を見上げた。
そしてこてり、と小首を傾げる。
「いや……あの場所は……地上にあるんだ。今は」
「ん?」
「まぁ言っても、環境は一緒か。どうせ太陽を拝める場所じゃない。今の地上は……変換器に空を閉ざされた極寒の地だしな」
ショートブレッドをかじりながら呟くナユタ。
ヘンカンキ?
「ヘンカンキって、何それ」
素直に問えば、ナユタが瞬いた。
「えっ」
「え?」
ナユタが驚きに声を挙げる。
それに俺は驚いた。
室内に変な空気が流れる。
「え、知らない? 変換器」
そう言って、しかしすぐにしたり顔を浮かべ、それから納得いったというようにしかし苦笑気味に頷く。
「まぁ、万年も超えればなぁ……」
そしてナユタは人差し指を立てた。
何かを教えるように、いや、事実それは歴史の授業だ。
ゆったりと語り始める。
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