Act:3-1

 俺が家について3時間後。

 ナユタはフラりとやって来た。

「いやぁ、アリシアがものわかりよくって助かったー」

 なんて、気楽に笑っている。

 え、マジでなんもなかったの?

「ま、あいつは俺の本気知ってるからなぁ」

 ウケケ、と意地の悪い笑みを浮かべてナユタは嘯く。

 え、なにそれ、超怖いんだけど。

あれか、触らぬ神に祟りなしってやつなのか?

「まあ、それはいいとして」

「いいのか」

いいんだよ、とナユタが笑う。

酷く楽しそうだ。

「俺もルマトーンの市民権を得たからなー。明日から【戦争ごっこ】に参戦するぞー」

「え、まじで」

市民権得たの? 一体なにしたの?

市民権……というか、このルマトーンで生活するにはIDを登録する必要があるわけだけども。

ID付与は製造時に行われるわけで、基本的にはIDを管理しているのは【工場】なので。

つまり、【工場】に掛け合ったわけになる。

いや、議長ならできると思うけどさぁ……

【工場】まで動かすとか、すげえな。

「狙撃なら任せろ」

親指を立てて自信ありげに笑むナユタ。

え、まじで参戦するの? まじで遠距離任せて良いの?

「ただし【本戦】限定で頼む。ちょい、会いたい機構天使……お前らが言うアンヘルがいるんだよ」

俺は基本的には【本戦】しかしないから、そこは別に良いんだが。

会いたいアンヘル、ねえ……。

ナユタが会いたいなんていうなんて……

規格外なんだろうか? そいつも。

「しっかし、だ。アラヤ? お前らの家って、みんなこうなのか?」

熟考に耽りかけていた俺をナユタの声が引き戻す。

一瞬何を言われたかわからなくてフリーズした。

「うぇ?」

 目を瞬かせてナユタの方を向く俺。

 ナユタは不思議そうに俺を見て首をかしげていた。

「ぼろいな?」

 ……

 あぁ……。

「まぁ軽く補強したり、修繕はするけどなー。この町に、もとからあったものをつかいつづけてるから。そりゃぼろいよな」

「……まぁ、5万年使ってりゃそうなるか」

「ナユタ、知ってるのか?」

5万年って。

「知らないことはないよ」

 そう言って、ナユタは目を細めた。

 それから肩すくめて苦笑に変える。

「この町の、食事事情しりたいねぇ。俺は」

 あー……

 濁された、と思うけれども。

 まぁ、言いたくないことも、言えないこともたくさんあるみたいだし、無理に聞き出しても無駄だということはわかっているので、素直に話をそらされることにしとこう。

「ショートブレットか、違法屋台、どっちにする?」


 †


「……壁、だなぁ……」

 備蓄のショートブレットを一口。

 口をボソボソさせながらナユタは呟いた。

 ……まぁ、そうなんだよね。

 ナユタのアレらの食事を体験した後だと、ショートブレッドは……アレ。言いにくいな……。

 もう、俺ショートブレッドは食える気がしない。

 栄養は満点なのだ。

 添加しまくってるので、これだけで生きてはいける。

 生きてはいける、のだが……。

「これ、ホントに小麦使ってるのか……?」

「最早、自信ないが……表示上は使用しているらしい」

「まじかよ……」

 といいながらナユタはさらにショートブレッドをもそもそと口に運ぶ。

「ついでに、これなに味」

「紅茶」

「うっそだあ……」

 絶望した、と顔に書いていた。

 まぁ、あれが普通のナユタには……厳しいよなぁ……

「次からは露天いこうか。まだましだから」

「信じて言い訳……?」

「俺があんまりショートブレッド食わねえわけわかってくれただろ?」

 ゲンナリとしながらうめけば、酷く納得したような顔をされた。

 こう、甘味だけはくどいくらいに感じるから、まぁ、甘いものが食べたいときには重宝するのだけども。そもそも、俺はあんまり食わないのだ。

 食感が……な?

 壁っていうのは言いすぎだと思うのだけれども、なんというか、ボソボソ。

 何て言うんだろうなぁ、具体的に説明できない食感なのだ。

 こう、水を含みながらじゃないと食べれないやつ。

 現にナユタは片手に水を持っている。

「アンドロイドって、こういうのがうめーの?」

「これしかないから、これが美味しいと勘違いしてるやつ」

「すげえな、アンドロイド」

 めっちゃ感心されたけど、その感心のしかた嬉しくねえなぁ……

「紅茶、チョコレート、チーズ、プレーンに……キャラメル、だったかな。他の味も食う?」

「どれも似たようなもんだろ? くっそ甘い」

「まぁ。チョコレートがましかなぁ……」

 ついでに、チーズは食えたもんじゃない。

 本来のチーズって、あんな味なのか? それともショートブレッドにする仮定で悪魔的反応起こして変質してるのか? 

 謎だが食えないので家においていない。

 俺の家に備蓄しているのはプレーンとチョコレート、そして紅茶だけである。

 ……紅茶は今のでなくなったが。

「ほとんどのアンドロイドはこんなんしかくってねーの?」

「配給品はショートブレッドしかねーからな。違法露天は【戦争ごっこ】で勝ったらもらえる硬貨と交換……なんだが、割りとたけーんだよなぁ……」

「へぇ……アラヤ、強いんだ?」

 楽しそうに、おかしそうに。どこか挑発するように、ナユタが笑む。

 そりゃ、まぁ……主食を麺類にできる程度には勝つけれども……

「あと、こっそり研究費として議長から小遣いもらってる」

 ナユタだから素直に言うけど、内緒である。

 そんな俺の暴露に、ナユタは腹を抱えて笑った。

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