Act:3-0

 ハッチの先は、さらに狭いダクトになっていた。

 俺が匍匐でギリギリ通れるような。

 こんな場所は早くおさらばしたかったので、さっさと手近な出口に身を滑り込ませた。

 その先は

 見慣れぬ部屋だった。

 勢い余って床に落ちた俺は、「フベッ」と情けない声を挙げて背中を叩きつけられた。

 四肢を上に伸ばしたままの俺を見下ろし、いまだダクトのなかにいたナユタが「死にかけのゴキブリみてえ」と笑う声がする。

 なにかわからないが、貶された気がする。

 あとで怒ろう。

 というか、超叱ろう。


 何故後か、といえば……。

 見慣れぬ部屋だが、目の前に、見知った顔がいたからだ。

 そしてそれは、非常に不味い状況だと推測できたからだ。


 端的に説明しよう。

 目の前に、女性型のアンドロイドが立っていた。

 シャワー後なのだろうか、バスタオル一枚の、最高議長が立っていた。


 Oh……。

 ……俺、今度こそ、死ぬのか。

 ジャンクか? ジャンク行きなのか。

 溶鉱炉で溶かされるのはやだなぁ……

 来世はもっとマシなアンドロイドとして生まれたい。できれば美味しいものがたらふく食える環境に生まれたい。

 あれだ。

 ナユタの。あの場所にいるアンヘルの一人になりたい。


 と考えていた俺は、議長が悲鳴どころか、微動だにしていないことに遅まきながら気づいた。

 驚愕と目を見開いて俺の上……ダクトのなかを見上げている。


 そこにはナユタ(アンドロイドに擬態なう)がいたはずだが……

 まさか、ナユタがアンドロイドじゃないと気づかれた!? まずい、状況か?!

 と、心配した俺をよそに、ナユタは小首を傾げて、気楽そうに笑んだ。

「気のせいじゃないぜ? アリシア。久しぶりだな?」

 と笑んでるナユタ。

 ……あれ、知り合い?


 †


「知り合いってほどじゃねーぞ」

「そうですね、顔見知り程度です」

 ダクトから降りてきたナユタは、ソファーに座り組んだ足の上に頬杖をついていた。

 その向かい側のソファーに議長はお行儀良く座っている。

 ナユタが言うには「白磁のような白さ」らしい肌、金色の髪はウェーブがかかり、照明の下キラキラと輝いている。

 深い紫の瞳には、普段は静謐を湛えているが今は動揺に激しく揺れていた。

 こんな議長閣下見たことねえ。

 あ、いや……100年前、一度だけ見たな。

 初対面の時に。


 ついでに、現在議長閣下の手には白いマグカップが握られており、その中には甘い香りのする茶色い液体……ナユタがいうにはココアというものらしい……がある。

 ここに俺たちがいることを内緒にしてもらおうという、あれである。

 つまり、賄賂。

 いいのかなぁ……こいつ、これでもこの町のトップだぞ……こいつが「侵略しよう」と一言いっちゃえばこの街の全アンドロイドが従うはめになるくらいには権限あるんだぞ……。

 

「で、えーと……あなた様は」

「ナユタでいい。そう名乗ることにした」

 と口の端をつり上げるナユタ。

 だが、その瞳は全く笑っていない。

 短い付き合いだけど……めっちゃ警戒しているのは良くわかった。

 だが

 それ以上に議長が警戒している。

 というか、寧ろ……怯えている?

「では、ナユタ様は、どういったご用件でこの町へ?」

 敵愾心ともとれるような声音での問い。

 それにナユタは、相変わらず笑わない目で、しかしいっそ朗らかに言ってのけた。

「観光目的、じゃだめか?」

 ふざけてんのか? ふざけてんのか。

 いや、いたって真面目なんだろうけど。

 一瞬の間。

 そしてナユタはため息を吐いた。

「こいつが、俺のテリトリーに事故って転送された。んで、俺はこいつからこの世界の……いや、アンドロイドの現状を聞いた。全てではないけどな。んで、俺は何があったか興味が沸いたから来た」

 そこまで言い、さらにナユタは前のめりに……いや、議長に掴みかかる勢いで問い詰める。

「何があった。この5万年。確かに、【大戦】が終わった後、この星は緩やかに死ぬ定めだったさ。だがな。まだ、ここまで廃退するはずねえんだ。環境システム群はどうした。他の町の、あれは……」

 遮るように。

 議長は静かに手を前に、ナユタに向ける。

 それ以上はダメだ、とでも言うように。

 そして、議長は静かに、いつもの静謐を湛えた瞳でナユタを見る。

「アラヤ、先に帰っていただけますか。このルートを通れば見張りに出会わないでしょう。ナユタ様は後で私がお送りしますので」

 ……。

 俺は素直に議長の言葉に従うことにした。

 変に駄々をこねる必要は……ないように思ったから。

 まぁ、ナユタだったら何でもそつなくこなすだろうしな。

 それに、議長は……聡いアンドロイドだから。

 今ナユタを襲うメリットは少ないとわかっているはずだ。一人にしても、大丈夫だろう。

 俺は黙ったままドアへ近づく。

「アラヤ」

 背後からナユタに呼ばれた。

 顔だけ振り向けば、何か投げたらしい。

 小さな袋のようなものが飛び込んでくる。

 両手で受け取って見れば……ショートブレット。小さく『チョコレート味』とかかれていた。

 ナユタを見れば、満面の笑みで手を振っていた。

「食うのは家に着いてからだぞー」

 ……俺は子供かよ。

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