Act:2-5
「あ」
唐突にナユタが声を挙げた。
それはほぼほぼ階段も終着に近づいてきた時だった。
最後の隔壁を解除して、階段を降り始めたその瞬間でもあった。
ナユタが俺を振り返る。
「俺、このまま街はいって、大丈夫かね?」
と、唐突に首を傾げた。
……はい?
「いや、だってお前、アンドロイドじゃん」
「はぁ、そだね。アンドロイドだぞ?」
「俺、アンドロイドじゃねーし」
ケロリ、とナユタの口から出た言葉は、俺の理解力の範疇を超えていた。
何が言いたいのか、瞬時に導けずにフリーズする。
そして
「あぁ、なるほど」
「他種族がいきなり街に入って大丈夫なのか? 街間の交流もなかったんだろ?」
と問うナユタ。
なるほど、確かに。
「まずいかも」
どうしようか、とナユタを見返せば、ナユタは軽く肩を竦めていた。
うーん。確かに……あの遺物が暴露してしまう原因になりそう。
なんて考えていると、視線を感じた。
「なにさ」
ナユタがしたり顔で笑んでいたのだ。
「いやぁ、いいアイデアが思いつかなそうだしな」
そういいながらもナユタは笑みを崩さない。
……言ってることと表情があってないのですが、それは。
「だから、しゃーないよ、な?」
なんて。
ナユタはにじりにじりとにじり寄ってきた。
あの、なんか、嫌な予感が……
「大丈夫、大丈夫。痛いのははじめだけ……いや、すぐよくなるよ」
満面の、嫌に笑顔なナユタ。
美少女ににじり寄られるのは、そりゃ、嫌な気分はしないけれども。
現状を考えると嫌な予感しかしない……!
「え、ちょ、まっ……」
俺は軽く後退しようとし、しかし失敗して
「いやぁああああああ」
満面の笑みを浮かべるナユタに対して悲鳴を上げるしかできなかった。
---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・
「……」
淡いオレンジに染められた薄暗い階段室から一変。
俺たちは狭苦しいダクト内をごそごそと移動していた。
「いやぁ、メンゴメンゴ」
背後からナユタの陽気そうな謝罪が聞こえるが、俺は応えない。
全身スキャンされ更にハッキングまでされ……まぁ、全部見られた訳だが。
一切合切。
隠す暇もなく、全て。
……いい気分はしないよなぁ!?
せめて一言断れよ。
つか、そこまで見る必要あるかぁ?
「でもまぁ、良い趣味をお持ちで」
さらり、とナユタが笑って言い放った。
「シャッー!」
思わず威嚇してしまった。
だが、まぁ、男子諸君なら理解してくれるだろう。
無配慮にお宝を公然に引きずり出された気分は。
「……もうお嫁にいけねぇよ」
「お前そもそも男じゃん。つか、100歳オーバーのくせに……いや、そも家族の概念がないアンドロイドで結婚って意味あんのかよ」
「シャッー!」
軽率に突っ込みを入れるナユタに再び威嚇音を放った。
背後でため息が聞こえた。
ため息を吐きたいのは俺のほうだっつーのに。
「プライバシーもへったくれもねーな」
「まぁまぁ。おかげで、擬態できたわけだし?」
そう。
あらぬところをまさぐられ、全身スキャンされた結果。
現在のナユタは完全にアンドロイドに擬態している。
見た目は先ほどと全く変わらないのだが……内部機構やら通信規格やらがアンドロイドそのものに変化しているのである。
一体、何者なんだ……。
つか、擬態している、というならば。
材質とか、気になるよなぁ……
ナユタの言を信じれば
「擬態でいいなら有機生命体を模倣だってできるぜ?」
なんていうのだから。
鋼鉄の体でどうやって有機生命体に擬態できるんだ、と思わないでもないが。
……まぁ。
ほんと、何で構成されているかなぞである。
アンドロイドに擬態している状態の彼女は、どう見ても生体パーツをふんだんに使われた、愛玩用のアンドロイドっぽい成りをしている。その美貌も相まって。
あー、初対面で「アンドロイドです」って紹介されたら疑わないわ。
逆に「擬態です」って言われたら、ナユタの頭を疑う。
それくらい完璧に偽装している。
どういう理屈ナンダ。
いや、さっきまで嘘をつかれてた可能性すら……
ナユタはもともとアンドロイドで……いや、なわけねーな。
通信規格違ってたし。
材質不明だったし。
魔法? かわからないけど、未知の技術ふんだんに使ってたし。
ほんと、何もんなんだ……。
「アラヤ、次、5メートル先左曲がって10メートル。目視でハッチが見えるはず」
「はいよ」
背後からナユタの声に、俺は素直に返事をする。
数日にわたる大冒険も、漸く終わりに近づいている。
……っていうか。
「まさか、こんなルートがあるとはなあ……」
以前俺はケーブルを素直に上って果てを目指したわけだが。
まさか階段があったとは。
「隔壁を使って何度かワープしたけどね。それしなかったら2週間はかかったかなー。言ったろ?『無茶しなけりゃ2週間って』」
「は? ……はぁ」
「開くのにやたら時間かかった理由とか……考えないかぁ」
すんげぇ憐れみを込めた目で見られた。
んなの、知識がなけりゃわからんって……!
「まぁ、アンドロイドじゃわからんかぁ」
かわいそうな子を見るような目……というか、あらんかぎり馬鹿にした目で見ながらナユタは微笑んだ。
なんというか……これはしっぺ返しですか……?
ほんと、他のアンドロイドをバカにできねぇなぁ……俺も。
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