Act:2-3

 階段は続くよー どーこまーでーもー

 それでも、ナユタが言うには全体の3分の1は降りたらしい。

 ……まだ、3分の1……。

 ずいぶん降りてきた気がするが、まだ半分も行ってないところが……結構衝撃である。いや、ほんと長いわこの階段。


「あぁー……ナタルヴェティカの収穫祭は壮大だったなぁ……」

 ナユタの語りは途切れることなく続いていた。

 かなり、世界を旅していたようだ。

 流石ウン万……いや、億年生きているだけはある。

 口に出したら解体されそうだからもう言わないけど。

「街……っていうか、国が一丸となってやってる行事でさぁ。どこの街行っても収穫祭ムード一色。こう、カボチャをくりぬいて、化け物の顔を作ってな? 中にろうそくを入れて……ろうそくってわかる?」

「コレの中にあるやつ、だろ?」

 と俺は片手に持っていたランタンを……ナユタがどこから取り出したのか俺に手渡してきた……指差す。

「そそ、かぶとか、カボチャのランタンをさ、外に飾ってるんだ。夜になったら子供たちとか、イベント好きの大人も混じって化け物の仮装をしてなぁ。合言葉を言ってお菓子をねだる訳。どこの街でもそうだし、街道なんかも収穫祭用に飾りつけされてて……あの季節は楽しかったなぁ」

「アンタもやったんだ?」

「俺達はひたすら蒔き専……お菓子を配るだけだったがな」

「達?」

 首を傾げた俺にナユタは首を傾げたまま苦笑した。

 肩を竦める。

「楽しかったなぁ、あの頃は……まだ【大戦】も知らなくてさ」

 知ってるか? とナユタは笑う。

 自嘲気に。

 どうやら俺の疑問には答える気はないらしい。

「【大戦】ってさ、あの一回だけじゃないんだぜ?全部で5回ほどこの世界ではあの規模の戦争が起こってるんだ。まあ、最後の【大戦】となったアレは、紙一重で一線を越えた結果だけども」

 軽快な足取りで階段を数段飛び降りる。

 2回、3回と。

 そして10段以上の距離を離してナユタが振り返った。

 くるりと回る拍子に長い後ろ髪がゆらりと振り回される。

「【大戦】のきっかけはある発明家グループ。そいつらが作った最後の発明品。彼らはそれで、この世界が平和になると本気で祈っていたんだ。……んなわけ、ねーのにな」

 嘲笑じみた笑みを湛えたままナユタは言う。

 その瞳には一切の光がない。

「なあ? この世界の人間は……知ってるか? 同族の少女を……いや、自国の王族に連なる高貴な者すらも、拷問にかけることを……生きたまま機械に侵食させることを厭わない。兵器に仕立て上げ、人権も、尊厳すら奪っときながら……平然と欲に溺れるのさ」

 滑稽だろう?

 そう吐き捨てるナユタに、俺は肯定も、否定もできない。

「結局【大戦】はあっけなく終わったんだ」

 そこまで言い、ナユタは目を半目に細めた。

 不機嫌そうに。

 とても不愉快そうに。

「……しゃべり過ぎた。……俺にとっても、【大戦】は不愉快なもんだったしなぁ……」

 ぽりぽりと後頭部を掻きながら気まずそうに呻く。

 それから改めて俺を見た。

 透明な、アイスブルーの瞳には濃い疲労が見て取れた。

「休憩するか。もうすぐ踊り場だし」

 ナユタが指差す向こう、少し開けたスペースになっていた。


 ---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・ 


 ところで。

 俺の知る「お茶」というやつは、透明な密閉容器に封入されたもので、水に香料と着色料を混ぜた代物である。

 のだが。

「何それ」

 ナユタがどこからともなく取り出した円柱形の筒を指して俺は尋ねた。

 正確には、中から取り出した茶色い……粉……というには大きすぎるし……よくわからない何かを指して。

「え、お茶だけど?」

「それが?」

「茶葉、知らないのか。……ホント、哀しい食文化だなぁ……」

 そういいながらナユタはまたおもむろに虚空に手を伸ばす。

 その、すらりと伸びた指が彷徨い……ある場所で空にめり込んだ。

 そこに水があるわけではないのに、空中に水面がある様に波紋ができる。

 ナユタの肘辺りまで水面に沈んだように消えてなくなっている。

「……」

 目を見開いている自覚があった。

 正直、度肝を抜かれている。

「……亜空間に接続してるだけだぞ……」

「魔法?」

「分類的には魔術だけど……そこまで驚く技術か? ……技術かぁ……」

 と言いながらぽいぽいと道具を引き出していく。

 ちゃぶ台、小さなコンロ、小鍋、容器に入った水……それに……

 ガラスの……器?

「何それ?」

「ティーポット。紅茶を入れるならこれいるだろ……って、知らないのか」

 コップと小皿を取り出し、ちゃぶ台に並べるナユタ。

「こっちがティーカップで、これがソーサラー。茶葉をお湯に浸さねーと紅茶にならねーから。とりあえずやかんで水を沸かしてるわけで」

 とコンロに置いたやかんを指差しながら説明してくれる。

 うーん。文明の差を感じる。

 というか、ナユタから提供されるものはどれもこれもおいしい。

 これ、元の生活に戻れるんだろうか……。

 自信ないなぁ……ナユタのいたあの施設に就職できないかな……無理かな……


 


 

 


 

 

 


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