Act:2-2

 隔壁を開けた先

 闇に沈んだそれは、まごうことなく

「シンデレラ階段……だっけ?」

「よくそんな言葉知ってるな。残念、普通に螺旋階段」

 手すりに捕まり身を乗り出して下を眺める俺。

 うーん。

 俺は……落ちたら無事ではすまないだろうな。

 確実にジャンク行きだろうと思われる高さ。

 そろそろと身を戻す俺をナユタは呆れた顔で一瞥し、それから身軽に階段を降り始めた。

 リズミカルに靴底が階段を叩く。

 そんなナユタの後を俺はゆっくりと追う。


「なあ」

 しばらく階段を降りたところだった。

 1時間か、そこらだろうか?

 さすがに降りるだけじゃ暇なのだ。

 だかた、少し離れた位置にいるナユタに声を投げる。

 ナユタは振り向くこともなく「ん?」と短く応えた。

「あんた、いくつ?」

「殺されたいかアンドロイド」

 即答で殺意が帰ってきた。

 うーん。そんなつもりではなかったんだが。

 裸を見られるのはよくても、年はだめなのな……。

 まぁ、充分寛容なクチだろうが。

「そういうつもりはなかったんだけどな」

「どーいうつもりだ?」

 半目で、殺意マシマシの視線を送るナユタ。

 ……割と怖い。

「いや、万年以上生きてるんだろ? 昔のこととか、教えて欲しいなーって」

「何で?」

 声は硬いし、短い問い。

 しかし視線はずいぶん柔らかなものに変化していた。

 怒りは収めてくれたらしい。

「俺、考古学者なの。歴史をひもとくのが俺の仕事だし? せっかく生き証人がいるんだから、ね?」

「……ずるくねーか?」

 一瞬考えたらしい。

 ナユタは首を傾げて口を開いた。

「なんで?」

「や、だって、さぁ。文献とか、いろいろな資料集めて歴史を振り返るのがお前の仕事だろ? 俺が答え言っちまうのは……」

「いや、ナユタが正解を言ってるかって、実際わかんないし、どうせ多角的に調べなきゃいけないんだけどな? ほら、思い出補正とか、勘違いとかもあるしね。ナユタの言うことを100%鵜呑みにはできないわけで。それでも、どう調べたらいいかのきっかけを掴めるわけで。欲しいのはそれで」

「なるほど?」

 一応は納得してくれたらしい。

 頷き、それからまた階段を下り始める。

「それに、ナユタの知る事実と、俺が調べてる史実、そしてみんなが知りたい歴史は別のものだしなぁ……」

 俺は追加して言葉をつなげた。

 それにナユタは苦笑を返す。

「まぁな。昔もそんなんだったな。確かに」

 過去を懐かしむように。

 ナユタが目を細めて笑う。

 その透き通るアイスブルーの瞳には、どこか揺らぎのようなものが見えた。


 ---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・ 


「……さて、どこから話すかね」

 ナユタがそう呟いたのは、しばらく経ってからだった。

 相変わらず一定のリズムで階段を踏みしめている。

 ゆらゆらと動く後ろ髪。

 階段はまだまだ続き、底が見えない。


 コンクリートの壁には窓がなく、非常灯だろうか? ところどころで照明が赤味の強いオレンジ色に周囲を照らしている。

 全体的には暗い。

 その中で、ナユタは特に警戒する風でもなく下っている。

 

「どこから知りたい? 改暦前?」

「この世界の始まりとか、知ってんの?」

 まぁ、ありえないだろうけど。

 と俺が考えた直後、ナユタはゆるゆると首を振った。

「やめとけ、そんなん知ったら頭がパンクする」

 ……

「え、何。知ってんの?」

 疑い半分、驚き半分。

 俺はナユタを見る。

 ナユタは俺を振り仰いで……それからくだらなそうに吐息した。


「この世界が発生して早100億くらいか。でも、この世界に降りたって大体2億年くらい」

 あ、流石に創世は知らないかぁ。

 安堵に胸を下ろした瞬間だった。

 ……ん?

 なにか、聞き逃せない情報があった気がした。

 ……2おく、ねん?

「……アンタ……」

「改暦前……どころじゃねーぞ。事実この世界に暦がなかったころから生きてるさ。……えー? そこから言わなきゃダメ? 俺の立ち位置も含めて?」

 怪訝そうに、いや、とても嫌そうに眉を顰めてナユタは呻いた。

 そしてすぐに、なにかとてつもなく苦いものを噛み締めたような顔をした。

 たぶん俺の顔を見て。

 そして己の失言に気づいて。


 ……。


「……今回は改暦前……神聖暦後期からで勘弁してくれ……」

 片手で顔を覆い、にがにがしくナユタが呻いた。

「黒暦前は神聖暦って呼ばれてたのか」

 まさかこの世界が発生して100億年もたっていたとは思ってなかった。それが事実かは……今の俺にはわからないことだけれども。

 改暦前……ナユタが言うには神聖暦と呼ばれていた時代の資料は、俺が調べた範囲では一切残っていなかった。だから、こっちも今の俺には判断つかない情報で。

 うーん。しょっぱなから手に余る予感が……。

 でも、情報は多い方が良いし、ナユタもいつまでいてくれるかわからないし。

 教えてくれる分にはなんだって大歓迎ではあるのだけれども。

 俺はニコニコと両手をお椀状に広げて『チョーだい』のポーズをとる。

 それにナユタは盛大にため息をついた。

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