Act:1-5

「んー。なんか、外が気になるねぇ」

 胡座を掻いたナユタが頬杖をついたまま呟いた。

 コトハが捌き、焼いた牛肉……コトハが言うにはフィレステーキというやつらしい。うまい……を食いながら俺はナユタを眺めていた。

「そうか? ここと比べたらごみ溜めだぞ?」

「なんでそんなに荒廃してんのか解せねえんだよ。改歴からえーと? 何万年たってんだっけ」

「53024年」

「……万も時がたてばそりゃ……なるか。……しっかしなぁ……ちゃんとアンドロイドはいるのに……機構天使もいるんだよな?」

「ああ、いるぞ?」

「機構天使がいるのにってのが解せねえんだよなぁ。-13番街-だって稼働してるんだろ? いるってことはさぁ……」

 後頭部を掻き毟って呻くナユタ。

 ああ、そんなことしたら折角の髪が台無し……。

「つことで、お前ん家いくか。コトハ、また暫くよろしくな」

「はい、マスター。いつも通りに保全に勤めます」

 恭しくメイド服の裾をつかんでお辞儀をし、コトハは部屋の外に出ていく。

「コトハ以外にもいないのか?」

 んな訳ないと思いつつ尋ねれば、案の定ナユタは吐息して馬鹿を見る、いっそレンビン染みた視線を投げてくる。

「全長200キロ。ほとんどの区画が閉鎖されてるし清掃ロボが巡回してるだけだが、それでも生産プラントをはじめとして結構生きてる区画だってあるんだよ。コトハ一人でどうこうできるかよ」

「いや、そりゃわかるけどさ。俺コトハしか知らない……ってかそうだ。清掃ロボ」

 うっかり忘れてた。

 あの可愛いやつをペットにしたいのだ、俺は。

「あ? あいつら1セットでいいから欲しいって?」

「そうそう」

「別にいいけど……改造するなよ?」

「えー」

「してもいいが命の保証はせんぞ」

 と言いながらどこからともなく1体の清掃ロボを取り出すナユタ。

 その手のなかで清掃ロボはごみを吸う掃除機型らしい。

 ウィンウィンと空運転していたが不意にガシャンという音と共に刃物が腹部に展開した。

 10本とかそういうレベルではなく、無数。

 腹部を針山のようにさまざまな刃物、それも物騒な形のやつが生えていた。

 わあい。

「お前専用で使用してくれ」

「わかった」

 まぁ、頷くしかないよね。

 

「さて、いくか」

「行くのは良いだけどさあ」 

 もう一つ、つかこっちの方が重要なんだけど、思い出した。

「俺、事故でここに飛ばされたから、どう戻れば良いかわかんないんだけど」

「あー……そんなこと言ってたっけ」

 ぽりぽりと後頭部を掻いてナユタは虚空を見上げる。

 首を傾げて、それから頷いた。

「ま、大丈夫だろ。適当な塔に飛ぶから、そっから探せば良いだろ」

 なんて気楽な口ぶり。

 ほんと、俺がいうもんじゃねーけど、気楽だなぁ。

「飛ぶって……」

 といった瞬間、ナユタは肩を竦めつつ笑んだ。

 にやにや、と、嫌な笑み。

 が、すぐに真顔に戻ってふすぅ、と息を吐いた。

「転送魔法くらい、俺だって使える」

「魔法!?」

 さらりと言われた言葉に俺は身をのけぞるはめになった。

 魔法って、魔法!?

 そんな反応の俺にナユタは瞬く。

 驚き、といった感情。

 意外そうな顔だった。

「魔法、もしかして」

「しらない、なあ」

「そっかぁ」

 しかし、予想外にナユタは嬉しそうだった。

 目を細めて笑む。とても満足そうに。

「あー? 意外か?」

 思わずナユタを凝視してたらしい。

 視線に不快を感じたのかナユタは眉を潜めて威嚇するように呻いた。

 それに俺は身をのけぞる。

「すまん。そういうつもりじゃ」

「どういう意味だよ」

 俺の言葉を遮るように呻くナユタ。

 だが、また吐息をこぼす。

「……魔法の衰退はアイツの悲願だったからな。一般じゃなくなったのなら、願ったり叶ったりなんだよ」

「アイツ?」

「俺の弟子」

 即答で答えてくれるナユタ。

 ……割りと、優しいのな。

 訊いたことは取り敢えず答えてくれる。

 しかし、弟子、ねぇ……

「弟子なんていたのか」

「意外か?」

「いや、確かにイメージにねえなぁとは思うけど、いったい何を教えてたんだ?」

「まぁ、師匠らしいことはしてねーけどな。アイツが勝手に師匠と呼んでただけだし? まぁ、そんなことは良いとして。お前、町から出たことなかったんだろ?」

「ん、まぁ」

 ナユタの過去気になるなーという思いはあるが、確かに俺は町から出たことがない。

 つか、俺以外にも……いや、むしろ町の外に出たことあるやつなんて今時いるのか?!

 基本的に町のなかですべてが完結しちゃってるのだ。出る必要ない、し……つか……他の町があることすら……怪しい、し。

「塔なんてものも知らないんだろうしなあ」

「ナユタは知ってるのか」

 馬鹿にされてる雰囲気が気にくわなくて口をへの字へ曲げる。

 それにナユタはにへら、と笑んだ。

 まぁ、その単語が出てる時点で、なぁ……

「取り敢えず、塔にいくんだよな? どんなとこかなー」

「まぁ、期待してもあんまいとこじゃないぞ」

「そうかあ?」

 スラム街に引きこもっている俺(アンドロイド)としてはどこ行っても楽しいと思うけどな。

 ……別に好きで引きこもってるわけじゃねーし!? 行くことができる場所が制限されているだけであって!

 ……って、誰に言い訳してるんだ……

 内心でノリツッコミするのも疲れてきたので、俺は改めて現実に目を向けることにした。

 まぁ、目の前でナユタが幾何学模様を描く光に埋もれていたわけだけど。

 現実逃避より現実味がない現実って、どうよ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る