Act:1-3

 俺とナユタの目の前には、巨大な扉があった。

 重厚そうな、鋼鉄の扉。引き戸っぽい。

 高さ10メートル、幅30メートルくらい。でかい。


「んー……と」

 ナユタはおもむろに扉に近づいて、片手を当てる。

 一瞬ナユタの腕から指へ、そして扉へと七色の光が走っていった。

 そしてゆっくりと扉が開いていく。

 ハッキング……? いや、操作したのか。

「ここはナユタが主なのか?」

「いんやぁ? 俺は主というほどのものでもねぇなぁ……」

 扉をくぐりながら気のない返事を返すナユタ。

 主じゃない、のか。

「留守番を任されてるって方が正しいかも」

「いいのか? 勝手にして」

「大丈夫大丈夫。怒らせるようなことしてねーから」

 ケケケッと笑んでナユタが歩いていく。

 蒼銀の髪が、闇に紛れて見えなくなった。

 ……見失っちゃった。

 と肩を竦めた瞬間、ぱっと照明がつく。

 あまりに眩しくて咄嗟に目を細めて腕で顔を覆った。


「よーこそ、我が菜園へ」

 お道化た口調でナユタが紡ぐ。

 彼女の背後。

 そこに、俺は見たこともない光景が広がっていた。


 茶色い土に、緑の棒が生えている。

 そこに、違う緑色のひもみたいなものが絡んでいて、そのひもにはさらに奇怪な手のひらのような形の緑色や赤い玉のようなものがつながっていた。

 ……なんじゃ、こら。


 眉を顰めて俺はそれを凝視する。

 赤い玉や緑のねじ曲がった棒がひもにぶら下がっている。

 サイエン、というならば……これがショクブツ、というものだろうか。


「……?」

 ナユタが首を傾げた。

 俺が思ったようなリアクションをとらなかったせいだろうか。

 だが、俺は目の前の光景が理解できなかった。

「これ、なに?」

 俺は素直に、ナユタに尋ねることにした。 


 ---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・ 


「……野菜、知らないのか」

「ヤサイ? ショクブツ、というやつじゃないのか」

「……えー? そこからあ?」

 俺の言葉が不服だったらしい。

 ナユタが呻く。

 そして後頭部を乱雑にかきむしり、赤い玉のヤサイ? というやつを指差した。

「コレはトマト」

「ヤサイ、じゃないのか?」

「えーと、トマトは野菜の一種」

「ほう」

 頷く俺に、ナユタは微笑んだ。

 それから隣に植わっていた緑の棒を指差す。

「こっちはキューリ。これも野菜の一種」

 そういいつつ、ナユタは一つ一つ説明していく。


 ナス、スイカ、オクラ、トウモロコシ、ピーマン……

 ヤサイというやつは結構種類があるらしい。

 ほうほう、と頷きながら説明を聞く俺に、ナユタは頭を抱えた。


「一体俺が寝てから何年たってんだ……! つか、世界はどうなってる!?」

 呻くというか、絶叫である。

 まぁ、そうなるよなぁ……。

 トマトというやつは生でも食えるそうなので、一つ頂く。

 薄い皮に歯を立てれば、たやすく破れる。

 実、というか、汁が多い。

 爽やかな酸味というか。初めての味。

 なるほど、生というやつはおいしいらしい。

「こっちの紫……ナスだっけ? くえねーの?」

「おいしくないぞ」

「へー……」

 全てのものが生で食えるわけではないらしい。

「野菜だけってのもアレだよなぁ……主食がほしいところだが……小麦はあるけど、粉にしてねーんだよなぁ……」

 ぼそっと呟くナユタ。

 それに俺は首を傾げる。


「コムギって、元から粉じゃないのか」


 ……


 音がなくなった。

 時が止まったようにナユタが動かない。

 驚愕に目を見開き、化け物を見たような顔をしている。

 ありえねぇ。と、言外に訴えていた。


「え、ちょ……ま?」

 ナユタがきょどりながら口走る。

「……なんかごめん」

「アンドロイドの知能って、かなり低い!?」

「いや、あの、だって、粉じゃないものをみたことないから」

「いやいやいや……!」


 どうやって生きてんのアンタら!?


 なんて絶叫される俺。

 俺も他のアンドロイドのこと馬鹿にできないようです。

 全アンドロイドの皆様ごめんなさい。

 俺も能天気な馬鹿でした。

 

---・- ・・-・・ ・・・ ・・・- ・・ -・--・ 


 そこは一面金色だった。

 どこから吹くのか風がそれを揺らしている。

 黄金色の粒がたくさんついたソレ。

 これがコムギ、らしい。


「これが、ショートブレッドの原料かぁ……」

「いやぁ、やべぇなぁ……アンドロイド。自分が食ってるものの正体すら知らないなんて」

「面目ない」

 項垂れるしかない。

「俺も結構箱入りだけど、さぁ……もうちょっと、なぁ?」

 ほんと、なにもいえない。

「まぁ、いいや。逆にそっちのこと気になったし。ついていくのも一興かもな」

「え?」

「今の文明レベル、どんなのか気になるし?」

 ねぇ?

 なんて。

 ナユタは首を傾げて俺を見た。


 ええー?


「ま、まずは飯だな」

 稲刈り面倒だし、お菓子でもいい?

 とか言いつつナユタはどこからともなくショートブレッドを投げてきた。

 え、これ、お菓子っすか。

「……主食なんだけど」

「だからアンドロイドよぉ?!」

 そろそろナユタの脳が爆裂しそうで怖い。

 そんな怒らなくてもいいじゃんかよ……。


しっかし、だ。

どっからどうみても、ショートブレッド。

お馴染みのあれである。

密閉袋を手で裂いて、2個入っていたうちのひとつをつまんで、一口。


……


「なあ、ナユタ」

「あん?」

「俺が今まで食ってたショートブレッドってさぁ」

「おう?」

「……食い物じゃなかったんだなぁ」

 ぼつり、と呟く俺の声に、ナユタは軽く目を開き、それから「そうか」とだけ応えた。

その目は、なんというか……あわれな何かを見つめる目だった。


 あれだ。

 どぎつい甘味で誤魔化したカスカスの壁。

 今まで食ってたのはそれだ。

 ショートブレッドって、こんなにしっとりしてて、素朴な甘さで、美味しいもんだったんだなぁ……

 しみじみと味わう俺に、ナユタは「だから、アンドロイド……」と小さく呻いていた。


 

 

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