Act:1-2

「あ」

 ふと、気づいたというか、忘れていたことを思い出したというか。

 俺は声をあげた。

 それに彼女が小首を傾げる。

 さらりと蒼銀の髪がこぼれる。

 なんというか、これ、髪か? と聞きたくなるほど艶やかで、手触りの良さそうな髪だ。

 銀にほんのりと青が滲んでいるような色合いのそれは照明の加減で微妙に色が変化する。

 それに彼女の瞳。

 澄んだ泉のようなアイスブルーはしかしどこまでも深く、底が見えない。

 幼い印象を感じるわりにどこまでも老齢でつかみどころのない瞳は大きくくりくりとしていて長い睫毛に縁取られている。うん。美少女。

 ……じゃなくて。

「名前」

 そう、名前。

 俺は彼女の名前を知らない。

 そして彼女も俺の名前を知らないはずだ。

 名乗ってないのだから。

「あー……」

 なにか思うところがあったらしい。

 彼女は眉を潜めて、困ったような迷うような微妙な顔を浮かべた。

 何か言い澱んでいる?

 2回3回と口を開いては閉じ、何か迷うそぶりを見せる彼女だが、後頭部を乱雑に掻き毟ってから吐息を溢し、それから意を決したらしく言った。

「名前、無いんだよなぁ……」

 oh……確かにそれは言いづらい。


「名前、ないのか」

「名乗る機会が無かったんだよなあ」

 とぼやく彼女は再び俺をちらりと見た。

 瞳の奥、何か、よく分からない感情が光として宿っている。

 そしてにやり、と笑んだ。

 挑むように、からかうように。

「お前の名前は? 聞くんだからあるんだろ?」

 それを参考にするから、お前から言えよ。

 と彼女は誘う。

 まぁ、そこに否はないんだけど。

「あぁ、俺はアラヤ」

「アラヤ……阿頼耶、ねぇ……」

 そう呟いて、思案する彼女。

 数拍という時間を思考に費やした彼女は、一つ頷くいた。

 結論を出したらしい。

「じゃ、ナユタで」

 なんとも軽い名乗りだった。


「那由多? 末那じゃないのか」

「イケる口か。……まぁ、マナでもよかったんだが……しっかし、長い時を寝てたらしいなぁ、俺」

 とナユタは面ばゆそうな笑みを浮かべた。

 なんでそんな話に?

 疑問が顔にでていたらしい。

 朗らかな笑みに変えてナユタは答えてくれた。

「マナは魔術に必須だからなぁ、そういう知識があると、こう名前にしようという考えが出ないんだよな。で、魔術文化に限らないけど。文化が消滅するのにはまぁ時間がかかるから」

 だから、長い間寝てたのだろう、と。

 そこまで答え、彼女は首を傾げる。

 疑問というよりは……試すようなそれ。

「さて、俺があの場所に封印されて何年たったのやら。もはや人間はいないんだろうな。お前らが新しい人類なのかねえ?」

 は? ニンゲン? ジンルイ?

 初めて聞く単語に俺は一瞬フリーズする。

 が、ふと思い出した。

 ニンゲン、たしかどっかの本に書いていた単語だ。

 アレはなんだっけ……?

「ま、いいや」

 すい、とナユタが離れていく。

 少し離れた場所まで歩き、そして振り返った。

「ま、まずは食い物だな」

 あ。忘れてた。

 そういえば空腹でにっちもさっちもいかなかったから叫んだ結果だったな。これ。

 思い出した途端腹がなった。

 

「が、まずはこっからでねえとなぁ」

 後頭部を掻きながらナユタは困った様子で呟く。

「? 普通に出れないのか?」

 ほら、さっきみたいに扉を開けてくれれば。

「悪いけど、いま閉鎖モードだからああいう荒業はもう無理だな」

 さっきのは荒業だったらしい。

 いったい何したんだ、こいつ。

「結構持ってかれるんだよなぁ、あれ。……まぁ、どっかに正規の扉があるはずだから。探そうぜ?」

 さっきのあれは非正規の扉だったらしい。

 つか荒業とかいってたし、無理矢理穴を開けたのか……?

 ……無茶をする。

 取り敢えず、俺はおとなしくナユタの後を追うことにした。


 †


 この空間。

 かなり広いらしい。

 進んでも進んでも先が見えない。

 つか、想像以上に広いぞ……!

「結構広いなあ」

「まあね。全長200キロメートルくらいあるからねえ」

「……この部屋が?」

「いんや? この施設が」

 よかった。この部屋自体が200キロメートルもあったら絶望しているところだった。

 少なくとも、それよりは狭いらしい。

 つか200キロ……。なんの施設なんだろうか?

 研究所……? いや、何となくそんなんじゃない気がする。

「んー」

 前をいくナユタはお気楽そうだ。

 周囲をきょろきょろと見渡しては首をかしげている。

 まぁ、俺ほど切羽詰まってないもんなあ。

 付き合ってくれるだけ行幸である。

「つか、なんでだ?」

 ふと、思い付いたのでナユタに尋ねてみる。

「ん?」

 振り返ったナユタは小首を傾げた。

 コトリ、音が鳴りそうだ。

「なんで、俺に付き合ってくれるんだ?」

「あー……」

 ナユタは目を瞬かせてからはにかんだ。

 言いづらそうに、というかこれ言っちゃっていいのカナ? と悩んでいそうな顔。

 暫く曖昧に笑んでいた彼女だが、口を開いた。

 そして言いやがった。

「だって暇だし」

 あ、そう。


 げんなりとした。

 まあ、暇だろうね。


 そこまで考えて、俺は気づいた。

 というか、疑問を感じた。

 ナユタについてだ。

 

 冷静に考えて、突っ込みどころ多くないか?


 まず、何者だよ。

 アンドロイドではない。

 が、サイボーグやアンヘルでもなさそう。

 有機生命体っぽいが、なんか違う。

 目とかはそのままガラスというか、アンドロイドやアンヘルと規格が似ている。

 義眼? よくわからない。


 それに、何でここにいる?

 無人の施設らしいここに一人、何のために?

 シリンダーに入っていたのも不思議だ。

 自分で出てきたけど、操作できるものなのか?

 そもそも、あのシリンダーはなんだ?

 と、いうか。


「ここどこ?」

「ん? んー……説明しづらいなぁ……」

 俺の問いに、ナユタははにかんだまま呟く。

「なんかの施設っていうのはわかるけど……全長200キロだっけ? でかすぎねぇ?」

「あー……まぁ、移民船みたいなもんだからねぇ。生産プラントとか、そういうの? 積んでいったらこんなでかさになったというか」

「移民船?」

「かつての遺物だよ。この星がダメになるから、外へ逃げようとした時代があったのさ」

 無駄だったけどね。

 そういって笑う彼女は、どこか寂しそうで。

 それでも、めいいっぱいの嘲りを含んだ笑みを浮かべていた。

「バカな話だろ?」

 肩を竦めて、疲れた顔で語る彼女は、吐息一つ前を向いて歩きだした。

「もう少しで生産プラントのある区画にたどり着くから。がんばって?」

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