Act:0-3
そして
「グエッ……ッテ!」
カエルのつぶれたような声を上げつつどこかに背中からぶつかる。
衝撃で息が詰まるし、背中が痛い。
まぁ、星が飛んだし一瞬ホワイトアウトしたが……それでも大きな異常は感知できなかった。
うん。大丈夫みたい。
まぁ、俺は比較的もろい方だが、それでもアンドロイド……機械である。
文字通り鋼の骨格だし……大抵のことは無傷ですむ。
……のだが……。
「よくこの程度の損傷ですんだな……」
ぶつかった……というか、叩き付けられた場所と思しき背後の壁を見上げて俺は呆れた声を出す。
へこんでいた。
かなり深そうだ。その凹みを中心に放射状のヒビが無数に入っている。
この壁、かなり固い材質でできているようなのだが……。
なんだろう。石ではなさそう。
触った感じ、なめらかでひんやりとしている。
磨き抜かれた石っていう感じ。だが、石ではないだろう。
もし、壊れた場所がゆっくりでも修復される石があるというのなら拝んでみたい。
細かいヒビなんかはもうあらかたなくなっている。目で見えるスピードで凹みの深さが浅くなっているのもわかる。……なんだこの材質……。
この材質の製造方法がわかったら、家の外壁に活用したい。
メンテナンス不要っぽい感じになるだろうから。
長く使うと経年劣化で崩れてくるから、メンテナンスに金がかかってしょうがないのだ。
「ってか、ここ……どこだよ」
本日2度目かもしれないセリフ。
後何回いうことになるんだろう。
一抹の不安がよぎるが……まぁ、どうしようもない話でもある。
周囲を見渡せば、長い通路だった。
天井に一定間隔で照明がついている。煌々と白い光。
LED? それとも蛍光灯? いいや、もしかしたら未知の技術かもしれない。
すぐそばにある壁材のように。
……いや、これホント謎。ぜひ製造法を教えてほしい。ひょっとしなくても夢の技術だぞ。
いつ作られたかわからない建造物。
と、いうか。現実なのか? 幻をみてるとか、ウィルスに感染してバグったとか、ないよな?
『工場』戻りはやだなぁ……
自身をスキャンしても異常なし。うん、大丈夫だと信じよう。
これは現実らしい。
あ、もしかして……昔本で読んだことある『異世界転移』とかいうやつ……って、現実に異世界なんてあるわけねーから、それこそ夢幻だよな。でも異世界なんてあったら未知の技術もアリかもしれない……。
話は変わるが、俺は書籍というものが大好きだ。
紙の本も好きだし、データ状のものも好きだ。
図書館には大量の蔵書が保管されているので暇があれば通うくらいには好きだ。
そして自他認める雑食家。
マンガ、ラノベ、純文学、辞書・辞典、絵本……Web小説。
何でも読む。し、俺の頭の容量の、大部分を占めている。
まぁ、恋愛小説や漫画をいくら読んだって女の子にモテる男になるわけでもないのと同じで、たくさん読んでいたって、データを蓄えていたって、活用できることなんてあまりないわけだけれども。
まぁ、漫画や小説は娯楽だし。読んで楽しければそれだけで価値のあるものだし……いいんだけれども。
……何が言いたいって、俺の知識のなかで、迷宮や迷路で迷った時の必勝法があるのだ。
それはとある漫画で仕入れた知識なのだけれども……。
実際有用なのか、試したくなったのだ。
まぁ、その方法とは……
右側の壁に手を付いて、ひたすら壁沿いに進むという方法。
いわく、『右手法』というらしい。わかりやすい。
実際は迷路じゃないのかもしれないけれども。
俺はここがどこかわからないし、もちろん地図も持っていない。
センサーで軽く調べた結果、割と広く、入り組んでいるように感じたので、使えるんではないか、と思ったわけである。
で、さっそく行動……と、壁に手をついて俺は歩き始めた。
温度は一定らしい。熱くもなく、寒くもなく。
埃は一切なく。ゴミも見当たらない。
ついでに言えば生物もいない。
俺の知る限り、有機生命体はとうの昔に滅んでしまったので、いないのは当たり前にしても……
アンドロイドもサイボーグも見当たらない。もちろんアンヘルも。
痕跡が一切ないのだ。
静かで、何もない。ただ、空しく俺の足音だけが響いている。
不思議だった。
そしてあまりに現実離れしすぎていて、異世界転移という可能性もゼロではないのかもしれないと思い始める。
火の無いところに煙は立たないというし……漫画や小説も、嘘ばかりではない……?
少し期待に胸を膨らませたその時だった。
「……?」
見慣れた文字を見た。
ただし何と書いているかわからない。
異種族の文字だからだ。
つまり
「アンヘル文字……。つまりここは異世界ではない、と」
幻想は幻想のまま。
現実に叩き戻される俺。
その文字は何か鋭いもので壁に刻まれていた。
結構古そうに感じる。
壁が修復されていないのが不思議だが、昨日今日刻まれたものでは明らかにない。
ここだけ材質が違うのか?
俺は試しにポケットに合ったナイフで壁に傷をつけてみる。
何があってもいいように俺は折り畳みナイフを常にポケットに忍ばせているのだ。
別に厨二病とか、危険な俺を演出しているわけではない。
昔、とある場所で未知の箱(箱には『おかし』と書かれていた)を発見した時に、手ぶらだったばっかりに密封袋が空けれなくて直ぐに食べる事が出来なかったのだ。
あれ以降悔しくって悔しくって……折り畳みナイフを忍ばせることにしたのだ。
失敗から学習できる俺えらい。誰も褒めてくれないから自分をほめるのだ。
ナイフで壁を削った結果だが……直ぐに修復された。
つまり、何かの条件でこの文字は刻まれ、修復されずに残っているらしい。
あー……これも知りたい。
というか、これだけじゃない。天井に張り付いている照明。
これも知りたい。
蛍光灯ではなさそうだ。そして多分LEDでもないだろう。
だって、これ……ずっとついてそうだし。いつからある施設か不明だが……俺がここに来た瞬間点灯したというわけではなさそうに思えたからだ。いくら歩いても、進んだ先の照明はついたまま。
振り返っても消える気配なし。これはずっと点いていたと思ったほうがよさそう。早計かもだが。
LEDも長命だが、それでも限度がある。
これは俺の勘だが、この施設。かなりの昔から無人だったように感じるのだ。
だが、施設内に埃が見当たらない。この理由はわりと早くわかった。
無人クリーナーが巡回しているのだ。
5角柱のごみ収集クリーナーと直方体のモップユニットが2個1組で巡回しているのを傍目に見る。
彼らは俺の存在を気にしない。一心不乱に床を磨く。
俺らのような高度なAIを積んでいない様に見える。が、ペットに1匹ずつ欲しい。
センサーが1対の目のように配置されていてなかなか愛嬌を感じるデザインになっているのだ。
時折俺の足に突撃して一時停止する仕草も可愛い。
……ほんと1匹ずつ欲しいものだ。解析して量産したい。
床もきれいにしてくれる可愛いペット。最強ではないか。
結構いっぱいいるみたいだし、1匹ずつくらいならばれないんじゃないだろうか……。
……駄目だね。盗人だよね。
犯罪良くない。
俺は善良な市民、ゼンリョウナシミン……。
この施設の管理者に出会ったら交渉しよう。ソウシヨウ。
……。
…………。
どれだけ歩いただろう。
右手を壁に添わせたまま、ずいぶんと歩いているように思える。
いい加減腹減った。
機械だろうが生体パーツも多い身である。
電気だけではやってけない体なのだ。俺は。
しかし、だ。
何せ、本戦に行くつもりだったのだ。
無論、食料何て持っているはずがない。
そして目の前には永遠と、続く通路。
曲がり角はあるものの、ドアらしきももは一切存在しない。
つまり、食料ゲットは望み薄。
ぶっちゃけ詰みである。
(ああー、俺の生涯これまでかあ)
なんて、悲観ぶってみる。
思い返せばこの100年弱……。
なんもねーな!? おもった以上になんもねー!
研究して、暇なときに図書館行って、睡眠以外ののこりは戦争ごっこだったよ! ずっと本戦でアンヘル観察してたよ!!
これじゃあ死んでも死にきれねえ!!
が、もはや八方塞がりである。
「誰でもいいから助けてクレー!」
まあ、叫んだって誰もいないってわかってるんだけどね?
できることがないんだからしょうがない。
と、自分に言い訳した直後だった。
シュインッと軽やかな音をたてて背後の壁に穴……いや、ドアが開いたのは。
……は?
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