Act:1-0

【壱】


 ……うん。

 まごうことなくドア。

 しかも開いている。

 先ほどまでそこは確かに壁だったのに。

 もちろん、継ぎ目なんて見当たらなかった。

 中を覗けば、どうやら巨大なホールになっているようだ。

 あっるえー? センサーではこんな広い場所、映ってなかったぞ……?


 混乱しつつも俺は中に入る。

 真っ暗なそのホールは、天井も高かった。

 10mくらいはあるか……? いや、もっとか?

 光源が廊下からしかないので視覚情報はあまり手に入らない。

 ……。

 あまり自慢にならない話なのだが……。

 俺の性能というやつはあまり優秀ではなくって。

そして視覚情報に頼っていたりするのだ。

 音響や超音波、熱源センサーなども一応あるといえばあるんだけれども……。

 こう、闇の中だとわかることはほんとに少ない。

 アンドロイドとしては少し……いいや、かなり劣った個体だったりするわけだけれども。

 うーん。

 変化はあったが好転しているように感じない。

 俺以外の誰かだったらもっと違った展開になっただろうか?

 もしもを論じても意味はない話だけれども。

 俺は後頭部を掻きつつ困った、と肩を竦めて吐息を零す。

 戻ってもどうにかなるわけでもなし、とりあえず俺は前に進むことにした。

 いくばか歩いた時だった。

 ゆっくりと背後でドアが閉まる気配がする。

 あっ、光源がなくなると不安になる……!

 が振り向いている間にドアが閉まった。

「あぁ……」

 思わず零れた声がひどく情けない。

 まぁ、誰もいないから情けなくても恥ずかしくないけど。

 誰かいたらちょっと赤面するところだったな!

 と、開き直った直後だった。

 クスクス、と笑みが聞こえた。

 同時。俺の背後……つまり部屋の奥からぼんやりと灯りが点る。


 あっ、死んだな。恥ずかしさで。

 これでも男である。ちょっと、恥ずかしい。

 が、男性でも不安になることはあるし、心細くもなるだろう?!

 感情がある以上当たり前だとは思うけれども、弱いところをみられたと思って恥ずかしくなるのもまぁ……俺の性格なんだからしょうがない。

 と、ひとしきり自分に言い訳をしてから更に一呼吸。


 うん。落ち着いたな? 大丈夫だな? もう失態しない。

 それがフラグになりそうだとは頭の片隅で考えつつも俺は光源のほうへ目を向けた。

 そして速攻でフラグ回収する羽目になった。


「うわぁああああああ?!」

 目の前に、全裸の女性がいた。

 正確には、少し遠く。俺の位置から10メートルほど奥にあるでかい水槽。

 その中に全裸の女性が入っていたのだ。

 そして、その水槽が淡く光ってるものだから……。

 超、ビビった。


『ほんと、面白いね。キミ』

 クスクスと、水槽の中にいる女性が笑う。

 その水槽は馬鹿でかかった。

 高さは部屋いっぱい。床と天井をつなぐような円柱のそれ。

 液体自体が光っているのか、淡い緑に輝く水槽のほぼ中央に女性が浮かんでいる。

 

 ところ、で。

 俺たちアンドロイドというものは。基本的に成長というものがない。

 基本的には成人の状態で製造され、誕生するからだ。

 基本的には。

 つまりは例外も存在する。

 と、いうか。

 もはや意味のない話なのだが、かつて。それこそ最初期のアンドロイドは神々とともに地上で暮らしていたのだが。

 その頃は神々の願いをかなえるために沢山の種類のアンドロイドが製造された。

 まぁ、一番多い用途は戦争用……戦うために特化したアンドロイドで、だからこそアンドロイドはその字のごとく成人の男性体が多いのだが……。

 まぁ、医療用、介護用、その他事業用のアンドロイドも多く存在したし、なんなら愛玩用のアンドロイドもいたらしい。だから女性型や子供型、老人など多種多様な種類が存在するわけで。今も『工場』はかつてのデータを参照して俺たちを製造している。

 だから基本的に成人男性型(資料によれば20~40歳程度の見た目らしい。意味はよくわからないが)が一番多いが、其れだけ、というわけでもないのだ。

 で。

 そんな知識から彼女を説明するならば。

 若い、女性だった。

 20……いや、分類的には子供型だろうか。15か16……それくらい。

 長い、踝まで伸びた髪を液体の中で遊ばせている。髪の色は淡い色だろうが満たされた液体のせいでよくわからない。銀か……それに近い色だろうか?

 すらりと長い肢体。一糸まとわぬそれは透けるように白い。

 ……がん見したら怒られそうだし、そもそもそんな度胸ないけれども。

 美人。

 美少女だった。

 製造されている以上、アンドロイドは基本的にある程度整った顔立ちをしているものが多い。(まぁ、ランダムなのでたまーに事故ったような顔のやつも出ないことはないけれども)だが、彼女はそれにしたって整い過ぎた顔立ちだった。

 黄金比とか、そういう。

 さて、彼女は何者なのだろう。

『落ち着いた?』

 彼女はくすくすと笑んだまま問う。

 液体の中からだけれども、苦しそうなそぶりはない。


 呼吸をしていないのか、呼吸ができる環境なのか……。

「悪かった。まさか誰かいるとは思ってなくってさ」

 しかも全裸だし。とは思っても言わないでおこう。

 怒られそう。いや、まぁ、もう言っても言わなくても怒られそうだけど。

『いいよぉ。久々に誰か来たし。退屈してたんだあ』

 笑顔のまま、彼女は答える。

 ひょっとして、全裸であることに気づいていない?

 それか、全裸であることが当たり前の種族なのか?

 いや、そもそも……生物なのか? 俺たちと同じか……?

『ククッ、いい反応見せてもらった、し。要件聞こうか? 何の用でここに?』

 



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