第22話 戦う者達へ愛の歌を

それなりに(俺は)希望を抱いた。

それなりに(俺は)絶望を破壊しようとした。


だが、好の主治医のその言葉は俺のメンタルの全てを根本から折り、ガラスの心を打ち壊す様な判断の言葉となって。


今現在、俺はボーッと目の前の好が移った病室を見ていた。

ただひたすらに俺はボーッとしている。


もう縋るものが無いと思っているのだ。

俺に出来るのは救ってくれと願うばかりの心で。

信じる事だけと、それだけだった。


涙を浮かべて、目の前の愛しい人を見る。

全く動かない愛しき人はボロボロの身体で呼吸器を着けていた。

後ろでは、りん、が瑠衣にすがって泣いている。


谷は頭を組んでいる手の上に乗せてそして呆然としていた。

未知瑠さんも泣いている。

左胸に有った、希望が音を立てて崩れて行く感覚だった。


「.....お兄.....座って。大丈夫?」


「.....俺は別にもう良いから。.....永遠に座らなくても.....良いから」


「そんな事.....言わないで.....」


また泣き出す、瑠衣。

じゃあどうしろと?

俺にはもう何も浮かばないよ。


その様に思いながら、目の前のガラスに触れる。

包帯の手が見えた。

包帯でぐるぐる巻きにされた俺の手が、だ。

俺はチッと舌打ちして、目の前を見つめ続ける。


「.....ただ無事を祈るしか.....」


呟くと、谷が顔をいつの間にか上げていてガラスに映っている。

真剣な顔で俺に向いていた。

俺を心配する様な目をしている。


「.....和樹。座れよ。お前.....疲れてるぞ」


「.....煩いな.....お前.....」


「そんな感じでイラついているお前がおかしいんだよ.....!」


「.....俺は正常だよ。いつだってな」


いや。絶対にお前は頭が混乱している。

と肩を谷が掴んできた。

俺はそんな谷をキッと睨み、胸ぐらを掴んでそして壁に思いっきり打つけた。

この野郎!!!


「グハッ.....!」


「煩いっつってんだろうがお前!!!」


「煩いのは二人ですよ!病院ですから!止めて下さい.....!それからりんちゃんが怯えてるから!」


その言葉を尻目にしながら俺の右手と左手を握った谷。

必死に和樹.....お前、絶対におかしいから.....落ち着けよ.....と痛みを堪えながら咳をしつつ呟いた。

俺はそんな谷に視界を歪ませて、言葉を発する。

と同時に手の傷口が開いてしまった様だ、血が滲んでいる。


痛みは無いが、俺はただ涙を流していた。

分かってんだよ。

俺自身の行動が.....今の言葉が、考えが、全てがおかしいって事は、だ。

狂っていると思う。


「.....頼むから落ち着け。お前の姿は.....今の姿は.....好には見せられない!」


俺は俯いて谷の胸元から手を離す。

そして横の椅子に腰掛けて顔に手を添えた。

涙が.....止まらなかった。


その様に思っていた、時だ。

右手の方角から担当医が慌ただしくやって来た。

看護師を引き連れ......恐らく、手術が始まる様だ。


どれだけ好に傷を付ければ良いのだろうか。

好が好じゃ無くなっていく感覚がする。

俺の愛している女の子が。


戦う時は一人だぞ、でも一人じゃ無いって事は.....分かるだろ?

とあるアーティストの言葉だが、それを思い浮かべて。

俺は目を閉じて、前を見据えた。


「.....落ち着いたか」


「.....ああ。俺は前を見ないといけない。好が.....戦っている。その事を.....だ」


「お兄.....」


瑠衣も谷も頷く。

慌てていた未知瑠さんも俺の姿に落ち着いた様にして、そして、手術室へそのまま向かう、好を見た。

俺達は担当医を待つ。


その絶望が絶望で無い事を祈りながら、胸の奥に有る魂に誓いつつ。

俺は全てを見据えた。



『大手術になるかと思います』

その一言を執刀医から聞き、固唾を飲んで椅子に腰掛ける。

だが、俺達の時間はもうとっくの昔に時間切れだった。

夜になって、外がかなり真っ暗だ。


「.....えっと.....皆さん未成年ですし、夜遅いから.....帰ってもらって.....」


「分かりました.....お兄」


もう時刻は20時を超えている。

戦いはまだ2時間しか経ってないのに。

と思うが、俺の姿をもう周りは限界だと捉えている様だ。


それはそうだろうな。

あんな姿を見せてしまったら.....限界もクソも無いだろう。

それに、暴言ばかりだ。


小さくだが、クソとかアホとかそんな感じで、だ。

そんなヤツが今の今まで頑張っていた事が奇跡だろう。

でもな、本当に不安で仕方が無い。


俺の愛しき人が、愛しいと言ってくれた人が。

こんな目に遭っているのに、だ。

俺はこんな場所で何も出来ないもどかしさが頭に来る。


「.....後は.....未知瑠さんに任せよう?お兄」


「.....帰りたく無いんだが」


子供の様な駄駄を捏ねる様な、そんな言葉を捻り出す。

だが、そうしていると俺を瑠衣が強い口調で言ってきた。

俺に今まで.....というか久し振りの強い口調だ。


「.....帰って。お兄。泣くよ」


その言葉に俺は顔を上げて、瑠衣を見た。

今にも泣きそうな感じで俺を見つめている。

俺は愕然として、再び俯いてそして涙を拭う。


「もう限界だ。お前は今日。俺も帰るから帰ろうぜ」


「.....」


「帰りませんか?」


「.....」


その様にそれぞれ話した、りん、瑠衣、谷を見る。

そして俺は最後に未知瑠さんを見た。

俺は天を仰いで、手術中、のランプを見る。


「.....分かった」


「.....それでこそお兄だね.....」


「好は.....あんだけ根性が有るんだ。大丈夫だから.....な?和樹」


谷の言葉に見ながら頷く、俺。

確かに好の事は心配だ。

だが、俺が逆に倒れたら好は泣くだろう。

それを考えたら俺は.....帰って寝ようと思った。


「.....好.....」


その一言だけ呟いて未知瑠さんに頭を下げて踵を返して、俺達は帰宅し。

数時間後、真夜中にメールを受け取った。

期待して開いたスマホに書いてあった言葉は。


(手術ですが、無事に終わりました。未知瑠)


だった。

俺は涙を浮かべ、そして布団の中で号泣する。

ただ、ひたすらに良かったと。

号泣し、布団が涙で濡れた。

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