第7話 好の予想

時計の針の音しか聞こえない病室。

俺はただひたすらに呆然と好の居る病室でボロ臭い椅子に座って俯いていた。

後ろには眉を顰めた手を組んだ友蔵さんが立っている。


倒れて搬送後に緊急手術になった包帯が頭に巻かれ病院着姿の眠っている好をただひたすらに見つめていた。

時刻は16時を回り。


俺が密かに学校を抜け出してから丁度、数時間である。

緊急手術については4時間ぐらい掛かり疲労が少し出てしまった。

そんな感じで複雑に思っていると。


背後に立っていた友蔵さんが俺を見ながら話し出した。

真剣な顔付きで、だ。


「.....和樹くん、君は学校に戻らなくても良いのかい?」


「.....俺は好の事が.....心配で.....御免なさい.....」


「.....だが.....」


学校はもうどうだって良いんだ。

もし面倒なら退学なりすれば良い。

俺の人生はやり直しなんぞ何回でもきく。


だが、好はもし死んだらもう二度と会えない。

命というのは一度きりだ。


そんな事になってしまえば俺は死ぬしかないんじゃ無いだろうかって不安になる。

あの昔の様に、だ。


ガラッ


「和樹さん!」


唐突にランドセルと防犯ブザーを擦らせて音を出しながら。

瑠衣がこの世の終わりを見るかのような表情で飛び込んで来て。


そして、更に後ろには谷が居て通学鞄を2つ持って複雑そうに俺を見つめてきた。

俺にその通学鞄の片方を渡してくる。

どうやら俺の鞄の様だ。


「.....お前の分の学校の鞄だ」


「あ.....ああ。そうだな。もう学校終わりか.....すまん.....」


「.....先生には言い訳した。.....でも本当に、大変な事になったな.....」


瑠衣は手をベッドに添えて好を見つめている。

流石の元気な谷も鞄を置きながら好を静かに見据えていた。


俺は言葉に、ゆっくり視線を外して。

親指をクルクル回しながら動かして答える。


「ついこの間まで元気だった。.....それなのに何でだよって感じだぜ.....」


「多分、脳腫瘍は徐々に出来ていたんだろうな。.....何で言わなかったんだ.....好は.....」


谷は少しだけ悔しそうな感じを見せる。

俺はその様子を最後まで見る事も無く目の前の号泣している、瑠衣を見た。

それから、俺の方を瑠衣は見てくる。


「か.....和樹さん。助かるんだよね?好さんは.....助かるんだよね!?」


「.....全く分からん。これから.....また説明が有るから.....」


「.....そんな.....」


悪性だが助かるかも知れない。

だけど、気持ちは複雑だ。

安心させる要素が何も無いから。


その様に思っていると背後から、白衣の中年の眼鏡医者が扉を開けて眼鏡をかけ直しながら女性の看護師と共にやって来た。

白衣の眼鏡医師は俺達の様子を見てから頷く。


俺はフラフラしながらゆっくり立ち上がった。

そしてその場から出て行く。


「.....担当医です。.....すいません、ご家族の方以外は.....」


予想通りの言葉を中年の眼鏡医者は俺達を見ながら話した。

俺は、はい、と言って瑠衣と谷に目配せをする。


瑠衣も納得した様に俺の元にやって来て。

谷も引き連れて鞄を持って病室を後にした。



「.....元気出して.....和樹さん.....」


「.....」


「そうだよ.....あの、和樹.....好もきっと元気を出せって言っていると思うぞ。.....特にお前に対しては.....だ」


そうだな、だけど、元気が出ない。

久々に..心の奥底から疲れたよ。

何も、笑えない。

感じられない気がする。


「.....ジュース買ってくる」


「じゃあ、私は.....和樹さんを見てます」


「.....分かった。じゃあ、頼んだよ」


谷は自販機コーナーまで駆け出して行く。

その様子を見て、瑠衣を見た。


涙の跡が目頭辺りに付いている、瑠衣。

俺はその瑠衣を見て真正面を見て呟く様に話した。


「.....すまない」


と一言、だ。

次の瞬間、小さな瑠衣の手が俺の頬に触れてきた。

そして、和かに話し出す。


「.....和樹さん、元気出して。.....その、お願いします。私から、好さんから」


「瑠衣.....」


「.....わ、私は.....元気な姿が見たい。元気な和樹さんが好きだから」


「.....そうだな.....」


俺は複雑に笑みながら、赤くなっている瑠衣の頭を触った。

そして柔和になりながら、撫でる。


それから、視線を静かに目の前の好の病室に向けた。

大丈夫。


状態は悪性だが悪く無いさ。

そう、言い聞かせながら、だ。


「.....大丈夫、大丈夫だろ.....きっと」


その様に言いながら俺は瑠衣を見つつ。

廊下を行き交う、人々を見つつ。

居るのか居ないのか分からない、神に祈った。


神様に真剣に祈る日がまた来るとはな。

俺の母親が亡くなって以来か、その様に、思いながら。



「悪性腫瘍だけど、何とかなるそうだよ.....うん」


「.....そうですか.....」


ガンで母さんを殺した癖に、良い加減にしろよ本当に。

何人と俺の知り合いを.....消す気だよ。

もう勘弁してくれ。

どれだけの悲しみを持ったら良いんだ。


「.....悪性でも.....治るんですよね?」


谷が俺の様子を見てその様に呟く。

友蔵さんは首を振りながら、好を見つつ谷を見据えた。


「.....分からないね。が、今言える事はただ一つ。好が治る様に祈る事だ。または好が頑張る事だろうと思うよ」


「.....母さんの件があって.....治ってくれないと.....俺はまた.....」


「.....どうするの?」


背後で、瑠衣が今にも泣きそうな感じで立っていた。

その、泣きそうなのは好に対してでは無い。

俺に駆け寄って来る。


「.....また.....自殺未遂を起こすの?和樹さんは.....!」


その言葉を瑠衣は詰まる中、必死に吐き出す。

俺は過去に一度だけ首吊って自殺未遂を起こした事があったりする。

それは簡単に言えば寂しさからくるものだった。


母さんが亡くなった、ショックがデカ過ぎたのだ。

何だよ癌細胞って、と意味が分からないと自殺を図ったのだ。


だが、緊急搬送された先では命に別状なし。

本気で最低だ、と思ったが、今では生きていて良かったと思った。

のだが、今はこの状況だから。


つい、出てしまった。

瑠衣を悲しませるつもりは無かったのに。


「和樹さんが死んだら私も死ぬから!絶対に許さない!」


「.....」


「.....和樹。俺もそうだぜ。お前が死んだら.....俺は.....お前を前世もその全てを呪ってやるぞ」


「.....そうだな.....」


その様子を柔和に友蔵さんが見ていて。

そして、話してきた。

俺に対して頷く。


「.....本当に良い人達に恵まれたね。和樹くん」


「.....そうっすね.....」


良い奴らだよ。

俺の.....うん、本当にと思う。

本当に良い人達に恵まれたよ。

当時とは違って、だ。


「.....好が治るのを応援する。.....俺は死なない」


「.....それでこそ和樹だと思うな」


「和樹さん.....」


涙を拭いて、笑顔になる瑠衣。

そして笑みを浮かべる、谷。


そうだ今は暗い事を考えるのは止めよう。

明るく考えるんだ。

そうじゃ無いと好の姿に泣いちゃいそうだから。


絶望を変えるんだ。

今度こそ、希望に、だ。


「.....好.....絶対に頑張れよ」


その様に呟く俺。

聞こえるか好、俺達が待っているからな、死ぬなよ。

お前のそのヤンデレの性格が俺を動かしている一部なんだから。



俺は多分、今でも好が好きだ。

だけど、俺は好きだと言われて付き合い始めた。

その為に好を諦めたのに。


だが、現実は皮肉なものだ。

上手く回らない様で俺は悩み出してしまった。

今俺は好が心配過ぎて.....瑠衣の事を考えられない。


「.....」


この部屋に、時計が置いてある。

秒針が鳴っている。


今時、アナログを使っている、俺の時計の音。

俺は顎を両手で頬杖をしている手の甲に乗せて考えていた。


「.....クソッ」


俺はただ、一つの事を思う。

それは、どうしても好が全てを悟って俺と付き合わなかった。

そう、としか思えない考えとか。


俺はどうしたら良いのだ?という考えとか。

好の事を考えてしまったら瑠衣の事が考えられない。


逆でもそうだという考えとか。

複雑に迷宮の様に入り組んでいる。

ダンジョンに迷っている様な感覚だ。


「それは駄目だ。絶対に.....駄目だ」


コンコン


「.....はい?」


俺は背後の扉をノックした、人物に答える。

静かに、瑠衣が入って来た。


ピンクのキャラモノパジャマだが、大人っぽい格好。

生足のパンチが効きそうだが。


今はそんな事は別になんとも思えない。

それを感じたのか、瑠衣の顔は複雑そうな感じである。

心配そうに俺を見てくる。


「和樹さん、大丈夫?」


「.....大丈夫と言えば.....大丈夫で、大丈夫では無いといえば.....大丈夫じゃ無い.....が.....」


「.....そう.....だね」


そんな瑠衣は破顔した顔をしていた。

余りに好が、俺が心配なのだろう。


瑠衣にとってはそれなりに姉貴の様な感じだったしな。

心配するのも無理は無い。


こんな強く無い瑠衣は.....久々に見た。

ある日、小鳥が巣から落ちて死んでいた時以来かな。


心が広いんだよな、瑠衣は。

その様に思いながら、俺は立ち上がって瑠衣に近づいて行く。


「.....そんなに心配すんな。好は.....大丈夫だ」


「.....でも.....」


「俺が.....言っても仕方が無いけど.....大丈夫だ」


瑠衣を静かに見下ろす。

大切な、恋人が泣いているなら大丈夫って言わないと駄目だ。

思っていると、グスッと鼻を鳴らして瑠衣は真剣な顔で話し出した。


「.....私ね、和樹さんにお話をしに来たんだ」


「.....なんの話だ」


「.....このまま私達は付き合っていて良いのかなって.....」


その言葉が来ると思って既に答えを用意していて良かった。

大丈夫だ。

その言葉に見開く、瑠衣。


と言うのも、好の意見を尊重したのだ。

そうだ。

好はこの様に言った。


『瑠衣ちゃんを大切にしてね』


別れる事が好の言う幸せだとは到底、思えない。

アイツが全てを悟っていたのなら尚更。

俺は静かに首を振って、瑠衣を柔和な顔で見つめる。


「.....瑠衣。別れる事が幸せだとは思えない。好が話していたから.....今はまだ.....付き合おう」


「.....それで.....良いのかな.....」


瑠衣は涙を流す顔を上げた。

いや、それがきっとアイツにとっては幸せだと思う。

俺は瑠衣を抱きしめながら、その様に呟いた。


そして複雑な思いを抱えながらも、意を決して。

ただ、前を見据えた。


(幸せ)


の本当の意味を考えながら、だ。

ここからが本当の戦いなんだ。

笑顔も涙もきっと全て、君に出逢う為に。

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