第4話 いざ出発
オズワルドは、町の出入り口にいました。
ここで、フリアを待っているのです。少し前、二人は旅の支度をしてここで落ち合う約束をしました。
オズワルドは家に帰り、着替えてからここで待っています。持ち物は、笛だけ。救出への途中、笛の練習をしようと考えているのです。
「待たせたな」
フリアは、二つのバッグを持ってきました。
「ずいぶん、大荷物だね」
「違う。こっちはオズワルドの分だ」
「僕?」
「それは、祭典に行く前に親父さんから預かっていたものだ」
差し出されたのは、幼いころよりオズワルドが愛用していたカバンでした。戸惑いながら、オズワルドはお礼を言ってかばんを受け取ります。
「ありがとう」
「大したことはしていない。さあ、行こうか」
「うん」
二人は町にある三つの出口のうち、街の真ん中にある出口を選んで外へ出ました。
外は、眩しいほど晴れています。
丁度紅葉シーズンで、葉が色鮮やかに染まっていました。
巨木は、湖の中心にあるのですが、水辺に紅葉した木々が映り込み、その景色に飾りつけをするように、葉がはらはらと添えられています。
ここにある紅葉を見れば、コンスタンティンはどれほど喜ぶことでしょう。新しい服の案が浮かぶ材料になりますし、実際に服を作るときの材料にもなりそうです。 今は風も少なく、湖も穏やかです。
先へ進むためには、湖を越えなければなりません。
シュジュエは、子供の間は巨木から外へ出ることは禁じられていますが、大人になれば巨木を守るため、もう一つの仕事のために巨木の外へ出ることができます。
そして、湖の外側へ行く必要があれば、巨木側に停泊しているボートを使って、湖を渡るのです。
オズワルドたちもボートを使うことにしましたが、巨木側に泊まっているボートは、今は使われていない古いボート一隻だけでした。
ほかのボートがこちら側にないことを疑問に思いましたが、二人にはボートよりもさらわれてしまった女性たちの方が大事でしたので、気にすることはすぐにやめて、このボートを使うことにします。
ボートは古くても、二人が乗っていくには十分でした。
二人は向かい合うように座り、オールを使ってボートを進めました。
ボートを進めるのは、オズワルドです。けれど、初めて乗るボートですから、うまく進めません。ボートを進めるためにはオールを水をかくように動かすのですが、オズワルドが使うと、水をかくというよりかき混ぜているようです。何度動かしてみても、バシャバシャと水が跳ねるだけで、一向に前に進んだ気がしません。
見かねたフリアは、オズワルドからオールを奪い、ボートを進めます。と言っても、フリアもまたボートを進ませるのは初めてでしたので、オールの扱いはぎこちないものです。それでも、オズワルドが使うよりかは幾分ましでしたが、やっぱりボートはうまく進みません。
けれど、二人がそのようにして繰り返していくと、何とか様になっていきました。
まぐれなのか、コツをつかめたのか、スムーズにこげたときは、たまにボートのお知りに筆がついているかのように、湖面に模様が浮かびました。
ボートは、西側にある渡し場で止めました。渡し場は、ここにしかありません。
先ほどの疑問は、ここで納得することができました。
巨木側になかったボートはすべて、西側の渡し場にあったのです。おそらく、町でさらわれた女性たちが、このボートに乗せられていたのでしょう。
急げば、女性たちに追いつくことができるかもしれません。
二人は、迷いました。例えば、仮に急いで追いつくことができたとして、女性たちのように二人も囚われてしまうことにならないという保証はありません。それに、これは言い訳なのかもしれませんが、救出前に必ず東の倉庫へ行くように、長と約束していましたから、こちらを優先しなければならないと考えたからです。
二人は、長の言いつけの通り、まず東の倉庫へ向こうことに決めます。
フリアは、ボートが動かないように、ロープで渡し場につなぎます。ボートから降りてぐるりと半周するように東側に進むと、すぐに暗く深い森が見えました。
暗い森は、西側の森に比べて木の背が高く、葉も青々と茂っています。そのため森の中に入ると光が届かず、日中でも薄暗いのです。おまけに、大人たちもあまりこちら側へは行かないので、自分で道を作りながら出ないと、進めません。
幸いなことに、東の蔵は薄暗い森を入って数分ほどで着きました。
石をいくつも積み上げて作られた建物です。人の出入りがないので、石は割れて木でできている扉は朽ちて少し穴も開いています。少しでも扉に触れれば、ぼろぼろと木くずが落ちるほどです。
案の定、オズワルドが力いっぱいドアノブを引くと、扉は抜けて、外側に倒れました。その拍子に砂ぼこりが舞い上がり、埃がブワッとオズワルドの方めがけて広がります。
二人は咄嗟に、口元を押えました。
建物の中は、埃とカビ臭さで空気がよどんでいます。
換気しようにも、窓もありませんので、二人は鼻と口を布で抑えたまま、中に入ります。それから、このままでは中の様子が分かりませんので、入り口に備え付けられている燭台のろうそくに火をともしました。
「すごい埃だね」
視界は、霧がかかっているように白く濁って見えました。しかも、そこら中に綿のような塊がへばりついていて、見ていただけでは何があるのかわかりません。
「ひどいな」
「うん」
二人は、あまりの汚さにあっけにとられています。
足元がおぼつかず、壁を伝って歩こうにも、壁に触ったとたんにフワッとした嫌な感触が手全体に広がります。さらに、一歩一歩歩くごとに、ぐしゃぐしゃと何かが崩れるような音と不安定になる足場に、何度も重心は不安定になるのです。
「僕、なんだかもう帰りたくなってきたよ」
「頑張れ。ソフィアを助けるためだ。とにかく、使えそうなものを手分けして、ここに集めるんだ」
フリアはオズワルドを励ましながら、率先して辺りを探索します。
綿をかき分けて周辺を探すと、剣や弓、槍などの武器が出てきました。
ここにあるものはすべて、国があったときに使われていた物ばかりです。巨木を守るために、これらを使って戦っていたのでしょう。
語り部から歴史を聞くことはあっても、我々にぴったりのサイズで、しかもこれだけ種類多く武器を見ることは、初めてのことです。戦っていた時代があったという事実が、二人の心に重くのしかかってくるようです。
ただ、これだけ立派だった武器があっても、長いこと手入れをされてこなかったため、修復できないほどボロボロになっています。これでは、使えそうにありません。
二人は別々に、使えそうなものか探して回ります。
フリアの方は、わずかな希望をもって周辺にあるかろうじて形を保っている武器を、指定した場所へ置いていきます。武器としてはもう使えませんが、夜暗くなった時に火をおこす薪になら、なりそうです。
オズワルドの方は、どこかに部屋がないか、麺の塊を取り除きながら探します。
けれど、残念ながらドアは見つかりませんでした。
「ダメか。絶対、どこかにあると思ったんだけどな」
オズワルドは、足で床をこすりながらつぶやきます。
あきらめて、その辺にあるものから選ぼうとした時です。足が床にぶつかりました。
その床は、オズワルドの足がぶつかると、ゴンゴンと反響したようなおかしな音がします。
オズワルドは首をかしげてその場にしゃがみ、床をノックしました。
「フリア、こっち来て」
「どうした? 何か見つけたか」
フリアは急いで駆け付けると、オズワルドの足元をのぞき込みました。
薄暗さと埃で見えづらいのですが、床には一か所不自然なくぼみがありました。
二人はくぼみに手をかけて、持ち上げてみます。
そこは、部屋ではなく収納庫というようなこじんまりとした空間がありました。この空間にはびっしりと箱が詰められており、やっぱりその箱たちも長い年月により傷んでいます。
オズワルドは、その中から一つ。細長い箱を取り出しました。
「一応、開けてみるね」
オズワルドは、箱を壊さないように、そっと開けました。
「うわっ!! カッコいい」
「すごいな」
箱の中を見た二人は、声を上げました。
期待していなかった分、喜びは倍増です。
箱の中には、黄金色に輝く杖が、当時の状態のまま眠っていました。先端には、リンゴのような形をした透明の玉がついています。
手に持ってみると、その重みと威光に身が引き締まります。
オズワルドは、とても気に入りました。
杖を持ったまま、放しません。
「他のも、見てみよう」
「うん」
今度はフリアが、箱を取り出します。
箱を開けると、中には繭玉で作られたきめ細やかで柔らかなドレスが入っていました。
かつての王が着ていたものなのでしょう。
今日、町のものが着ていた正装よりもずっと重厚な印象で、二つの巨木の花が刺繍に入っています。
これが、なぜ王が着ていたものだとわかるかというと言うと、語り部が伝える伝承では、二人の王は巨木の花が実に変わり、その実から生まれたとされているからです。そして、その実の形は、リンゴのような形をしていたと伝わっています。
「きれいだけど、これは必要なさそうだな」
フリアはそう言って、元のようにドレスを箱に入れて、ふたを閉めます。
「それじゃ、これは?」
「空だな」
そんなことを言いながら、二人は次々と箱の中を確認していきました。
鍋、皿、マント、装飾品などどれも今必要というわけではなさそうなものばかりです。
最後の日と箱を開けてみると、水晶玉のように透き通っていて、蕾のように中心が膨らんだものが出てきました。
「これは、何かな?」
そう言いながら、オズワルドは、その水晶玉を持ってみます。
持ってみると、下の布が一緒に持ち上がりました。
オズワルドは、ついてきた布を水晶からはがして、布を自分の膝の上で広げた状態で置きます。
布には、文字が書かれていました。
「オズワルド。その布を、見せてくれないか」
「いいよ。フリアは、これがなんて書かれているのか分かるの?」
オズワルドは、布をフリアに渡します。
「古い文字で、読めないな。家に帰れば、先代から譲り受けた書物で、解読が可能になるんだが」
「ってことは、きっとこれも必要なものだね。だって、こんな文字が書いてある布が一緒にあるんだもの。きっと、何かの役に立つはずだよ」
「いや、それは分からないが、持っていくのは、俺も賛成だ。語り部として、それが何か知りたいし、布の文字も解読したい」
「うん」
二人は、それらをカバンにしまいました。
それから、一通り見て回りましたが、それら以外、めぼしいものは見つかりませんでした。
外へ出ると、外は新鮮な空気で満ちています。
オズワルドは大きく息を吸い込みました。
「長も人が悪いよ。必要なものを詳しく教えてくれれば、早く助けに行けるのに」
「それは違うさ。長が言う必要な者とは、俺たちにとってということだ。つまり、俺たちが必要だと思うものをもっていけばいいってことだ」
「でも、どれが必要なのかわからなかったよ」
「選んだだろう。オズワルドは杖を離さなかった。それが、オズワルドにとって必要なものなんだ。それでいいんだ。俺も、気に入ったものを見つけたから持っていく。それより、必要なものは見つけたんだ。早く出発して、ソフィアたちの救出に向かおう」
「フリアが言うなら、そうだね」
二人は先を見据えて、東の倉庫を去ります。
先ほどまでやや暗い建物の中にいたので、日が当たらない暗い森でも明るく感じます。
空は、昼間から夜に交わる時間で、濃いオレンジ色に輝いています。
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