第3話 祭典場を目指して

 祭典の会場は、コンスタンティンのお店より上に上ったところにあります。町全体で位置を示すと、丁度町の一番上にあたります。幹の道が大きく広がり、丸井広間のような形になっているところが会場です。ここはもともと、シュジュエの国の城があった場所でした。

 外へ出ると、通りはすっかりお祭り色に染まっていました。昼間準備されていた飾りが光りだし、背の高い花のランプにはリボンがかけられています。どれも、可愛らしく鮮やかで、つい周りをキョロキョロと見てしまいます。

 通りのランタンも素敵で、一定の距離に一つずつ、会場へ向かうように置かれています。そしてこのランタン、ただのランタンではありません。普段は見ることのできない、細かい絵が刻まれているランタンです。

 ほとんどの町の人は、もう会場へ向かった後だったようで、静かでした。一部残っていた人は、三人が歩いていると、気がついて、ちらほらとお祝いの言葉をかけてくれます。三人はくすぐったい気持ちながらも、笑顔で会釈をして返しました。

「ソフィア、聞いたか。オズワルドのこれからの事」

フリアは突然、オズワルドの話題に触れました。

 先ほどオズワルドが苦しそうに話していたことを、フリアはフリアの言葉を付け足しながら、ソフィアに話します。

「え、だって。それじゃあ、これが終わったら、どこに帰るの?」

ソフィアも心配のようで、普段より口調が強くなっています。オズワルドは身の置き場所がなく、顔を背けました。

「だから、俺は帰る場所がなければ俺の家かソフィアの家へ来ればいいといった。だが、問題はここじゃなくて、オズワルドがそこまでこだわっている理由が何なのかわからないが、できる限り力になろうと思っている。ソフィアはどうだ? 俺と一緒にオズワルドの力にならないか」

「もう。こうなったら、仕方ないわね。祭典が終わったら、長に相談してみましょう」

「そうだな」

当事者であるオズワルドの話を聞かず、二人はオズワルドの今後について、熱く語っています。

 オズワルドは、というと二人とは別の方を見ていました。

「二人とも。今、何か見えなかった?」

「何言ってるのよ。今は、オズワルドの話をしているのよ。オズワルドも、よそ見してないで、自分の心配をしてよ」

ソフィアは、少し怒っています。

「でも、確かに向こうで、誰かが飛んでいるように見えたんだ」

二人は困惑していました。はっきり言って、この町に空を飛べるものなど一人もいません。シュジュエには翼がありませんし、そのような力は持ち合わせていないのです。

 かといって、他の種族がここへ立ち入れるはずがありませんので、オズワルドの話は現実味がありませんでした。

「何かと、見間違えたんじゃないか」

「きっと働きすぎで、幻覚を見たのよ」

確かに、オズワルドは数日、祭典の影響でお店が忙しく、休む暇などありませんでした。オズワルド自身も納得して、また歩き出した時のことです。音もなく、黒い影がふわっとソフィアの後ろに現れました。

 オズワルドとフリアが気付いた時にはもう遅く、ソフィアはマントという名の大きな布に覆われています。見えるのは、ソフィアの顔だけでした。それも、声が出ないように口を押えられています。そのものは不気味なぐらい大きな帽子を首まで深くかぶり、顔は見えません。体は帽子と同じ色の鮮やかな青に裾上数センチを鳥の羽のような縦に白いラインの入ったマントに覆われていて、種族も性別すらもわかりませんでした。

『……』

「な、なんだ。お前」

フリアはたじろぎ、オズワルドは金縛りにあったかのように硬直しています。このまま何もしなければ、きっとソフィアはどこかへ連れ去られてしまうというのに、体はうまく動きません。

 フリアはこぶしを握り、意を決して一歩踏み出しました。

『……』

「ソフィアを放せ」

フリアは叫びながら、つかみ取ろうと走りました。しかし、帽子の者を捕まえることはできません。防止のものは何も言わず、ふわっとまた浮いて、ソフィアを連れて北の方へ飛んで行ってしまいました。

 フリアは、その姿が見えなくなるまで叫び続けましたが、声が届くことはありませんでした。

 オズワルドも、何もすることができなかった自分を責めて、悔しさで顔をゆがめています。

 その場には、フリアとオズワルドの二人だけが残りました。

「ごめん。僕、何もできなかった」

「俺も同じだ。だが、そんなことを今言っていても仕方ないだろう。反省するのは後にして、今は長の所へ行って報告してみよう」

フリアはそう言って、オズワルトと会場にいるはずの二人の長の元へ走りました。

 ここから会場までは、そう遠くはありません。

 長は、歴代の長の中で一番、町の人たちの信頼が厚いと言われるほど優秀な人格者たちです。そして、王国時代の二人を除き、歴代の長の中で最初の二人の長です。一人は男性で、名前はベネディクトと言い、もう一人は女性で、名前はベアトリスと言います。部下たちも見分けられないほど背格好も似ているため、部下たちが見分けられるように、ベネディクトは杖を携えています。


 会場へ着くと、男たちがひしめき合い、何やら言い争っているようでした。

 会場はめちゃくちゃに荒れていて、悲惨な状況です。激しい争いのおかげで、食器が落ちて割れたり、テーブルの上で倒れたりしています。テーブルの上にかけられたクロスなどは破けていて、見ていて痛々しく感じるほどです。これでは、せっかくの飾りつけもおしゃれな食器も台無しです。

 その男たちの向こう側に、杖を持った長が頭を抱えていました。周りには、部下たちが取り囲み、長にまで被害が及ばないように、警護されています。

 オズワルドとフリアは、男たちをかき分けて、長に近づきました。

「長、助けてください」

「どうしました?」

「大変なんです。来る途中、怪しいやつにソフィアを連れていかれてしまって、僕たちどうしたらいいのか。どうか、ソフィアを助けてください」

オズワルドは、必死に長に訴えました。

「あなた方もですか」

長は、愕然と肩を落とし、顔を手で覆いました。

「僕たちもって、どういうことですか。どうして、町の男の人たちが、このように争っているんですか」

「ここでも、同じようなことがあったのだ。目の前でパートナーや子供たちを連れていかれてしまって、みんな動転してしまっている。今、別のものにだれか残っていないか、調査に出てもらっているところだ。この状況を見るに、町中の女性たちが何者かによって連れ去られてしまった可能性が高い」

「そんな……」

その時、フリアの顔が青ざめました。このフリアの動揺は、他の誰よりも衝撃を受けているのです。

 オズワルドは、フリアを慰めるように、肩に手を乗せました。

「これは、町始まって以来の危機です。なんとしてでも、助けなければなりません」

「長、僕たちもできることなら何でもします。どうすれば良いのでしょうか」

「さらったものが、どちらの方へ向かったか、わかりますか?」

「たぶん、北の方だったと思います」

「北ですって?」

来たという言葉に、長や部下の表情は曇りました。

 それは、町のものであれば幼いころ、語り部により聞かされていた物語の場所だったからです。

 その物語は、シュジュエの巨木から北へ行ったところに、誰も住んでいない城がありました、から始まる物語です。


 シュジュエの巨木から北へ行ったところに、誰も住んでいない城がありました。

 誰も住んでいない城は、一体どんな城だと思いますか。我々が住む家のように可愛らしい姿をしているのでしょうか。それとも、おどろおどろしい見ただけで叫んでしまいそうなほど恐ろしく朽ち果ててしまっているのでしょうか。どんな城なのか、誰も知りません。

 小さな村では、白にまつわるいろいろなうわさが飛び交って、いつの間にか「恐ろしい場所」や「呪われた場所」といわれるようになりました。

 ある時、青年は城が本当に恐ろしいところなのか、知りたくなりました。村人が反対するのも聞かず、青年は一人で村を離れて、城へ向かいます。不思議なことに、城への道を知らなかった青年は、迷わずすぐにたどり着くことができました。

 初めて城を見た青年は、その美しさに思わず心を奪われました。中から聞こえてくる不気味なうめき声に気づかないほどに城に魅せられ、中へ入ってみたくなりました。

 青年は中に入ろうとしましたが、城の扉は固く閉ざされていました。何とか入ろうと、あらゆる手を尽くしましたが、城は青年を拒みました。けれど帰り道、青年は巨大な怪物に襲われて、とうとう村へ帰ることができませんでした。

 ある時。今度は一人の女性が城に興味を持ちました。不思議なことに、女性も青年の時と同じように、城へは迷わず行くことができました。

 城へ着いた女性は、青年と同様、城の美しさに魅せられました。女性もまた、城へ入ろうと試みました。すると今度は、城の方から女性を受け入れ、扉が勝手に開かれたのです。喜んだ女性が中に入ると、女性は城の中で玉座を見つけました。玉座には大きな帽子をかぶった怪しげな魔術師が座っています。女性は怖くなり、城から出ようとしましたが、巨大な怪物に出口を阻まれて、逃げられません。

 女性へ魔術師に抱き込まれ、城から出ることは永遠に叶わなくなりました。


 これは物語であり、歴史ではありません。けれど、語り部はこの話をした後、必ず、シュジュエたるもの巨木の北へむやみに言ってはならない。この物語に登場する怪物は、魔術師が操る使い魔だから、興味を持ったら男なら怪物に襲われて命奪われ、女なら魔術師にとらわれると言います。

 こうして、町のものは幼いころから「城へ行けば、二度と帰れなくなる」と城へ近づこうと思うことさえ禁じられて育ちます。しかも実際、巨木の北には城があるので、物語を聞いたその時から、城は恐怖の対象でした。

「やはり、そうですか」

「何か、心当たりがあるのですか?」

「いいえ。さらったものの姿は違っていても、ここにいた女性たちも北の方に連れていかれたようでしたから、ソフィアも女性たちもつれていかれたのは同じ場所と考えて、間違いないでしょう」

長の周りにいた部下の一人が、こちらに近づく人物に気が付きました。

「長。コンスタンティンが来ました」

「ご苦労様です。こちらへ通してください」

「かしこまりました」

部下は長から離れて、向こうからやってきたコンスタンティンをこちらへ案内、誘導します。

 コンスタンティンはオズワルドに気づきましたが、何も言わず長の前でひざまずきます。

「コンスタンティン。例のものを持ってきてくれましたか」

「こちらに。それから、町にはもう誰も残っていませんでした」

コンスタンティンは、報告とともに、布にまかれたものを両手で差し出しました。

「これは、今日の日のために、私が保管していた品です」

 包みは部下が受け取り、部下が長に渡します。

 長は、布を外して開けました。中身は、ルビーやエメラルドといわれる宝石がちりばめられた美しい短剣でした。

 この町では、長いこと装飾品づくりの技師にいないことから、この短剣がずっと古くからあるということが一目でわかります。

「確かに」

長が一通り短剣を見たところで、オズワルド達に視線が集まりました。

「さて、オズワルドにフリア。これからあなた方に、町の女性たちを救出に出かけてもらいたいと思います。御覧の通り、町の男たちは先ほどの出来事でひどく取り乱し、とても救出に出かけられるような状態ではありませんし、我々大人はそれぞれ巨木を守るための役割があります。今、心離れられる大人は、巨木を守る役目が決まる前のあなた方しかいないのです。それに、フリアには語り部として、ことの顛末を見ておかねばなりません」

「待ってください。僕たちは、この町から外へ出たこともないんですよ」

「忘れたのですか。我々は種から生まれて種に戻る。記憶こそありませんが、巨木の外どころか、結界の外までも行ったことがあるのですよ。きっと、大丈夫です。それに、シュジュエの町や外に関する地図がここにあります。地図を見て進めば、きっとたどり着けるはずです」

 オズワルドは、しばらく考えました。軽はずみな発言はできません。一度引き受けたことは最後までやり遂げろと、コンスタンティンに育てられたのですから。

 これは、重大な任務です。任務を行う危険と女性たち、親友を天秤にかけて、オズワルドの心は決まりました。

「わかりました。行かせてください」

オズワルドは、驚くほど冷静に答えました。親友であるソフィアを見捨てることなどできません。それに、連れ去られるときに、何もできなかったという負い目もあります。

「俺も行きます」

フリアも続いて答えました。

 フリアもオズワルド同様、負い目を感じています。

「よい目です。よく決心してくれました。助けに行くのなら、早い方がいいでしょう。地図を渡しましょう。承知の通り、目的地は北にある城です。ここから目的地に向かえば、二日ほどで着きます。ですが、城までは決められたルートで進まなければ、たどり着くことはできません。ルートは、地図に線で示されています。地図と短剣を持ち、念のため東の蔵を目指してください。これから先、何が起こるかわかりませんから。東の蔵で必要なものを揃えてから、城を目指すのです。良いですね?」

「わかりました」






  

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