第2話 親友からの告白

 一階には、お店と奥のドアを超えて、左手に倉庫と右手に工房というようにお店に関する部屋だけなのですが、間にある半円に伸びた階段を上ると、二人の住居スペースとなります。ソフィアがいるのは、二階に上った先の左手にあるオズワルドの部屋です。

 オズワルドは大きく息を吐きだして、自分の部屋のドアをノックしました。

「はい」

中から聞こえたの穏やかそうな声に、オズワルドはほっと胸をなでおろします。

 オズワルドが部屋に入ると、ソフィアは部屋の中心にある柱に背を預けるように、床に座っていました。この柱は、枝のようなものが二本、部屋へ入った時に見て左側と手前側にあるのですが、ソフィアがいるのは枝のない右手側です。

「ごめんね。お待たせ」

オズワルドが謝ると、ソフィアはにっこりと微笑みました。

「平気よ、私が無理を言ったんだもの。おじさまから、おいしいお茶やお菓子までいただいて。こちらこそ急がせちゃったみたいで、ごめんなさい。それで、大事な話があるのだけど、聞いてくれる?」

「もちろん」

オズワルドは、即答します。そして、ソフィアがいる柱へ移動すると、左に伸びた枝へ座り、ソフィアの大事な話を聞くための準備を終えました。

「それで、話って何かな」

「今日の、祭典の事なの。本当は、もっと早く話すべきだったんだけど、実はね。私たちが披露する予定の、演目が変更になったの」

「えっ?」

突然の話に、思わずオズワルドの声は上ずりました。

 少しよろけた体を持ち直し、オズワルドは咳払いをして、耳を傾けます。

「せっかくの成人の日だし、私たちが小さいころから歌ってきたあの曲にしたいと思ったの。私が太鼓で、オズワルドは笛。そして、フリアには歌と踊りをしてもらいたいの。フリアには、この間話をして了承してもらったんだけど、オズワルドはこの頃忙しかったじゃない? それに、成人の日の後に住む場所も仕事もまだ見つかってないって言ってたし、だから、言いづらくなっちゃって」

 フリアとは、オズワルドのもう一人の幼馴染の名前です。つまり、私の事なんですけれど。私はオズワルドにとって頼りになる存在で、私としては不本意なのだけれど、町の女性たちからは美男子と評判らしいです。もちろん私は女性なのですが、普段の口調や服装、それにシュジュエの女性にしては長身なので、よく男性だと間違えられるのです。

「まあ、それならだいじょうぶかな」

「よかった。断られたらどうしようかと思っちゃった。でも、オズワルドならきっと大丈夫って言ってくれるってわかってた」

ソフィアの表情は、とても晴れやかです。ソフィアはわきに置いていたバッグを持ち出し、立ち上がりました。

「それじゃあ、準備してくるね」

ソフィアは手をひらひらさせて、部屋を出ていきました。

「もう、そんな時間なんだ」

ソフィアの話を了承したものの、今になって間違えだったのではと、オズワルドは後悔しています。けれど、悔やんでいる時間もありません。

 残されたオズワルドは、急いで儀式の支度をはじめます。

 先ほど言われた笛を取り出し、ベッドの上に置きます。そこで初めて、とてもきれいで華やかな衣装に気づきました。オズワルドの一番好きな赤色の生地で作られた服です。袖の部分には金の糸で、巨木の花を崩したような刺繍があります。これは、シュジュエの紋章です。巨木の花はめったに見ることのできない伝説の花で、特別な力を宿したシュジュエにも体のどこかに浮かび上がります。この刺繍が施された服を着ることは、一人前のシュジュエになった証です。

 オズワルドは驚きながらも、とても幸せそうです。それもそのはずです。この服は、コンスタンティンに一人前の男だと認められた証であり、尊敬するコンスタンティンが一からデザインをして作った服なのですから。

 袖を通すと、柔らかな生地が肌になじみ、軽く動きやすく感じます。

 鏡で見ると、幼く見られがちなオズワルドでも、格段に大人びて見えました。

「オズワルド、迎えに来たぞ」

凛とした声が、ドアの向こうから聞こえます。

 ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、私ことフリアでした。黒い布で姿を覆っていますが、布の隙間からきらびやかな衣装が見えます。

 正装に身を包んだフリアを見て、後日オズワルドは凛々しくどこか色気の混じる風貌だったと言いました。もちろん、私は嬉しさを微塵も感じませんでした。なぜなら、オズワルドが言った凛々しく色気が混じるとは、男性としてだったからです。いえ、オズワルドだけではありませんでした。町の女性たちからも言われた言葉だったのです。

「フリア、カッコいい」

「そうか。オズワルドも、似合ってるぞ」

フリアは、ひきつった笑いでオズワルドに言います。

 オズワルドは、フリアと自分の姿を見比べて、落胆しています。先ほど鏡で見たときは、立派な青年に見えましたが、こうしてフリアと並んでみると、やけにオズワルドが子供っぽく見えるのです。

「それより、ソフィアはどうした? 先にこちらに来ていると思っていたんだが」

「ソフィアなら、お店の試着室で着替えてると思うよ」

「ああ、なるほど」

フリアは頷きます。そして思い出したように、オズワルドに質問をします。

「オズワルド、そろそろ決まったか?」

「何のこと?」

オズワルドは、ぽかんと口を開けた顔で、フリアに聞き返しました。

「何のって、この後の住む場所とこれからの仕事の事さ」

「いや、あの。それは、まだなんだ」

「まだって、それじゃあ、祭典が終わったあと、どこに住むつもりなんだ。親元に戻るのは、許されないことなんだぞ」

 シュジュエの世界では、十三の成人の日を終えれば、親元を離れて自立した生活を送らなければなりません。通常十二の年になると、まず巨木に与えられた力が開花し始めます。シュジュエの皆が、というわけではありませんが、だいたいは開花し始めた力によって自分に適した職がわかり、進む道を見出して職に就きます。その後長に報告をして、認められると家を与えられるのですが、オズワルドは職も決まっていないので当然住む家も与えられていないのです。そしてこれは、珍しいことでしたが、オズワルドは十三の年になっても、力の開花がありませんでした。

 オズワルド自身も、それをよくわかっているようで、返す言葉もないようです。

 フリアはため息交じりに、提案します。

「親父さんの店を、手伝うのではなく、継ぐというのはどうだ。丁度、お客からの評判もいいようだし、案外あっているのかもしれないぞ」

「そうなんだけど、実はさ。一度断られているんだ。僕には、服を作る技量も才能もないって。それに、他にやるべきことがあるから、しっかり考えろって言われちゃったよ。それはそうだよね。父さんはその仕事が好きで、誇りをもってやっているっていうのに、僕は仕事じゃなくて、父さんの作る服たちが好きだったんだよ。自分でもわかっていたことだから、未練はないけど、僕が本当にやるべき仕事が何なのかわからなくて。何より、仕事を決める前にどうしてもやっておきたいことがあるんだ。たぶん、無理だと思うけど、それをやらないと先に進めないような気がして、諦められないんだ。どうして僕が、こんなにこだわるのかわからないけど、どうしてももう少し考えたくて……」

「でも、住むところはどうするんだ? 成人の日は待ってくれないんだぞ」

「わかってる。だけど、これだけはどうしても、譲れない。だから、野宿も覚悟しているんだ」

オズワルドは、苦しそうに胸の内を、明かしました。

 けれども、なぜという部分は、親友であるフリアにも明かしません。それほどに、オズワルドは思い悩んでいるようです。

「そこまで考えているなら、仕方ないか。もし、住む場所に困ったときは、俺のとこかソフィアのとこに来いよ。俺たちなら、いつでも大歓迎だから」

フリアは納得しました。これ以上、オズワルドに詮索するようなことはしません。オズワルドも分かってくれるともがいて安心したのでしょう。表情がいつものような柔らかい表情に戻っています。

 二人でそんな話をしているとき、ドアが開きました。

「おまたせ」

ソフィアは、薄い水色のドレスを着て入ってきました。ドレスは、ソフィアの人格を表すようにふんわりとしたプリンセスラインのドレスで、足元は動きやすいように、丈が前だけ短くなっています。普段はストレートの神だったソフィアも、今日は髪を巻きアップにさせています。

「どうかな。似合う?」

おしゃれをしたソフィアは、髪を崩さない程度に触りながら、二人に伺いを立てます。

「ソフィアっぽくていいね」

オズワルドは答えました。

 店では看板息子といわれるほど評判の良いオズワルドも、店以外ではその言葉も相手には響きません。

「それって、褒めてるの? ちょっと、引っかかる言い方ね」

「いや、そんなつもりじゃないよ」

いじわるっぽく言うソフィアに、オズワルドはたじたじです。

「今日は、一段と美しいよ。ソフィアにとてもよく似合っている。そう、オズワルドも言いたかったはずだ」

横から、フォローするようにフリアが入ってきました。

 オズワルドもフリアの隣で、首を縦に大きく動かしています。

「ありがとう」

ソフィアはスカートを両手でつまみ、上品にお辞儀をして見せました。

「さ、さあ。出発しようか」

オズワルドはこれ以上ぼろを出してはいけないと、急かすようにそう言って、持っていた笛を服の中にそっと忍ばせました。




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