ユグドラシルの子
@mikadukineko
第1話 プロローグ
私の名前はフリアと申します。職業は「語り部」というもので、シュジュエの里で歴史や空想の物語を次世代に繋げる役目を担っています。私で丁度、十代目になります。これは、そんな私が最初に語る物語です。
あなたは、ユグドラシルという名を聞いたことがありますか。太古の昔、世界を支えていた巨木で、世界を体現したともいわれるあの巨木の名前です。枝を折られてしまったのをきっかけに力が弱体し、枯れてしまったというあの世界樹の事です。ユグドラシルは枯れてしまいましたが、この巨木にはもう一本、兄弟木がありました。兄弟木には決まった名前がありませんでしたが、ユグドラシルと同じように世界を作り、多くの生き物、植物たちを生み出しました。
ある時、生物の中でも邪悪な性質を持つ種族や、欲深き種族たちが、種族の繁栄を願い、世界樹の力を利用しようとしました。またある種族は、世界樹の力は借りず、自分たちの力で種族を反映させるべきだと、世界樹を利用しようとする種族を止めようとしました。異なる考えは反発を生み、争いの火種となりました。
争いは長く続き、ついには世界を巻き込む戦いとなり、世界全体が大きく乱れることとなりました。
どの種族も知らないことですが、巨木を傷つければ力は失われ、枯れてしまいます。巨木が枯れてしまえば、今ある世界は失われてしまいます。
巨木は自らと世界の安定を守るため、自身の分身「シュジュエ」という種族を生み出しました。
最初に生まれたのは、二人の男女でした。一人は、巨木の心を分け与えられ、もう一人は巨木の力を与えられました。二人はシュジュエの王となり、次々に生まれたシュジュエたちと共に戦いに参加し、ほかの種族が巨木に近づけないように巨木への道を閉ざし、一帯に結界を張って、シュジュエの里として完全に外から隔離したといわれています。それにより、ほかの種族が巨木を見ることは、叶わなくなりました。
けれど今、シュジュエに王はいません。王国だったシュジュエの国は亡くなり、長と呼ばれる人物を筆頭に巨木は守られ、世界は平和を保っています。
さて、シュジュエという種族はどのような者たちだと思いますか。
ほかの種族から見れば、私たち種族は傲慢に映るでしょう。我々シュジュエこそが、巨木の力を利用して反映しているという者もいるかもしれません。
我々は、昔語りに登場する人間、という生き物によく似ています。違うところといえば、大きさとリスのようなしっぽ、そして耳が二種類あるということでしょうか。この二つの耳には、巨木を守るうえでとても大切な役割があります。一つは、人のような形の耳が顔の左右に一つずつ、もう一つは、獣のような三角形の耳が頭上の左右に一つずつあります。この獣のような耳があることで、植物の声を聴き、人のような耳で動物の声を聴くことができるのです。
体長は、成人した男女を平均して約四十センチ程の小柄な種族で、まだ世界とつながっていたころは、よく要請やドワーフという種族と間違えられたこともありました。けれど彼らとシュジュエは異なる生き物です。大きく違うのは、妖精やドワーフが自然界により生まれた生命に対して、シュジュエが巨木の分身として、巨木自身に生まれだされた生命ということではないでしょうか。
シュジュエは皆、種から生まれて大人になり、時が来ると種に戻ります。それからしばらく眠りにつき、時が来るとまた種から赤子として生まれるのです。メビウスのようにそれが繰り返されますが、種に戻った時点で我々は、前の記憶が立たれます。二人の王がこの町を国として統治していたころは、記憶も引き継いでいたようですが、今は種以前の記憶が消えてしまうようです。しかし、巨木が枯れない限り、シュジュエがいなくなることはありません。言ってしまえば、種となっているもの、生活しているものの合計人数は、何年たっても何百年たっても永遠に変わることはないのです。一つ知っておいていただきたいのは、我々が種から赤子になるとき、己の力だけでは赤子になることはできず、必ず自分以外の深い無償の愛が必要だということです。そのためか、シュジュエはとても愛情深い種族です。中にはずっと独り身という者もいますが、大概はパートナーを持ち、種を守護するものから種を託されて、その種が成人になるまで見守っていきます。
我々の最大の使命は、巨木を守るということです。大人たちには巨木を守るためにそれぞれ違った役割を持っています。例えば、巨木が育つために大切な環境づくりを担う者や、害虫から守るもの、巨木の健康管理などです。これらの役割に、獣の耳が大いに役立ちます。巨木やほかの植物の声を聴くことで、いち早く異常を知ることができるのです。
また、巨木を守る傍ら、もう一つ別の仕事をして生活しています。彼らはとても働き者なのです。とはいえ、ほかの生き物と同様、シュジュエにも寝る時間、食事の時間があります。
食事は一日に二回取ります。朝起きたときに一回と、夜に一回です。主に木の実や野草を使って料理を作ります。主食は木の実で作ったパン、副菜はサラダそして食後はお菓子とそれぞれかまどやお皿で調理するのです。
シュジュエの暮らしはというと、シュジュエは巨木の中で暮らしています。つまり、巨木の中全体がシュジュエの村なのです。もちろん、シュジュエは巨木を傷つけるなんてことはしません。巨木がシュジュエを生み出したとき、巨木の内側は一つの王国のように形が変わりました。
巨木の中というと、太陽の光が届かず暗いのではないかと思うかもしれませんが、それはありません。昼間は日の光が差し込み、夜になり日が沈んでもランプがあるので明るいのです。ここは木の香りに包まれた、ほのかに甘酸っぱいリンゴのような香りが漂うのどかな雰囲気のある町です。まるで、巨木の中にもう一つの世界があるようです。上に伸びた円柱型の町で、ねじ曲がって不規則に伸びた幹がちょうどよい道の役割をしています。気の中に会っても、圧迫感はなく開放感あふれるところです。その道に沿って、リンゴの果実のようなものがあるのですが、それが我々シュジュエの家です。赤や黄色、それに緑色をしていて、色までリンゴそっくりです。まるで巨木に意思があるように、シュジュエの必要な数だけ家があるのです。実際、巨木に意思はあるのです。必要のなくなった家は巨木に吸収されるようになくなり、新たに必要になると幹が家の形になっていくのですから。
今日は、いつもより町がにぎやかです。町のあちらこちらに、華やかな飾りつけの作業が行われています。また、通りを歩く人や店に入る人もいつもより多く感じます。特にこの町一番の人気店である「コンスタンティンの店」には、いつも以上に長い行列ができていました。
この「コンスタンティンの店」の工房では、強面の男が難しそうな表情で、机の上にある図面やらぬのやらを見ています。とても集中しているようで、うなり声しか聞こえません。
店の中では、さまざまな種類の品物がずらりと並べられています。店の店主は几帳面なのか種類ごとにきちっと大きさを揃えておかれています。そしてすぐそばには、商品が何かわかりやすいようにラベルが張られているのです。ここは、衣類がそろったブティックです。右側には試着室と書かれたドアが二つ、左奥にはカウンターと奥には扉があります。
カウンターに目を向けると、人懐こそうな少年が立っています。いいえ、彼は店主ではありません。彼の名前はオズワルドといい、店主コンスタンティンの一人息子です。時々店を手伝い、こうして店番をしているのです。差し詰め、この店の看板息子といったところでしょうか。年齢に比べて幼い顔立ちで、カッコいいというより可愛いという言葉がよく似合う美少年です。ほかのシュジュエと比べても背は低く、サラサラの銀髪に前髪の一部を赤い髪留めでまとめています。
シュジュエはとてもおしゃれな種族です。必ず動きやすい服を着なければならないという約束事はありますが、面白いことに、誰一人として同じデザインの服を着ている人はいません。特に「コンスタンティンの店」に来るお客はその中でもおしゃれに対しては並々ならぬこだわりを持つ者ばかりです。そんな中、オズワルドはというと、アンティーク調というのでしょうか。上下刺繍の施されたパンツタイプの動きやすそうな服を着用しています。
「あら、今日が晴れの日の主役だというのに、正装じゃないのね。おばさんたのしみにしていたのに」
カウンターに来た一人のマダムが、オズワルドに声を掛けました。
「いらっしゃいませ、マダム。時間までは、お店の手伝いをする予定なので、この方が都合がよいんです」
「そう、早く晴れ姿を見たかったのに、残念ね。まあいいわ。もうすぐすれば、見れるものね。それで、その時に着る服なんだけど、私に似合いそうなおすすめの服を、何着か見せてくれないかしら」
捲し立てるように話すマダムは、オズワルドを誘惑するかのようにねっとりと絡みつくような上目遣いで聞きます。
「えっと、そうですね」
オズワルドは、少し考えて並べられている中から服を何枚か拾い出します。これはすべて、特別な日に着るための礼服です。華やかなドレスからシックなものまでずらりと並べてマダムに見せます。
「こちらと、こちらなんかおすすめですよ。お顔がはっきり見えますし、マダムの雰囲気にぴったりだと思います」
このマダムは常連客でしたので、いつもねっとり絡みつくような目線でオズワルドを見ることも知っていますし、好みもよく知っていました。
「そうねえ、それもいいんだけど……。新作も見せてくれないかしら?」
「あ、はい」
オズワルドは速足で後ろの棚へ行き、積み上げられた箱に手を伸ばします。
「悪いわね。おばさん、あなたのファンだから、きれいな姿でしっかりお祝いをしてあげたいの」
「ありがとうございます。お気持ちも十分うれしいですが、何よりお客様自身が気に入った服をお召しになって笑顔になられてくださることが、私どもにとって何よりうれしいことですから」
オズワルドが言うと、マダムは恥じらうように頬を染めて、嬉しそうに笑いました。
オズワルドがこの店でマダムに出会い最初に身に着けたのが、お客への上手なあしらい方でした。
さて、先ほどから話に出ている成人の人は、毎年この時期に行われる行事の一つで、十三の年になる男女を大人になったとお祝いするお祭りの事です。シュジュエにとって十三歳は特別な意味があります。十三歳は、巨木から与えられた強大な力が解放される年です。巨大な力を操るのは、容易なことではありません。一歩間違えれば、大事件を引き起こす可能性があるからです。そこで、力の重みと責任を持ったことを本人に認識させるため、十三歳が大人の仲間入りをする年齢に定められ、成人の日が生まれたのです。
そして、採点が始まるのは、日が傾き始めるころです。町の人たちから成人者へお祝いと御馳走がふるまわれます。その年によって内容は異なるのですが、いくつか催し物があり、夜になると主役たちが踊りや歌で村人たちに感謝の気持ちを伝えるのが主なことです。シュジュエの町の中で年間を通して一番華やかな行事ではないでしょうか。
「うわぁっ!!!!」
一瞬目を離した時でした。
ガタガタガタッと、商品ケースが雪崩のように転がり落ちてしまいました。お客の中からは、心配した声が聞こえてきます。埋もれたオズワルドはかき分けながら這い出して、羞恥心をごまかすように笑顔を見せました。
「あらやだ、大丈夫?」
突然の出来事に、マダムの目が丸くなっています。続いて、周りにいる他のお客も口々にオズワルドを心配して「大丈夫?」と声をかけます。
「だ、大丈夫です。ほら、品物も見つけましたよ」
右手には、しっかりきらびやかなドレスが握られていました。
「あら、素敵。試着させていただいてもよろしいかしら」
マダムの目はハートに輝き、嬉しそうに声を上げます。
「ええ、どうぞ」
オズワルドがほほ笑むと、ほかのお客も自分に言われたようにうれしそうな表情を浮かべています。そんな周囲の様子に気づかないほど、オズワルドは仕事をテキパキとこなしていきます。
しばらくすると、ドレスを試着したマダムがオズワルドの前に戻ってきました。
少女のようにクルリと回って、スカートをふわりとさせるマダムは、少し照れながらオズワルドに問いかけます。
「どうかしら?」
「……」
マダムに問いかけられて、オズワルドはしばらくマダムの姿を観察しました。
「とてもお似合いですよ」
じっくり観察したオズワルドは、微笑みながら答えます。
「そう? それじゃあ、これに決めちゃおうかしら」
マダムは選んだ服を手にもって、ほかの商品も見るために、オズワルドから離れました。
その後、ほかのお客たちも試着をしては、その試着した姿をオズワルドに見てもらおうと次々に、オズワルドの前に現れます。それは、オズワルドの気を引こうというためのものだけではなく、オズワルドの見立てに信頼してのことでした。オズワルドは見立てるとき、決してうわべだけの言葉は言いません。それは、この店に並べられている商品がすべて、コンスタンティンが仕立てているものだからです。オズワルドは父親の事を町の誰よりも尊敬しています。コンスタンティンの仕事に取り組む姿勢は、オズワルドのあこがれです。彼が魂を込めて作る服を、彼を尊敬するオズワルドが無下にできるはずがありません。
そんなオズワルドは、嫌な顔一つしないで、丁寧に接客していきます。お客は、そんなオズワルドの姿勢に満足して、商品を買っていきます。その最中、マダムたちがオズワルドの話題で盛り上がりましたが、気に留めることはありません。それもまた、オズワルドの人気の一つのようでした。
「すいません。注文した品は、もうできています?」
また別のお客が、オズワルドの前に来ました。
「あ、はい。どうぞ」
伝票を確認しながら、オズワルドはカウンターの下の棚から包みを取り出しました。
マダムは包みを手に取り、中身を確認します。中身は鮮やかな青いグローブです。嬉しそうに包みを戻し、代わりにポケットから木の実を渡しました。
シュジュエの売買法は、物々交換です。と言っても、どの商品に何が必要かは決まっておらず、すべて個人の気持ちでした。何らかの問題が起こりそうな方法ですが、今まで問題が起きたことなどありません。売る方も買う方も、満足しているのです。
「いつも助かるわ」
「またいつでもどうぞ。ありがとうございました」
元気にお礼を言うと、お客は満足そうにお店から出ていきました。
オズワルドはお客が商品を選んでいる間に、崩してしまった箱を片付けます。
一息ついたのもつかの間。店は忙しく、次から次へとお客が服を持ってはやってきます。オズワルドもせっせと働きますが、お客は途絶えません。
「これください」
「いらっしゃい」
オズワルドの表情が、先ほどとは比べられないほど明るくなりました。
このお客の名前は、ソフィアといいます。ソフィアは、オズワルドの二人いる親友のうちの一人で、透き通るほど眩しい目を持つ美しい娘でした。美しいといっても外見の事ではありません。目は口ほどに語るといいますが、内面が目に現れているのです。ちなみに、容姿はこれといった特徴はなく、シュジュエにはなじみのある顔です。
「相変わらず忙しそうね」
「今日が特別なんだよ。ほら、今日は祭典があるから」
「なるほど」
感心するソフィアを見て、オズワルドは楽しそうに品物を包みます。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ソフィアはお礼を言いましたが、表情はなぜか少し曇っていました。商品を持った手をじっと見つめて、なかなか帰ろうとしません。いつもと違うソフィアの態度を疑問に思い、オズワルドは声を掛けます。
「どうしたの?」
声をかけられたソフィアは、店内を見まわした後、決心してオズワルドに問いかけます。
「あのね、本当はちょっと話が合ったのだけれど、難しいわよね」
控えめに言うソフィアに、オズワルドはいつもと変わらない笑顔を見せました。
「ああ、大丈夫だよ。店は昼で閉まるから、良かったら上で待ってて」
「それじゃ」
ソフィアが笑顔で手を振り、カウンター裏の扉へ入っていきました。
ソフィアと入れ替わりに、お客はオズワルドの前にやってきます。彼女を見送った後も、お客の列はなかなか途絶えることはありません。次から次へと、品物を持ったお客がオズワルドの前へ現われては帰っていきます
そのくらい時が経ったのでしょうか。予定していたお昼を少し過ぎたころ、ようやく店の中が静かになりました。
「オズワルド」
太く低い声が、店の中に響きます。奥の扉から姿を見せたのは、大きくたくましい姿のコンスタンティンでした。
強面の容姿にさらに眉間にしわを寄せた表情で、オズワルドを見ています。普通なら飛び跳ねて逃げてしまいそうですが、オズワルドにとって彼は父親です。それに、コンスタンティンが愛情深く心温かい人物だということはよく知っていましたので、オズワルドは首をかしげて疑問を父親にぶつけます。
「どうしたの? 父さん」
「ここはもういい、あがれ」
コンスタンティンは、ぶっきらぼうに告げました。
けれど、オズワルドは店を見渡して、申し訳なさそうに首を横に振りました。いつもならきちんと整頓された店内で、床はピカピカに輝いているはずですが、今はどうでしょう。あまりの忙しさに片づける暇がなく、床はごみやほこりがそこら中に散らばり、カウンター周辺は商品がごった返しています。
オズワルドは、放棄と塵取りをもってぽつりと言いました。
「……片付けが、残ってるから」
「友達を、あまり待たせるな」
コンスタンティンは、オズワルドから箒と塵取りを奪い取ります。オズワルドは父が起こっているのではないかと様子を伺いましたが、それは杞憂に終わりました。
行動は荒々しくても、コンスタンティンの表情はいつもより穏やかに見えます。
「はい」
オズワルドはコンスタンティンにお礼を言うと、急いで奥のドアへ走りました。
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