第101話 救世の器は異形の少女も包み込む

 邪神の審判に焼かれんとした人類へ最後の希望の瞬間が訪れる。

 立ち向かうは救世の当主界吏と、彼と手を取り合うあらゆる壁を超えた者達。


 未だ数万の尖兵が舞う宙域へ、拮抗する様に押し寄せた生命の本質――竜脈エネルギーが九つの体躯をしならせ救世の志士達を包み込んで行く。


「ケケッ! まさか地球様直々にエネルギーを贈呈してくれるたぁな! これでこの尖兵共に食らい尽くされるまでの時間は稼げらぁ! 」


「ちょっ……縁起でない事言わんで下さい、バーミキュラチーフ!? 」


「どうせ正念場だろ、それぐらいの覚悟は決めろや! って事で局長さんよ……ヒュペルボレオスの機関出力は、失ったノーデンスの霊格分を地球の生命の力が補ってる! 行くなら今だぜっ、ケケケッ! 」


 生命の根源たる力は盾の要塞艦ヒュペルボレオスにさえも溢れるエネルギーの奔流を呼び、今とばかりに残念チーフバーミキュラが吠えた。


『いいだろう! これよりヒュペルボレオスは、ヨグ=ソトースの攻撃射程圏内へと突撃する! 併せて八咫天鏡やたてんきょうを完全展開……邪神の雑兵を我等で引き付ける! 』


『うおぉっっ!? なんかたぎって来たーーっ! あたしもちょい本気だしちゃうよぅ! 』


『今まで出してなかったのっ!? こんな最後の戦いぐらいちゃんとしてよ! 』


『さんせー。流石にこれは寝てらんないわ。ノーデンスの爺さんの敵討ちね。』


『当たり前ですっ! 』


「おうおう……(汗)。ある意味ウチ等のノリを、ようやく取り戻した感じだな、おい。」


 だがそれに奮起したお騒がせ三人娘のテンションで、チーフも謎の安堵を覚える事となる。


 ノリは兎も角としても、盾の要塞艦ヒュペルボレオスが息を吹き返した様に対空砲火をばら撒き突き進む。

 さらには防空兵装ビヤーキー群も従え、前線で活躍する者たちを支援するべく巨影が気炎を纏った。


「シューディゲル殿、我らも参りましょう! 要塞艦の対空砲火を抜けて来る者を我等で! 」


『言わずもがなだ、シャルージェ嬢! やはりあの大いなる邪神らを仕留めるは、草薙 界吏くさなぎ かいりとシエラ嬢を於いて他にない! 雑兵はこちらで引き受けねばな! 』


 すでに同志たる人ならざる二人も共感と供に、愛機となった剣の化身ソード・ブリンガー不死なる夜魔王ロード・ドラキュリアスを奔らせ――


「これは弔い合戦、と言うらしいが――ハスター……今は私に力を! 共闘かな、共闘かな! 」


『偶然だね! ボクもその、人間の言葉である弔い合戦との言葉が浮かんだ所だ! 俗物と思っていた人類も、言葉には中々の美学と矜持を込めていた様だね! 』


 燃える化身ヘルファイア王の暴風マッドストームも後を追う様に続き、四機の疑似霊格兵装タケミカヅチが各々の武装にて尖兵を蹂躙し始めた。


 すでに機体エネルギーの自然回復量さえ上回る接戦。

 そこへ舞い飛ぶ命の本流がそれを満たし、いつエネルギー切れで窮地を迎えてもおかしくはなかった志士達を支援する。


 背にした地球と言う大地が、エールを送る様に……戦う者達の背を支える様に――


『キヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒッッ! 何とこの期に及んで、蒼き惑星さえも味方に付けるとは! 度し難い……ええ、度し難いですともっ! 大人しく審判が齎す狂気と絶望の業火で、その身を焼かれていればいいものをっっ!! 』


 歪なる門なる邪神ヨグ=ソトース天頂で、儀式と思しきものが最終段階に入った這い寄る混沌ナイアルラトホテップが猛り狂った様な笑いを撒き散らす。


 そして完成に近付きつつある儀の影響が、門なる神が歪める巨大な空間へとさらなる脅威を呼び寄せた。


「こ、これは!? 局長、ヨグ=ソトースから異常なエネルギー波長が! 恐らく、かの異なる宇宙次元から流れ込んでいるものと推測します! 」


「……ちょ、ちょうユイレン!? あれあれ……やばいって! 邪神の尖兵が、この宙域にいる数倍の規模で押し寄せてるしっ!? 」


「やばいのは、それだけじゃないかも……! 局長――先ほど消失したかに見えたクトゥルフの体組織が、再生を初めてるんですけど!? 」


「なん……だと!? すでにあちらの宇宙との次元が、正常に繋がり始めているのかっ!? 」


 押し寄せる希望と絶望の拮抗。

 そんな中救世の当主は、押し寄せる尖兵を神たる竜機オルディウスで振り払い睨め付けいた。



 ただ一点を。

 視線の先でその瞬間も狂気をばら撒く這い寄る混沌を。

 ――



§ § §



 邪神が齎した試練へと、対抗する力と支援は充分揃った。

 だけどそれを振るうべき矛先と、心へ備える想いを違えれば俺達は負ける。

 同時に、敗北の瞬間……人類の住まうあの星の未来が閉されるんだ。


 だから俺は視線を逸らさない。

 俺の眼前に広がる

 五感の視界で映るモノと、高次元を通して視認出来るモノとの違和感を見極める様に。


「奴の言葉通りだな……次元的にあちらと繋がればクトゥルフが再生し尖兵が押し寄せる。けど、言葉通りじゃない点も確かに存在する。 すでにアリスの言葉で確信した――」


「俺達人類へと審判を齎す存在は、その心が揺れている。――違うな、……宿! 」


 機体へ鳴り響く警告音と供に、宙域へ湧き出る尖兵の総数が弾き出される。

 次元が安定し始めた所からうじゃうじゃ沸くその数……倒したはずの尖兵さえも超える、数億の敵数を確認した。


 もはや俺達は想像を絶する物量を、地球から送られた熱い支えと気合だけで抑えている様な物だった。


 時間の猶予など無い。

 それでいて選択を誤れば未来も無い。


 思考へ刻まれた現実と向き会う様に、俺は共にある救世の武力達へと通信を飛ばした。


「皆、聞いてくれ! この最後の戦いは、選ぶべき選択を誤れば未来は潰えたも同じだ! だから俺は決断した……この身を侵す憎悪を振り払い、あの這い寄る混沌の因果と戦っている者を――」


「かつてアリスが大切な家族として接した、神格存在であるルルイエの魂を救い出す! どうか俺に力を貸してくれっ!! 」


『正気……の様だな、界吏かいりよ! ならば話が早い……それが一番お前らしい戦い方だ! 行って片付けて来るがよいっ! 』


『なるほど、そうか。これが草薙と言う男の真価。シューディゲルが何ゆえ、人類側へ付く決意を固めたかが今理解に至った。いいだろう、草薙の好きにするがいいっ! 』


「悪ぃな、オリエル……アルベルト! 」


 俺の通信に真っ先に帰す光と闇の武力。

 そして――


界吏かいり様……。あなたは――あなたと言うお方は……! 』


「無理すんなアリス。ルルイエが苦しみ悲しんでいるのと同じぐらい、あんたも辛いはずだ。だから後は、俺達人類へ任せてくれ! 」


『界……吏、様! 』


 はかなくも可憐で、端整なるそれを涙でぐしゃぐしゃに濡らすアリスが視界に映る。

 アイリスを生み出した存在は、あの少女の様に――それを上回る慈愛に満ちた女神だった。


 だからこその決断。

 超えねばならないその巨大すぎる壁を、供に越えるためのそばに在る力へ最後の協力を要請する。


「シエラさん! 俺がこのアガートラムを展開するから、こいつでローゼリアも一緒にナイアルラトホテップの所へ! そして――」


「俺が奴の因果の中心となっている本体を叩き斬るから、アリスと供にルルイエの魂を救い出してくれっ! その機体なら出来るはずだ! 」


『いいわ、その策に乗ります! ならばヨグ=ソトースの破壊は――』


『そのお役目、私達星霊姫ドールズとドレッド・ノートにお任せ下さい! ヴァルキュリアも引き連れれば、ヨグ=ソトースの部分的破壊くらいは可能と推測します! 』


『ならばこのシャルージェもお力添え致します! さらにみなのT・Kカスタム群にて、ドレッド・ノートの穿つ対極部位を叩きましょう! 』


『そう言う事であれば、私とアルベルトでそれぞれ対角線地点を攻めるが得策だな! 』


 機体内へ飛び交う家族達の援護の声。

 多くを語らずとも、ここに集った皆はそれぞれのやるべき事を理解し……そして動いてくれる。


 そう――

 全ての準備も覚悟も整った。

 視線で皆に感謝を送り、そのまま共にある古の君へと最後の協力要請に移る。


「エリーゼ、よく竜星機オルディウスとここまで戦ってくれたな。けどあと少し……俺に力を貸してくれるか? 」


『それを今さら聞くのか?マスター草薙。我はほんの少しだったが、あなたと言う存在に触れ合えて良かった。人類と言う、遥か未来の子孫との共闘は存外に心地が良かったのだ。』


 俺の言葉へはにかむ少女もすでに家族同然。

 エリーゼと言う名で、さらに共にある愛車とさえ通じる彼女の声をしかと聞きとめ口にする。


 最後の戦いを勝利で終わらせる大号令を――


「んじゃま、いっちょ行くか! これより我等救世の志士は、互いの絆持ちて邪神を屠る! 見せてやるぜ……俺達の絆をっっ!! 」


 ノーデンスの想いはアガートラムへ。

 皆の絆はこのスサノオの力携えし竜星機オルディウスへ。



 人類の未来を勝ち取るため、訪れたる恐るべき試練を乗り越えるため――

 全ての力を結集させた俺達は、ナイアルラトホテップとヨグ=ソトースへ向け……幾条の閃光となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る