第100話 命……響かせあって

 救世の当主界吏はその目にした。

 今神秘の衛星宙域へと伸びるは命の奔流。

 それが九頭の蛇竜を形取り、危機に立たされた志士達へと届く。


 それは蒼き大地地球に巡る命の螺旋。

 幾億と繰り返された、連綿たる生命の高次元へ伝わる星の記憶。


 生きとし生けるもの全てを守り育てて来た……母なる大地の守りの御手である。


『草薙、確認したならば話は早い! これを……我らが主神ノーデンスの残した叡智の腕輪アガートラムをお前に託す! 』


『これを使いあの命の奔流を、現宙域で戦う全ての者へと行き渡らせるんだよ! 』


「アガートラム……ノーデンスが!? そうか……そりゃそいつを無下にはできねぇな! 」


 モニターへ映る邪神娘らは、視線に当主も理解する。

 彼女らとて他を憎悪していては、今を超える事が出来ないと悟っている。

 ……その命が人類の手にかかったのだから。


 だからこそ救世の当主は二人と……散っていた大海の巨躯ノーデンスの意思を無駄になど出来ない。

 すでにかの邪神らは、同じ未来を目指して手を取り合った気高き同胞なのだから。


 神たる竜機オルディウスが振り返り巨大な門なる神ヨグ=ソトースを睨め付ける。

 拡大映像では、狂気を撒き散らす混沌本体が大仰に両の手を広げて何かしらの儀へと没頭する。

 だが今はと、狂気に晒された仲間を元に戻すため機体をひるがえしていた。


 舞い飛ぶ神たる竜機オルディウス叡智の腕輪アガートラムへ辿り着くや、意思を持った様に腕輪が広がり竜機を取り囲む。


「こいつぁ……!? 」


『アガートラムは本来、その空隙を通る力へ指向性を持たせる機能を持つ! ノーデンスが放ったは覚えているだろう!?草薙! 』


「なるほど、あのロケットパンチを制御してたのはアガートラムって訳か! そして今この形状を取ると言う事は……!? 」


『察しがいい、草薙!聡明かな、聡明かな! 草薙の思考した通り、それを使いあの地球からの力この宙域へと呼び寄せ集束させる! そうすれば、命の守りが戦う全ての仲間へと届く算段だ! 』


 邪神娘らの概要説明を驚くほどの速さで理解し、策を組み上げる救世の当主。

 一刻の猶予も無いからこその、知識情報に於ける連携である。


 そして——


「よし……皆少しだけ耐えてくれ! 俺が今すぐ竜脈エネルギーをここへ届けるからっ! 」


 光輪の如く巨大化した叡智の腕輪アガートラムを纏う神たる竜機オルディウスが、神秘の衛星宙域から離れた——今まさに蒼き大地から伸びんとする膨大なエネルギー流の先端へと陣取った。

 だが救世の当主も、そのエネルギー流をただ集めて放つだけでは足りないとの思考に至る。


「竜脈エネルギーはあくまでもキッカケに過ぎない! それは本来ならば明確な意思を持たぬ霊的エネルギーの集合体でしかないからだ! けどそこへ、俺が宇宙と重なる力を乗せれば——」


『マスター草薙、それが人類の高みであるのだな? アイリスから得た情報から推察するに……それこそがこの窮地へ奇跡をもたらす決定打。』


「ああ、そう言うこった! 当然君の力添えも必要になる! んじゃ、行くぜエリーゼっ!」


 竜の少女エリーゼもすでに理解の範疇となった策を、救世の当主が満を持して展開する。

 彼が今まで続けた因果からの逃避行……それへの真の終わりを告げる宣言が——


 神秘の衛星宙域へと響き渡った。


 ≪宇宙そらは……我なりっっ!! ≫


 それは霊言フォノンワード

 宇宙と言う無限の因果の中で、霊的高次元存在へと昇華した人類〈宇宙と重なりし者フォースレイアー〉のみが放つ事の叶う魂の言葉。

 重なりし者が自らの意思でそれを放つ時、……


 薄発光の光がさらに強力にほとばしり、救世の当主の身体へ大いなる変革が訪れた。

 彼の額へ、ともすれば第三の目とも言える紋様が浮かび上がる。

 元来エネルギーを発するチャクラに由来するそこへ、遺伝的な組成が紋様を模した様に浮かび上がったのだ。


 同時に当主の視界が五感を超越した次元……宇宙を構成する〈膜宇宙次元層ブレーンスペース〉を無限に映し出し——


「(感じるぜ、皆。今も必死に戦ってるのが手に取る様に分かる。けどもう大丈夫……大丈夫だ。なにせ俺達には——)」


「俺達には、……!!」


 救世の当主の咆哮に合わせ、エネルギーの奔流が九頭の邪竜〈九頭竜くずりゅう〉となり叡智の腕輪アガートラムへと引き寄せられた。



 数多の命の力を集束したまばゆき爆光を伴うそれが……救世の当主の熱き意思を伝達するかの様に——

 宙域で戦い続ける志士の心へと叩き付けられたのだ。



§ § §



 神秘の衛星宙域にて。

 混沌から放たれた壮絶なる狂気の浸蝕が、今そこにいる全ての戦う救世の志士達を飲み込まんとしていた。


 しかし直後――

 その狂気を押し返す神々しき命の本流が、志士達の背後から延びるや狂気の奔流と拮抗した。


 それは脈動する命の螺旋。

 それは生命が帰結する大地のエネルギー。


 それは……九頭の竜として顕現した、蒼き地球が送り届けた無限のエールである。


「この、力は!? まさか地球からだとでも!? だがこれ程の力が一体――」


『……そう、か。エルハンドは範疇の外と。幸いにも我ら魔族はあの使、かの魔の大獄に繋がれているためよく知り得ている。』


『これこそが、地球の生命が持つ因果の奔流だ! 』


 主に仕え、主の思し召しこそが世界の摂理であった聖霊騎士オリエルは驚愕するも……宵闇の魔王アルベルトは対極にある力を親しき魔より知り得ている洩らす。

 その言葉が語られるか否かに、天使兵装メタトロン痛み負う黒竜ペイントゥースが神々しき奔流に包まれていく。


「何……なの!? これは――」


「いや、うん! なんかこれ、あったかい! そんでスゲー力が沸いてくる! 」


「これって……地球で住まう生命が経験した――」


 同じく奔流に包まれたお騒がせ娘達は、意識領域へ浸透していく数多の生命の記憶に浸って行く。


 雄となる命と雌となる命が新たな生命を育み――

 弱肉強食の掟に立ち向かう母なる獣が、愛しき子のため襲い来る敵に立ち向かい――

 異なる種である生命が身を寄せ合い、過酷な自然に挑み――

 そして人類種たる子供の笑顔が、共にある家族を幸福で満たして行き――

 成長したうら若き淑女が、見初めた凛々しき男性と恋に落ち……ヴァージンロードを踏み出し――


 それは生命が死を迎えるまでの記憶。

 生の輝きに満ち溢れた、健やかにして美しき慈愛の記憶。


 神秘の衛星宙域で戦う者全ての心へそれが伝わった。


「そう……だな。我らはそれを守りぬかねばならん。それは我らにしか――否、我らがせずしてなんとする! ヒュペルボレオス機関員と、供にある武を翳す者へ通達する! 」


「眼前の狂気に屈する事など無い!我等へ今、何よりも強い巨大なる蒼き味方のエールが届いた! ならば奮起する時だ! 」


 正気を飛ばす寸前であった盾の局長慎志へ、たぎる意志が蘇る。

 彼とて腐っても三神守護宗家は八咫やた家当主を戴く者。

 いつまでも狂気に恐れおののいている場合ではない。


 そんな咆哮へ続けとばかりに言葉を発したのは……言うに及ばず、この志士達の最後の希望たる救世の当主界吏だ。


『そうだ――俺達には、あの蒼き地球……幾億の生命の導きがついてくれてるんだ! だから俺達は心へ憎悪を募らせちゃいけない――』


『俺達は皆で前を向き突き進む! 守るべき命の未来を胸に……共にある同志との絆を心に! 邪神が下す審判の時を越えて行くっ! 』


 その響きは叡智の腕輪アガートラムより集束された生命の奔流九頭竜によって、宙域全ての者へと届けられた。

 すでに狂気を凌駕する命の切実なる叫びは、志士達へ昂ぶる闘志を呼び……そこへ放たれた救世の当主の言葉が炎を灯す。


 眼前で舞う数万の邪神の尖兵が叩き付ける狂気の奔流さえ上回る、蒼き大地の願い乗せた猛き闘志の炎が――


 今……太陽系の中心で燦然さんぜんと輝く、恒星の如く爆熱した赤煉の因果となりて燃え上がった。


「(行くぜ、ジィさん。あんたの想いもこのアガートラムに乗せて行く。力を貸してくれ!)」


「さあ、ヒュペルボレオスと供に戦う全ての家族達! これが最後の最後……俺達で胸を張って堂々と――あの邪神が下した審判を超えて行こうぜっっ!! 」



 太陽系の星々さえ味方に付けた救世の志士達が今……狂気を超えて立ち上がる。

 邪神の審判たる試練は、最終局面を迎えた――

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