―最終章―

竜の因果に導かれし者達

第96話 それは武神にして邪神、異形を貫く三叉戟

 蒼き大地に住まいし人類は、星が辿った数億万年の輝きをたった数千年で喰らい尽くした。


 やがてそれが宇宙の彼方より訪れる神格存在たる観測者の逆鱗に触れ、滅亡か否かの試練を突き付けられる。


 しかし人類の中には誠実に、謙虚に、慎ましやかに安寧を過ごす者がいるのも事実であり……その安寧を守るため力を手にした一握りの人類が立ち上がる。


 それは後世に語り継がれる伝説の戦い。

 それは人類が人類を見直すための節目となった……戦い。


 神々の最終大戦ラグナロクにも匹敵する聖戦に赴いたのは——

 蒼き星に巡る竜の因果に導かれし救世者達。



 世界は……滅びか存続かの瀬戸際での大戦へと引き込まれて行く。



§ § §



 月面宙域を埋め尽くす邪神の尖兵総数は、数えるのも嫌になる程に増え続ける。

 だがそこに針の穴の如き違和感を感じた俺は、ナイアルラトホテップを超重刀剣型 アメノムラクモで弾き後退——

 その隙に同じ物を感じているであろうエリーゼへと問う。


「エリーゼ! この根暗女や巨大イカヤロウは兎も角、邪神尖兵の数が少な過ぎる気はしないか!?」


 俺の問いは、普通に考えれば現実も見えぬ正気を飛ばした様な愚問。

 けれど同じ感覚を共感していた彼女は、求めていた答えを返納して来た。


『マスター草薙もそう見たか! 確かにあの魔王殿が口にした邪神総数からすれば、未だ数百万程度の群勢数と言うのは腑に落ちない! もしや——』


「だろう!? 確か奴は、ヨグ=ソトース解放のためにだったはず——が……あのシュブ=ニグラス一体でも事足りると豪語した! 」


「けど——本当にそれだけで、霊的なエネルギーをまかなう事が叶うと思うか!? 」


 散々ノーデンス達とやり合った手前、奴らが精神感応なりでこちらを探ってくる恐れはあったが……ならばと逆に核心を突く様な会話を飛ばしてやる。

 どの道最後の戦いに出し惜しみなど出来ない今……敢えて根暗女の動揺を誘う様にそれを口にしていた。


 俺が疑問を感じたのは、今神そのものとなった竜星機オルディウスに巡る霊量子イスタール・クオンタムの膨大なるほとばしりが要因になっていた。


 詰まる所——この機体に流れ込む霊量子イスタール・クオンタム情報の総数が、あのシュブ=ニグラス単体で計測された値をも上回っている事実。

 さらにはそれが人類のみならず……数多の生命の霊的情報が齎す膨大なるエネルギーを元に、神たる力が顕現出来ていたのだ。


 それを踏まえ邪神の本隊総数をこの宇宙へと送り込むと仮定した場合、シュブ=ニグラスの霊格では現状目にしている尖兵を転移させるので精一杯なのではとの思考に到達する。


 広大なる宇宙はしかるべき法則の元そこに存在している。

 いくら神格存在が強大だとて、この百数十億光年の広さを持つ宇宙全てを自在に操る事など出来ないはずだ。

 ましてや異なる宇宙からの侵攻となれば、隣り合う宇宙の法則との帳尻合わせさえ難しくなるのは道理。


 そこから導かれる解は——


「まさかまだ、あのヨグ=ソトースは宇宙を繋ぎ切れていないのか? 」


 楽観視点ではない、論理に基づく可能性。

 それも人類の理知の及ばぬ、超常の真理を交えて始めて知り得る事の叶うそれ。


 もしそれが真実ならば、数で押し切るつもりの邪神の勢力をひっくり返す事も出来る——そう思考した俺は視線をヨグ=ソトースへと向けた。


「(奴が自分とクトゥルフへ意識を向けさせているとすれば……あのバカデカい門ヤロウを先に叩けば——)」


 恐るべき邪神の群勢さえも囮にしているとするならば、十分考えられる策。

 あらゆる可能性を踏まえ、根暗女の反応を確認しようとした俺の聴覚へ——


 後方より、覚悟の咆哮が響き渡ったんだ。


「……ま、て! 待て、ヒゲジジィ! それじゃあんたを救った俺達は、一体何のため——」


 モニター越しに俺の脳髄へ叩き付けられたその覚悟へ、戸惑いと共に視線を返す。

 だが……ジジィの——大海の旧神 ノーデンスの決意は揺らぐ事はなかった。


「——くそっ……! ちくしょーーーっっ!! 」


 機体の壁へ叩き付けた拳から滲む鮮血。

 分かってはいた……世界が思い通りにならぬは偽らざる道理。

 絶望的な状況で、犠牲無くして安寧への道は切り開けない。


 それは襲い来る試練がデカければデカイほど、俺達に揺るがぬ結果として突き付けてくる。



 もう俺は、宿見届けるしか無かったんだ——



§ § §



 盾の要塞艦ヒュペルボレオスへ数倍はあろう異形の巨艦が突き進む。

 しかしその行く手を阻んだのは救世者側の邪神。

 巨艦にすら見たぬそれは、揺るがぬ決意を双眸へはしらせ突撃する。


 掲げる三叉戟トライデント

 さらに剛腕へ叡智の腕輪アガートラムを纏うは、大海の旧神 ノーデンスの本体たる白翁の巨人である。


「まさか貴様と相見える事になろうとは、このノーデンスも思うても見ななんだわ! しかし覚悟を口にしたからには引き下がる事などまかりならぬ——」


「その身を以って、このノーデンスの戦いを味わって行くがいい!! 」


『ヴオオゥゥーーッッ!! ゴオオッ……ギュアルルゥゥ!! 』


 立ちはだかる巨躯に答えた異形の大邪神クトゥルフ

 到底人類には理解の及ばぬ言語と思しき音声を、高次空間より響かせる。


 それが挑発的な内容であったのか……したり顔で口角を上げた巨躯は、ならばと機体へ神霊力を行き渡らせた。


「くくっ! この様な矮小な体躯では相手にもならぬと!? 抜かしたな、この小童こわっぱが! 貴様なぞは、このワシが存在した歴史からすれば未だひよっ子ぞ! 」


「ならばワシも本気を出さねばなるまい……しかとその脳裏に刻んでおけ!! 」


 大海の巨躯ノーデンスが咆哮するや、機体がまばゆき霊的なる撃光を放つと……白翁の巨人が盾の要塞艦ヒュペルボレオスに匹敵する体躯へと巨大化した。


 それを視界に入れた二人のお転婆邪神も、悲痛なる声を上げる。


『錯乱かな、錯乱かな!? ジジィ……その様な馬鹿げた霊力放出は——』


『燃えカスに同意だ! 死ぬ気かっ!? 』


「そうじゃな。これではワシも長くは持つまい。じゃから最初に言うたであろう?! 」


『待て、じじ……——』


 悲痛に叫ぶ娘達の通常通信を遮断した巨躯は、その有り余る巨体で異形の大邪神へと接敵する。


 周囲へ飛ぶ衝撃は、巨大なる小惑星が大地を消し炭にする程の破壊を呼ぶ。

 爆発的に広がる衝撃波で、周囲の尖兵さえも巻き添いにした。


「その程度か、大邪神と呼ばれた力は! この老いぼれを葬れぬ様ならば、大層な口を叩くでないわ!! 」


 異形の邪神も巨艦とは思えぬ機動性にて白翁の超巨人の背を取るが、旋回させた戟矛は予想済みとばかりに薙ぎ払う。

 巨艦とてそれをただで受ける訳はなく、瘴気をばら撒く大河ほどもあろう巨大なる幾重の触手を超巨人へと叩き付ける。


 それは超常を超えた激突。

 それは神々の黄昏ラグナロクを再現したかの破滅の瞬間。


 あの天使兵装メタトロン痛み負う黒竜ペイントゥースが繰り広げたそれを上回る激突が、神秘の衛星宙域を聖戦の場へと変貌させて行く。


 しかし大海の巨躯の善戦が長く続くはずはない。

 彼は先にその本体を這い寄る混沌ナイアルラトホテップに貫かれた、言わば死に体。

 加えて——異常なまでの神霊力放出を伴う巨大化を以って、異形の大邪神との決戦に臨んでいるのだ。


 いつしか善戦が不利を匂わせる頃……舞い飛ぶ大河の如き触手が——


「ヌガ……ァッッ……!? 」


 それは針のむしろか、無数の巨大なる触手が白翁の巨人を串刺しにする。

 それでも巨躯は止まらない。

 止まるはずがなかった。


「がふっ……——だ。まだこのノーデンスを……討ち散らすには、到底足りぬわーーーっっ!! 」


 最後の力を振り絞らんとし、白翁の巨人の双眸がより一層にギラついた。

 その身で振り抜く三叉戟トライデントが触手を薙ぎ、大邪神が苦悶とも言える呻きを上げ暴れ狂う。

 ここぞとばかりに残る触手が刺さるままの体躯を引き摺り、巨躯が大邪神の甲板とも皮膚とも言えるそこへ降り立った。


 同時に体液の様な物を噴き出しながら、豪腕が三叉戟トライデントを頭上で猛烈に振り回す。

 勢い増した旋回する激突は、振るう速度を乗せて——


「とくと味わえ……このノーデンスの最後の一撃をーーーっっっっ!!! 」



 白翁の巨人が放つ三叉戟トライデントの一撃が……異形の大邪神本体へ、深々と突き立てられたのだ。

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