第94話 溢れ出でる狂気、浸蝕の志士達

 それは蒼き星を食い尽くす膨大なる狂気の嵐。

 それは宇宙を埋め尽くす異形なる者共の進撃。

 それは……絶望を齎さんとする異形の邪神群と、それらを統べし強大なる存在。


 今、神秘の衛星宙域は想像を絶する絶望の業火の襲来によって希望が燃え尽きんとしていた。


「対空兵装を全て邪神群へ! 一体たりとも地球へ向かわせるなっ! ノーデンス卿、機関制御を! 」


『承知! 出し惜しみは無しじゃ! 出し惜しめば瞬く間に、我らは敗北を喫し——この異形共はここぞとばかりに地球を目指す! ここが正念場ぞっ! 』


 盾の要塞艦ヒュペルボレオスが持ち得る対空兵装のありったけを——さらには炎の化身クトゥグア……そして黄衣の王ハスター制御下にある全兵装を動員して対空迎撃に当たる数字を冠する獣機関マスターテリオン

 盾の局長慎志も、大海の巨躯ノーデンスも……この戦いに於ける最大の活躍を見せる。


 だが——

 総数が討滅する側を遥かに上回る群勢……その次元転移が止めどなく敢行される。

 もはや宙域を埋め尽くす邪神のせいで、あまねく宇宙の星々すら霞み始めていた。


「吸血の! それに剣の! 僕達はヒュペルボレオスの援護だ! 抜かるんじゃないぞ!? 」


『くっ……これ程の邪神など想定外だな! 討てども討てども湧いて来る! 』


『けれどこれを、地球へは向かわせられません! 』


『遺憾かな、遺憾かな! 邪神のかかわる最後の試練へ、史上最悪の展開を準備して来た! あの混沌はっ! 』


 四機のT・Kタケミカグチ・カスタム兵装が各々の持つ武装を最大展開し応戦するが、雑兵たる異形が群れをなし異形の大邪神クトゥルフへ辿り着く事すら叶わない。


 ミ=ゴを始めとした数に勝る尖兵からティンダロス・ハウンドに這い寄る混沌ナイアルラトホテップ配下のビヤーキー。

 それに加えナイトゴーント、ダゴン、アトラック=ナクアと……これまでに相対した尖兵の総進撃――


 宇宙を駆ける巨大なる異形の津波となり押し寄せた。


「シエラさんはドレッド・ノートを連れ、あの馬鹿でかいを――」


 救世の当主界吏は視界に捉える常軌を逸した門なる邪神ヨグ=ソトースへ向うため、盾の要塞艦ヒュペルボレオスへ目標を定めた異形の大邪神を任せんとした。

 現状邪神をかの地より転移させ続ける地獄の門とも言える邪神が、最重要討滅対象と捉えた故だ。


 そこへ――


『そう簡単にヨグ=ソトースの元へ向かえると思っているのですか? 笑止……浅はかですよ?ええ浅はかですとも! 』


「くっ……邪魔すんな、この! ――って、三体に増えただとっ!? 」


 命纏う竜機オルディウスを足止めするは這い寄る混沌。

 さらにそこへ二体の質量を持つ分身体が飛来するや、それぞれが天使兵装メタトロン痛み負う黒竜ペイントゥースへと張り付いた。


「おのれ、混沌めが! 各個で足止めに徹するつもりか!? 」


「草薙、エルハンドよ……これでは邪神の思うままぞ!? 何としてもこいつを叩きのめす! 」


 三人が駆る機体が混沌の分かれ身に翻弄される中、援護もままならぬ銀嶺の女神ローゼリアは溢れ出る尖兵掃討を余儀なくされる。

 しかしそこでも、女神と古の翼ドレッド・ノートだけでは数的な不利へと追い込まれていた。


「アリス、このままではジリ貧です! あの月面防衛に付く女神も総動員せねば! 」


『そのようですね。私だけでは、それをこちらに展開するは不可能な所……今ならローゼリアとシエラが居る。そして――』


『輝くトラペゾヘドロンが力を貸してくれる。ならば……月面を覆う広域防御フィールドを展開後――月面のヴァルキュリア達をこちらの援軍に付けます! 』


 アリスの命で舞う、神秘の衛星を守護せし千体の小さき戦女神ヴァルキュリア

 それらを総動員したとて、数の優位を返せる見込みなど無い。

 見込みなど無くとも、この瞬間宙域で戦い続ける者達に諦めの心など宿ってはいない。


 ただ蒼き大地の命のために。

 力無き弱者の安寧に満ちた未来のために。


 その想いは遥か蒼き母なる大地より、邪神の尖兵総数にも匹敵する霊的なる一つの力を呼び寄せる。



 蒼き大地に流れる命の霊脈。

 人はそれを竜脈〈九頭竜くずりゅう〉と呼称した――

 


§ § §



 襲い来る脅威は世界の滅亡を容易く連想させた。

 俺達人類の傲慢が呼ぶ絶望は、これほどまでに神格存在たる者達の怒りを買っていたのかと思える程に。


 俺と拮抗する這い寄る混沌は、今までのどんな邪神でもありえない……型無き武力で追い詰めて来る。

 有り体に言えば、力を得た者がいたずらに振るう暴力そのものだ。

 だがしかし――その本質は人間が振り撒く傲慢など、霞んで消える程に強大で恐るべき威力。


 一撃一撃が神罰の雷光とも言えるそれを竜星機オルディウスで受け続けていた。


「こいつといい、邪神共の特徴に戦い方は変化に富み過ぎだろう!? 人間が生み出した文明由来の武術の進化が――くっ!? 軽がると凌駕される! 」


『これが神格存在バシャールと呼ばれる者なのだな、マスター草薙! あなたの言う武力の本質など、これではまるで役に立たない! 我ら皆、四面楚歌のまま追い込まれる! 』


 衝撃と閃光が幾度も機体を包み、ダメージ蓄積ばかりが警告音と言う悲鳴を上げる。

 実質暴竜モードと言える現形態が、ナイアルラトホテップの猛襲を耐え凌ぐには不利であるのも押される要因となっている。


 この存在と競り合うにはこれでは足りない。

 力とかではない、不足しているんだ。


 それはオリエルが天使と一体となって感じた物。

 あちらは元々それを可能とするシステムを内包した得物だったが……こちらはそんなシステム的なモノは欠片もお目にかかった事がない。


 メタトロン・セラフィムが元々であるのに対し、竜星機オルディウスはあくまでだからだ。


 だからそう易々と、機体に頼った霊格上昇など得る事が叶わないのは百も承知。

 つまりは、乗り越えなければならないんだ。


「……たった一つ、手段が無い事もない。だがこれは――」


『マスター!? この事態を打開する策があると!? 』


 僅かに口走った俺の言葉に反応したエリーゼへ、無言で首肯し思考情報を機体を通して伝達する。

 それは俺自身がそのいただきに到達している必要と、この竜星機オルディウスが理解し……力として展開出来るかが鍵となる。


 と……俺の意志伝達を仲介した竜機コックピットが淡く光りだすと――

 モニター上へ、あの高次元多面体〈輝くトラペゾヘドロン〉が映し出された。


「……まさか、出来るのか? 輝くトラペゾヘドロンを媒介すれば……? 」


 俺の言葉に返したのは、エリーゼだった。


『マスター草薙。あなたが思考する全ての戦いのすべは理解した。そしてこの竜星機オルディウスも可能と判断している。なにせ今、この機体には宿。』


『あなたが草薙の御業みわざを以って神の座に手を伸ばす事も……我は可能と推測する。』


「エリーゼ……そうか。」


『何をこそこそしているのですか? 早々と諦めをその顔に刻み付けると言うならば、飛んだ期待外れですね……草薙とやら。』


 そんな俺達の会話に強制介入してくる根暗女。

 そこには察するも、のが見て取れた。

 言葉で精神への揺さぶりをかけて来ているのがその証拠だ。


 ならば全てを悟られる前にしかるべき力を展開するまで。

 これは天津神の破壊神である、〈ヒノカグツチ〉の借り受けるのとは訳が違う。


 草薙だけではない、三神守護宗家の霊的な奥義を結集した禁断の奥義。

 守護宗家流 無限式――〈三神の纏い〉――

 草薙の剣と八尺瓊やさかに勾玉まがたま……そして八咫やたの鏡になぞえる各宗家の力を結集するそれは、さかのぼれば太陽の王国時代に一つの家系だった事が由来する。


「行くぜ、エリーゼ。サポートを頼む!」


『言わずもがなだ、マスター草薙!いつでも!』


「三神守護宗家の力持ちて、草薙と……八尺瓊やさかに八咫やた御業みわざを結集させる。いにしえの力の導きにて我……天上より来る破壊の御神おんかみの力を宿す! 」


 余裕かます根暗女の機体ごと、両腕を掴みゼロ距離放射熱線を浴びせ一気に後退。

 エリーゼと首肯しあい、機体に秘められたあらゆる生命情報の力を借り……輝くトラペゾヘドロンの導きに従う。


 この邪神群を穿つ最強の力を降臨させるため。

 俺と竜星機オルディウス――


「守護宗家流 無限式、〈三神の纏い〉……御神おんかみの力をいにしえの奥義にてこの身に下らせたてまつる! 来たれ、天地創造の主神より生まれし三貴神が一神ひとかみ ――」


「根の国の王にして、破壊の権化! 荒神あらがみ……〈タケハヤ スサノオノミコト〉よっっ!!」


 ここに集う人の因果と恐竜の因果。

 そして、生きとし生ける者達の生命情報を内包せし竜の機体。

 それらが輝くトラペゾヘドロンの導きに従い、神の体躯へと――



 俺と竜星機オルディウスは、日本神話の三貴神になぞらえし破壊神の一柱へと変貌を遂げたんだ。

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