第92話 静寂、そして後に狂気の嵐
貫く漆黒の刃。
かの
しかし混沌が刃を貫くそこから引き抜こうとした刹那……
「何のつもりですか? シュブ=ニグラス。」
『ゴフッ――ああ、ご期待に添えんで申し訳が……ないのぅ。じゃが、
『シュブ=ニグラス! 』
罪越えし少佐も悲痛な叫びをモニター越しに送り付ける。
少なくとも眼前のそれは、彼女が望んだ結末ではありえない。
そんな中にあって――
黒山羊嬢王は貫く漆黒の刃を抜かさんと、瀕死の邪神体躯のまま抵抗していた。
それはかつて豊穣を
人類へ安寧を呼ぶ存在であった頃に胸へ抱いた、無限の慈愛を懸けての最後の
這い寄る混沌でさも想定していなかった行動に、眉根を歪ませる漆黒の御髪のそれ。
睨め付けるも、そこに因果の約定が絡むと察した混沌は諦めた様に言葉を吐いた。
「……興醒めです。ええ、興醒めですよシュブ=ニグラス。あなたが確実にこちら側であれば、すぐにでもヨグ=ソトースへその魂を贄とし送り付け……あちらよりの大群勢を呼び込む手筈――」
「それが
モニター先で口惜しき表情の這い寄る混沌を一瞥した黒山羊嬢王は、返す視線で同じく別モニターに映る罪越えし少佐へと語りかけた。
「人の子よ。
『何故……そこまで――』
「その様な顔をするでない、人の子よ。腐っても
困惑を隠せぬ少佐へ言葉をかけた後、目配せで一旦引けとの視線を送った黒山羊嬢王は……直後邪神機体全周へ
やがてそれが這い寄る混沌の邪神機体をも巻き込む巨大な球体を形成した。
「くっ……! マスターテリオンと協力者各機へ――これより二・三時間の猶予をシュブ=ニグラスから授かりました! ここは一旦引き、態勢を立て直します! 」
授かった。
眼前で貫かれたまま、意地を突き通す元女神への敬意と供に……
彼女の声を聞いた者達も次々地上面へ。
§ § §
邪神の大群勢侵攻までの時間は確かに稼げた。
けれどシエラさんが目にした惨状は、地上での戦いで髭ジジィ達が受けた仕打ち相当。
しかし今回は、導かれた状況が大きく異なっていた。
「いいかテメェら! 二・三時間なんざあっと言う間だ! おまけに整備する機体は
「「「イエス・マム!! 」」」
すでにマスターテリオン内格納庫へ
そこにはシエラさんを初め、オリエルにアルベルト――さらにはクトゥグア達にシューディゲル達とが一堂に会している。
降って沸いた貴重なる作戦会議時間。
余計な事を話す訳にはいかずとも、次に待ち構える事態は世界の命運が懸かる大戦。
だからこそ、戦いに向かう皆へと伝えたい事があった。
「シエラさん、待たせた! 」
「ええ、構わないわよ。みなも今揃った所――あなたから話す事があるのでしょう? でもまずは、最後の戦いの前に後詰めを話し合って置きたいわ。」
ミーティングルーム扉が重々しく開かれると、すでに待ち構える者達の姿。
そして俺の姿を確認したシエラさんより、最後の決戦へ向けた作戦概要が語られた。
「現在シュブ=ニグラスがその身を犠牲にし、ナイアルラトホテップの動きを恐らく次元的――空間的に拘束していると思われます。それももって二・三時間の猶予……彼女の精神と自我の崩壊を以って、その拘束も解かれる事となるでしょう。」
「言わばそこからが、この戦いの最後の試練。邪神世界より大群が押し寄せて来るは明白です。」
重き言葉が会した皆を貫いて行く。
覚悟はすでにあれども、敵の総数は未だ憶測の域を出ない故に。
沈黙に沈む皆を一瞥したシエラさんが、視線で出番とこちらへ振って来た。
首肯にて返した俺は、俺が語るべき言葉を語って行く。
傍に寄り添う、会議へ同席したアイリスとエリーゼの羨望を受けながら。
「邪神総数は未だ未知数。そんな中、皆に心に留めておいて欲しい事実がある。これは邪神や人ならざる者方は今さら語るまでもないだろうから……人類側に属する者全てへ向けた物になる。」
視線を送る先。
俺の言葉が、このマスターテリオンで供に戦う皆へ向けた物だと察してくれたから。
親愛なる者達の配慮を受け……俺は静かに語った。
これよりの決戦に向けた重要事項の全容を。
「俺達が相手取る邪神は、狂気を人類へと刻み付ける存在だけど……奴らが運ぶそれは俺達にとっては避けられないものだ。言うなればその狂気は人類が元々生み出したものであり――」
「それを地獄の底より運んで来るのが邪神生命の本懐。詰まる所、俺達が相手取る狂気の源泉は己自身を含めた人類の負の側面となる。」
宇宙と重なりし力が俺へと示してくれた狂気の本質。
これを機関に属する者全てが理解して置く必要があった。
何故ならば――
「ナイアルラトホテップが、邪神世界との道を繋ぐのはすでに避けられない事態。そうなれば、押し寄せる邪神生命からの精神汚染は確実に機関全域へと降り注ぐ事になる。」
「いくら前線で戦う俺達が健闘しようが、背後で皆が精神を蝕まれ……負の底へと引き摺り込まればそれまでだ。だからこそどんな時も忘れないで欲しい。俺達には、生きて帰るべき場所があるのだと! 」
語るべき言葉は全て解き放った。
後は真正面から全力で挑むしか道は無い。
必要な概要を伝え終わった俺達はそれぞれ、各々の戦う場所へと散って行く。
「……シエラさん、ちといいか? 」
「……何かしら? 」
それを見送るシエラさんを引き止めた俺は、ミーティングルームを出た通路上……眼下に月面の神秘を見下ろせる場所で彼女をみやる。
「わりぃな。あれだけの事を吐きながら、俺の手が震えてやがる。俺は邪神の汚染を何とか克服出来たけれど、皆はその限りじゃない。下手すりゃ皆巻き沿いに――」
口にした通り、俺の手は震えていた。
今まで一人で気の向くまま旅をしていた時では想像すら出来ない……大切な家族が邪神の狂気に晒される惨劇。
想像しただけでも恐ろしかったんだ。
そうして出した手を、シエラさんが握り締める。
強く……強く握り締める。
「大丈夫、今は私も着いている。越えましょう?この試練を。そして人類の未来を、私達の手で――」
さらりと御髪揺れる彼女の顔は、今まで見た彼女のどれよりも真剣で……それでいて頼もしかった。
もう俺と彼女との距離なんて、無いも同然だったんだ。
だから……シエラさんがゆっくり閉じた双眸を確認した俺は、生きてあの蒼き地球に戻る決意を魂へと宿し――
たおやかなその身を抱きながら、彼女の唇へと俺の覚悟を重ねたんだ。
§ § §
淡き輝きが一際鮮明となる。
そこは
数多の生命情報が高次元量子情報として収められるそこ。
その中心で輝き放つ
それはまるで、竜の機体が神たる存在と同一となる様に――
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