第91話 贄を貪る混沌の影
モニターで確認する状況はあと一押し。
ロイガーとツァールの消滅確認と、シュブ=ニグラスが分離させた胴体の撃破。
今も思う——
視界に飛び込む状況は、
能面と
彼はあの魔王と撃ち合って、まさかの手を取り合うと言う驚愕の成果を叩き出して見せた。
さらには機関に属した者達を始め、シャルージェにシューディゲル殿とが今も戦いに身を投じている。
すでに家族の様に手を取る邪神達と共に。
しかしまだあの這い寄る混沌 ナイアルラトホテップが……それが率いる恐るべき大群勢が姿を見せていない。
ならば私も早々に片を付けなければ、奴らの付け入る隙となり兼ねない。
「シュブ=ニグラス本体を穿つ決定打は——」
僅かに思考へ焦りを伴い、眼前の異形なる嬢王の
その視界へ写り込んだのは……共にある
『シエラ……大丈夫です。
続いて響いた神であった最愛の友人の声。
アリスの慈愛塗したそれが聴覚を揺さぶるや、瞬く間に焦りが霧散した。
「……そうね。ありがとう、アリス。ありがとう……素敵なドール達! 」
邪神と言う脅威と戦うのは私だけではない。
昔の様に、一人で全てを背負いこむ必要なんて何処にもないんだ。
そんな思考に至った私の視界へ飛び込むのは、もう一つの魂の反応。
正面に浮かぶモニターへ、言葉の羅列にて訴えかけて来ていた。
「ええ、忘れていないわ。今あなたが力を貸してくれているから、私はここにいるのよ。では……行こう、ローゼリア! 」
何より私の力とならんと身を捧げてくれた荘厳なる女神が、私とのさらなる同調を望んでいる。
我々人類を導く使命を帯びたならば、この邪神の試練を越えて行かねばならいと。
と……そこで女神機体内モニターに提示されたシステム。
ローゼリアとドレッド・ノート達が一体となる事で叶う攻撃手段が浮かび上がっていた。
「これ……は!? そう——確かにこの方法ならば。この巨体を越えて嬢王への攻撃が届く! 」
理解すると同時にアリスと首肯しあい、ドレッド・ノートを従えて飛ぶ。
これは現次元で物理的に行う攻撃ではない……霊的に高次元となる位相から、邪神の霊体へ直接攻撃を加える手段。
邪神と言われる存在へどれ程の効果があげられるかはさて置き、手段がないならばなす事としよう。
「ドール達! これより、
「私だけでは邪神に自我を一瞬で食い尽くされる所――けど、あなた達がいれば恐るるに足らず! 皆の高潔なる魂を、この私に貸してちょうだいっ! 」
『『『『『『イエス! マスターシエラっ!! 』』』』』』
復唱を皮切りに、ドレッド・ノートがローゼリアを中心に円を成し……頃合いと見るやアリスが高次元への扉を開く。
それはこの宇宙とかの宇宙間に存在する霊的なる次元層。
この世界線に於いて、ローゼリアを用いて初めて神格存在への謁見が叶う超常の手段。
包む霊光を纏う私は意識体となり……神なる存在へと直接的な接触を試みたんだ。
§ § §
銀嶺の霊光が女神を包むや、その波動は
策謀にて戦いに挑んだ邪神の彼女さえも、想定もしない事態であった。
「何と……かの宇宙とこの宇宙に存在してはや幾星霜。この
「問答は不要です。あなたの邪神機体へ
「ならばこの、ローゼリアとドレッド・ノートが可能とする手段で相対するのが打倒でしょう? 」
さらには分離した胴体に加え、新手であったロイガーとツァールに於いても同様――何かと一筋縄ではいかない感を当主は見抜いていた。
直感でそれこそが嬢王が持つ策略の一端であると見抜く、救生の当主は正しく戦闘センスの塊と言えた。
その戦闘センスの高さを察し、即座に対応した罪声越えし少佐も大概ではあったが。
そんな彼女が一糸纏わぬ霊的な体躯で
そこに
が――少佐が目にした嬢王の双眸は深淵が渦巻くが……言いようの無い憂いを込めたものであった。
「このまま霊的にあなたへと攻撃を試みようと思いました。けど一つ、私の問いに答えてください。あなたは――」
「人類に審判を下す因果を負ったあなたは、何ゆえそれ程までに悲しげな目をしているのですか? 」
少佐の問いに、行く度目かの想定外を刻まれた黒山羊嬢王は双眸を見開き――
神格存在と霊的に
「分からぬものだな。もはや
「あやつも
「豊……穣。ええ――分かるわ。嫌という程にね。何せその豊穣たる大地に延々破壊を呼び続ける人類が、情けなくも我が同胞ですから。」
やり取りは僅か。
しかし罪越えし少佐は僅かでも深すぎる解答で察してしまう。
詰まる所……邪神と呼ばれる眼前の嬢王の悲哀と憎悪の源泉は、紛う事なき人類の所業であるから。
そこまでを語る黒山羊嬢王が、双眸を細めて微笑する。
先の狂気がいつしか霧散していた。
「同胞の行いを憂うか、人の子よ。
「私一人では何も出来ません。」
『理解しておる。じゃが汝は一人ではない。汝を支える多くの者の魂を、これでもかと感じる。』
いつしか狂気が静まり返った
黒山羊嬢王が一抹の望みを口にした。
己が眼前へ、人類で初めて霊的に謁見を叶えた一人の人類の女性へ向けて。
「それほどの偉業を体現せしめた
嬢王が懸けた望み。
それは己がかつて豊穣を呼ぶ女神であった頃の願い。
人類が今のまま絶望への道を突き進むならば、粛清も已む無しと歯噛みした彼女の描いた真の意志を――
因果の果てで、言葉を交わすことが成った罪越えし少佐へ託さんとしたのだ。
『おしゃべりはそこまでです。シュブ=ニグラス。』
刹那――
収まっていたはずの狂気が、今まで以上のドス黒い瘴気と供に高次元を蝕んだ。
「くっ……一体何が!? 」
同時にそこから意識を弾き出された少佐は、脳髄を打ち抜かれる様な激痛のまま元の肉体へと引き戻された。
すぐ様状況確認をと女神内モニターへと視線を走らせた彼女は……目撃してしまう。
「……なんて、事!? 一度ならず二度までも……! 」
モニターへ映し出された映像は黒山羊嬢王本体。
の――胸元を
嬢王の本体が、背後に忍び寄った
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