第89話 女神対嬢王、そして騎士の目覚め

『射線上から退避されよっ!』


 響いたのはエリーゼと名付けられた、今の界吏かいり君と共にある少女の声。

 おおよそ現在の竜星機オルディウスが持ちうる攻撃手段ではあり得ない警告――その本質たるモノが何なのかをモニターで素早く確認する。


 竜の体躯に大きく変化は無い物の、特質したるはそれを包む光膜。

 紫電が、背びれに変化した装甲へ尾の先より上っていく様。

 偶然思考に過ぎった刹那……それがこれより何を仕出かすかを悟ってしまう。


「クトゥグア、ハスター……シャルージェにシューディゲル卿は即座に退避! ノーデンス卿も直ちにヒュペルボレオスを旋回させて! 」


「局長、竜星機オルディウスから来ます! !! 」


『ほ、放射……!? まずい――ここにいては巻き添えを食らう! ノーデンス卿! 』


 私だけでなく、思考に過ぎった存在は日本を出所とするため八咫やた局長も知る所。

 同時にそれが何を意味するかを悟る彼が問答無用の指示を飛ばす。


 即ち界吏かいり君はと言う事だった。


 竜星機オルディウスの生い立ち上それが近しい事は理解出来るけれど――かと言ってその攻撃手段を容易く導き出せる物ではない。

 実に彼らしい……彼にしか出来ない戦い方だと冷たい物さえ流れ落ちた。


 そんな思考で女神をひるがえし、焼き払うと言うなら眼前の邪神らへの可能な限りの陽動が必要と光刃大鎌ビーム・グレートサイズを構えた刹那――


界吏かいり、君!? ……なるほど――了解よっ! 」


 攻撃を放たんとする彼は現在、印らしき物を展開する最中。

 その視線が私に訴えかける。

 使、戦いに於ける圧倒的なセンスさえ宿す眼差しで。


 ツァールを払う様にしてロイガーへと叩き付け、タケミカヅチ組とモニターで首肯し合うとドールを引き連れ目指す目標を変更する。


 直後――

 この月宙域をまばゆく照らす破壊の閃条が周囲のあらゆる粒子を巻き込みはしり抜けた。

 膨大なエネルギーと、無数の対消滅の閃光を撒き散らし……竜星機オルディウスの咆哮の如くそれが次元をも切り裂いた。


界吏かいり様……これほどまであの竜星機オルディウスを扱い切るとは――』


「そうね。それは彼にしか出来ない事。だから私は、私にしか出来ない事で彼を支援する! 」


 アリスさえも驚愕に双眸を揺らす中、自身としても珍しいしたり顔を彼女へ送れば笑顔で了承を返された。


 ならば迷う事なんて無い。

 銀嶺の女神と六人のドール達が私を高みへと誘ってくれる。


 私がこの神代の大鎌で穿つ相手は――


「アイリス、ドール達と供に私に続いて! 私達が狙うは、シュブ=ニグラスの本体……この閃条の瞬きに紛れ一気に距離を詰めます! 」


『は、はい! 了解です……マスターシエラ! 行こう、皆! 』


『すげぇっ! ニシシッ……まさに疾風怒涛ってやつ!? 』


『かか、界吏かいり様……かっこいいのですぅ! 』


『かっこよさもることながら――マスター界吏かいりの思考はまさに刀剣の如き切れ味だね! 』


『だねだね~~! エクリスも惚れ直しちゃったよ~~! 』


『あらあら、それはわたくしとて同じ事。では皆さん――』


 界吏かいり君への賞賛を、思い思いの言葉で贈ったドール達が寄越す視線へ首肯を返す。



 これが今の私。

 大切な家族と、母なる故郷を守護せんがために宇宙へと上がった――



§ § §



 神秘の衛星宙域をはしり抜ける閃条。

 その齎す威力は想像を絶していた。


 命纏う竜機オルディウスの纏った紫電が機体前方で集束するや、膨大な熱量と統一場クインティア上の力である電磁力エレクトロ・マグネイト重力グラビトン――さらに強相互力グルーオン弱相互力ウイークボソンが相転移を引き起こし爆熱する。


 それが周辺宙域に存在するあらゆる素粒子を巻き込み、対消滅の餌食とした。

 次元さえも歪める閃条が誘導された双子の邪神双方を纏めて包み込むや、邪神と呼ばれた者達さえ塵芥ちりあくたへと回帰させる。


 救生の志士達が倒しあぐねた、である。


 だが、恐るべきは救生の当主界吏の戦いに於けるセンス。

 その攻撃を放つ時点で必要な味方への退避勧告を、共にある竜の少女エリーゼへと任せた彼は……さらにアイコンタクトにて現場指揮も担当する罪越えし少佐シエラへ策を促した。


 同時に送られた映像を確認した少佐も阿吽の呼吸でそれに反応。

 かつて仲違いしたのが嘘の様な連携を見せ付ける。


 策謀を駆使して立ち回る黒山羊嬢王シュブ=ニグラスを討つのに相応しきは、銀嶺の女神ローゼリアの持つ能力であるとの判断がそうさせたのだ。


「なんと……くくっ。まさかその様な奥の手があったとは。さしものロイガーとツァールも、それでは手も足も――」


『残念ですが、それはあなたもですよ!? シュブ=ニグラスっ! 』


 破壊の閃条が駆け宙域が次元さえ歪めてまばゆく爆熱する。

 閃条は神秘の衛星宙域の彼方へと消え――しかしそれが完全に対消滅反応を終えるか否かに、黒山羊嬢王の眼前へ


 さしもの嬢王も不意を突かれてか、機体にしてはか細き腕部で振り下ろされる大鎌の一撃を受け止める。


「……これはこれは。やはり主らは侮れんのぅ。使……あの武侠を地で行くノーデンスが惚れ込んだのも分かると言うものじゃ。」


『大人しく引き下がれ……などと言う甘い考えは捨てて来ました。これより私とこのローゼリア――そして六人の素敵なドール達が、あなたのお相手をさせて頂きます! お覚悟をっ!! 』


 宇宙に舞う銀嶺は女神。

 薔薇をあしらう重厚な甲冑に身を包むそれは、荘厳にして可憐。

 しかし凛々しき面持ちは搭乗者たる罪越えし少佐を表すかの如く。


 さらにその女神が従えるは、古の技術が生みし生命の守り手達。

 六双の翼が黒山羊嬢王を目標へと捉えている。


 ギリリと光刃大鎌ビーム・グレートサイズへ力を込める女神へ、嬢王は賛美とも取れる微笑を送った。

 女神コックピットモニターへ映し出されたそれは、邪神と言うよりは銀嶺の存在と同様の女神を思わせる。


「よかろう……後生じゃ。わらわが主らの相手をして進ぜよう。来るが良い、人の子よ――そしてそこに力添えする神代の力の結晶達よ! 」


 直後、女神然とした表情が邪神の禍々まがまがしき狂気の面構えへと変貌するや大鎌を弾き飛ばす。


 双方がモニターへ映る相手へしたり顔を叩き付けるか否か――

 嬢王本体から延びる双角が、機体から伸縮する衝角ドリルとなりて猛撃を開始する。


 襲う衝角ドリルを回避する女神。

 女神と入れ替わる様に各々の武装で支援連携をこなす古の翼ドレッド・ノート

 閃光と閃光が無数の軌跡を神秘の衛星宙域へ撒き散らす中――



 もう一つの戦いが佳境を迎えていた。



§ § §



「この本体から分かれた胴体は、あちらとは別の意味で厄介だな! 」


『エルハンドに同感だ! あのロイガーらとは違う意味で手応えがない! 』


 竜が生む破壊の閃条が奔り抜けた宙域から真逆。

 そこで黒山羊嬢王シュブ=ニグラスの胴体たるそれと渡り合う影は、聖霊騎士オリエル擁する天使兵装メタトロン宵闇の魔王アルベルトが駆る痛み負う黒竜ペイントゥースである。


 しかしこちらもあらぬ苦戦を強いられていた。


 偽双子の邪神ロイガーとツァールが持つ様な得体の知れなさとは別ベクトルの、不気味な強固さが光と闇の二人を翻弄する。


「本体が消えれば、と言う方向ではないだろう! あの嬢王とやらはとんだ策士の様だからな! 」


『見えないな、その本質が! だがこのままこちらが手間取っていては、草薙とやらに豪語した面目もたたんぞ!エルハンドよっ! 』


 天使が振るう銀嶺の剣の一閃は間違いなく胴体部へと届き、黒竜の魔爪は確実に表皮をえぐり続けている。

 にもかかわらず――胴体へのダメージは蓄積する気配さえ見せなかった。


「これ以上時間をかける訳には――」


 かの聖霊騎士でさえ焦燥する。

 それは無理からぬ事……彼とて今まで魔を討つ戦いに身を投じて来た、対魔討滅のスペシャリスト。


 なれど今相手にする存在は、そんな特異性など軽く一蹴する。

 本質的な所が桁違い――恐るるべき神たる存在なのだ。


 故に騎士が体現して来た定石など通用しない。

 騎士もその腹積もりで相対する。

 神たる存在に対して。


「(相手は邪神、神たる存在! 私はその様な者を――)」


 今まで主たる者を信望し、あがめたてまつる事で力を借り受け……神の剣として戦って来た騎士。

 だがすでに彼は気付いている。

 眼前の相手を屠るためには、


 、それを越えていけないのだと。



 そして、聖霊騎士の思考は……大きく変わり始めていた。

 誰かの意志ではない、自分おのれの意志を以って戦いに挑むと言う大いなる決断と供に――

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