第49話 大海を統べる者

 圧倒的な勢いと共に白翁の巨人が襲い来る。

 最初に思考したポセイドンとの例えが、ピンポイントで無情な現実を付き付けていた。

 大気圏内地上及び高空での戦闘用に特化調整した事が裏目となり――海中を惑星離脱ロケットよろしくの、ふざけた推進速度で猛威を振るう奴に翻弄されていた。


「アイリスっ、テラーズドレッド側の調整は行けるのか!?今のままじゃに押し切られるっ!」


『カカッ!髭ジジィとはワシのことかの!そんな事よりふところがお留守じゃ……余所見はいかんのうっ!』


「……くそっ!とんだ力のゴリ押しで来やがって!」


 大海の旧神の名が伊達ではないと言わんばかりの推進力それ

 そもそも海中での推進手段そのものが限られる事を考慮すれば、神機・ノーデンスが水圧・水流を自在に操る機体である事は明白だ。

 背後に広げた半物質状のマントみたいなのが、最初重力場を構築していたのはモニターの反応で確認したが……今そのマントであった物体が異質な表面と形状へ変化している。


「なるほど、海洋生物の皮膚を模した流体力学上の抵抗軽減措置……さらには後部に吐き出す渦は、吸い込んだ海水を高圧で吐き出す海中高速推進システム――」


「つまり大海の旧神を名乗る邪神の乗機は、星に生きる生命の利点と科学の利点を兼ね備える……なかなかえげつない性能してやがんな!髭ジイさんよっ!」


 繰り出される三叉の戟トライデントの激突を紙一重でかわし……だが、切り込もうにも水圧で剣速が殺され思う様に攻撃が届かない。

 そんな俺をあざ笑う神機・ノーデンスの海中での機動性は、もはや海を自在に舞う海洋生物さながら。


 たまらず奴の攻撃に対する反撃の糸口をと海面へ向けて一気に上昇した。

 幸いにも宇宙での運用すら可能とするこの竜星機オルディウス……急激な水圧の変化による機体への影響は案ずる事もなかったが——

 そんな物理上の機体への不安など吹き飛ばす事態が俺達を強襲する。


「残念!海上は我らが押さえた!優越かな、優越かなっ!」


『マスターっ!?海上をクトゥグアとハスターに押さえられています!』


「……っ!?奴ら、ここでも連携を決めて——うぐあっっ!!?」


「不本意だが……ここから上へは行かせないよ!?カス当主!」


 海上で竜星機オルディウスを待ち構えていたのは、神機・クトゥグアと神機・ハスター。

 浮上する所かプラズマの刃と斬撃触手に襲われ押し戻された。

 海面から機体を出すや二体が同時に突っ込んで来た惨状で、すでにその後の顛末が脳裏へと警告を呼び起こす。


 海中では髭ジジィが地の利を持つ神機・ノーデンスにて猛威を振るい、海上に出れば即座に燃え女と爆風娘が連携にて海中へと封じ込めにかかる。

 こちらに地の利があると思考していた俺は、改めてその無意味さを実感させられた。


 相手は

 ともすれば

 それが大自然のことわりを味方に付け戦う事態は想定できたはずだった。


「すまねぇ、アイリスっ……ここに来て近接剣術戦一本で来た事が裏目に出始めたみてぇだ!」


『そのことなのですが——マスター……このテラーズ・ドレッド換装状態であるオルディウスでは、現状を打開する事は叶わないとの結論を得ました!』


「ちょ……!?いや——それは何か事情があるみたいだな!かまわねぇ、話してみな!」


 再び海中を爆進する神機・ノーデンスとの接敵を余儀無くされた俺は、現状持ち得る機体の機動力でなんとか三叉の戟トライデントが見舞う猛撃を交わしつつ言葉を投げる。

 それはアイリスが何かを感じ取った様な視線を向けていたから。


 そんな俺へと言葉を紡ぐ彼女の表情が、次第に鬼気迫る物から光明見たりとの面持ちへ移り変わって行く。


『本来私達星霊姫ドールは、それぞれシンボルを頂いた六体のドールとドレッドが対となり霊量子ネットワークを形成ます!しかし……このテラーズ・ドレッドと私のみが目覚めた状況では、その殆どの性能を活かしきれないのです!つまり——』


『現状打開のためには〈テラーズ・ドレッド〉と同型である、〈ドレッドノート〉——加えて……私を含めたの目覚めが必要となります!』


「つまり……他のドレッドと、残り五人の星霊姫ドールが現状打開策って訳か!だが——」


 確かにそこまで聞けば可能性を感じない事もなかったが、どうにもならない実情が邪魔をし実現不可能との思考に至る。

 そもそも未だシエラさんからの連絡がない時点で無い物ねだり……歯噛みしつつ眼前の髭ジジィが操る白翁の巨人を睨め付けた。


 その時すでに出会いを叶えていた、待ち望む因果の導きも知らぬまま――神機・ノーデンスを迎え撃ったんだ。



§ § §



「これは中々に……!?先にアレだけの数を屠ったと言うのにこの総数——有象無象の忌まわしき魔など置き去りにするな!この邪神の尖兵とやらは!」


 海中に押し込まれた星纏う竜機オルディウスが邪神三体を相手取る中、一方の聖霊騎士オリエルは討てども討てども湧いて出る尖兵に眉根をしかめていた。

 如何に天使兵装メタトロンが群れ成す魔への討滅に特化した機体であっても、邪神の尖兵の大軍勢を前にすれば多勢に無勢である。


 それでも——大海の巨躯ノーデンスが率いた増援も含めた尖兵総数を三分の二まで減少させたのは、ひとえ救世の当主界吏と並ぶ二本柱の真価でもあった。


界吏かいりめは通信の余裕すらないと見える!邪神三体と競り合うのだ……無理もないだろう!ならば——マスターテリオン、応答を請う!」


『こ、こちらマスターテリオン……きゃっ!?……すみません、聖霊騎士様!何ぶんこちらも危機的状況につき——』


「呼称はオリエルで構わぬ!それより最前線の尖兵相当数を減らした——これより徐々に防衛線を下げて、機関の直衛も含めた援護に当たる!今暫く耐えられるかっ!?」


機動制空兵装エアリアルが多数落とされました!同時に邪神生命であるアトラック・ナクアとダゴンによる、機関施設上と海中よりの襲撃を受けています!これ以上は……!』


「海中だとっ!?くっ……忌まわしき者どもめ!心得た——直ちに直衛に当たる!」


 だが主要戦力一方の要は、未だ押し込められたまま。

 心ばかりの機関防衛装備はいずれも数を減らし、状況は深刻を極めていた。


 聖霊騎士も覚悟を決めて天使兵装をひるがえす。

 すでに機関へ協力を申し出た身——躊躇ちゅうちょする事など何もなかった。


か、か——これではどちらが貧乏クジか分からんなっ!」


 前線に群がる残りの尖兵を一掃した天使兵装は、返す翼で盾の大地ヒュペルボレオスへと舞い飛んだ。

 もはや守るべき場所へ存在するのは一心同体の家族と言わんばかりに。


 海中から水柱を上げて白翁の巨人ノーデンスと激突する星纏う竜機オルディウス

 獣の数字を冠する機関マスターテリオンの直衛と天を疾駆する天使兵装。

 、天使兵装——聖霊騎士が最初であった。


「なん……だ!?この光はっ!?」


 突如として天使兵装コックピットモニターをまばゆく照らすは一条の光。

 発信元は英国本土の南西より……天を分かつ様に走ったそれは、盾の大地ヒュペルボレオスそびえる三本の塔へと到達した。


 直後——その塔より目も眩む巨大な光柱が大気すらも貫きほとばしる。

 それより僅かに遅れて聞こえる通信は、聖霊騎士も初耳の……幼さが篭る少女の声色であった。


『ニヒヒッ!あんたが騎士さんで、そいつが天使様……くーっ!カッチョいい!!』


『ダメだよ~~ファイアボルト~~。ちゃんと自己紹介しなきゃ~~。』


「何者だ。機関に属する者か?」


 いささか礼節に欠ける幼子の声に不信感を抱いた聖霊騎士。

 天使兵装を滞空させて問い返す。

 その視界——モニター越しで視認した姿に親近感を覚えた騎士は、礼節は兎も角警戒のレベルを低下させた。


 警戒を緩めた騎士へ向け、軽くはあるも謝罪を込めて幼き影がこうべを垂れる。

 その姿は、星の少女アイリスに酷似する衣装に包まれた様相であった。


『ああ~~ごめんね、騎士様!アタイはファイアボルト・ラフリートってんだ~~!アリス様から〈炎〉をシンボルに頂く星霊姫ドールだぜぃ!』


『も~~挨拶、雑~~! ウチはエクリス……エクリス・イニーベル~~。〈風〉を頂く星霊姫ドールだよ~~! 騎士様、よろしくね~~! あっ——』


『あともう一人が、今当主様——違うね~~、私達のマスターの元へ向かってるから~~! 』


「……星霊姫ドール!あの淑女レディ――アイリス嬢と同じ存在かっ!?」


 ようやく聖霊騎士は、思考で少女らの正体を悟る事となる。

 同時に……騎士の言葉が星の少女を人形の様にではなく、との思考に至った

 互いに機械兵装内と思しきそこで、笑顔のまま首肯しあうと——


「やっぱ、アイリスが好きになった人間達は違うなっ!ニヒヒッ!」


「じゃあウチらも行こうか~~!ワイズ・ドレッド……輪舞ロンド!」


「ああっ!?ズルっこだぞ、エクリス!なんならアタイも……フレア・ドレッド、輪舞ロンド!」


 嬉々とする声を上げた人ならざる少女達。

 その咆哮から程なく、盾の大地ヒュペルボレオスカタパルトより立て続けに二つの影が飛び立った。


 それは星の少女が搭乗する機体と同型——二機の異なるカラーリングを纏った〈ドレッドノート〉であった。

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