第43話 支える者、魔剣の少女

「感謝とお礼、か。ふふっ……らしくなかったかな?」


 車窓に広がる英国の空を見つめながら独りごちる私。

 天空に広がる守りの盾は、蒼き空の色を歪めただ沈黙を貫いている。

 唇に指を当てた今更ながらに紅潮した頬が窓に映り……けれど自分の驚くほどの成長に感嘆を覚えていた。


 これまで重すぎる業を一人で背負って来た私は、いつしか自分だけが不幸の最中にあると言う錯覚に陥っていたのだろう。

 それを彼が——界吏かいり君が教えてくれた。


如何いかがなされましたか?シエラ様。」


「いえ……何でもないわ、シャルージェ。」


「そうですか?とても幸せそうなお顔でした故、良い事があったのかと……。」


 魔剣の名。

 アロンダイトの名を頂く彼女は、いにしえの時代より騎士会ラウンズに於ける剣としての命を受け生み出されたガイノイドと聞き及ぶ。

 背丈は私からも頭半分は小さな少女だが……その両太腿に備えた二対の光量子剣——フォトン・ヴィブレードソードは健在の様だ。


 その生まれを見るだけでも、彼女の立ち位置はあのアイリスの様な星霊姫ドールに近い存在と言える。


 全く——こんなにも近くにアイリスに似た存在がいたと言うのに、騎士会ラウンズと距離を取っていたためにそれを知る事が出来なかったなんて。

 アイリスを道具の様に扱っていた自分が恥ずかしくなる。

 ああ、違うな……界吏かいり君からすればその道具にさえ心が宿るのだったか。


 アイリスが道具と言う事ではない——オルディウスの様な、戦うために生まれた機動兵装ですらも魂が宿ると……それが彼の口にする持論だった。


 そう思考していた私を見やるシャルージェは、言葉にはしないが「やはり幸せそうです。」と視線に込めて来る。

 どうやら今の私は、思考が界吏かいり君の事で一杯になっている様だ。

 我ながら不謹慎だなと嘆息が漏れ出す。


 同時に——

 もし今の私をどう思ってくれただろうと考えていた。

 界吏かいり君の言う様に、アリスが私の事を今も友人と思ってくれているならば……今までの私をどう思っただろう——

 英国統一防衛軍出向として……マスターテリオンの監視役として彼女の前に立ち——古代技術独占と同義とも言える技術管理移譲を強要した私を。


 もう……意識の片隅にその言葉は浮かんでいた。

 今の私がアリスにどの様な言葉をかけ、技術移譲を持ちかければいいか——


 BMWの後部座席。

 隣り合うシャルージェの、羨望の眼差しを受けていた私。

 その聴覚を一つの警告音が貫いた。


 自身としては想定済み。

 だからこそ界吏かいり君とアイリスを始めとしたマスターテリオンの皆へ、帰るべき場所を任せて来たんだ。


 しかしその警告音が示す危機は、——即ち……叩き付けて来たんだ。


『少佐……聞こえますか少佐!こちらユイレン……現在マスターテリオンは邪神勢力の……旧神ノーデンス率いる大軍勢の猛攻を受けています!小——』


「ユイレンっ!?大……軍勢、そんな——」


 弾かれた様に車窓へ視線を飛ばした私が見た物は……ヒュペルボレオスが存在する海域上空を覆う暗雲。

 ——


「……なん、と……いう事。ユイレン……あなた達は大丈夫なのですか!?ユイレン!!?」


 携帯端末へ叫ぶ私を嘲笑う様に通信へ雑音が混じり込み、天空より降り注ぐ暗雲と見紛う数の邪神勢力が視界の先……遥かなケルト海域を占拠する。


「急ぎます、少佐!掴まっていて——」


 直後、レベント少尉が火急と察し速やかにBMWのエンジンへ鞭を入れようとしたその時……加速どころか車体が真横を向いて急停車した。


「レベント少尉、一体——くっ!?」


 私の投げた言葉が終わる前に炸裂した轟音。

 車体が停車した目と鼻の先が爆風と粉塵に包まれ——

 いつの間にか周囲を囲む影を視認した私の記憶が、絶体絶命を突き付けて来た。


「いいかっ!シエラを殺せっ!我らを裏切った女に容赦など必要はない!」


「あれは、反古代技術保護機関アンチ・テクノロジスタっっ!こんな時に……!」


 嫌と言う程に見慣れてしまった、忌まわしき文字の羅列を刻む戦闘服。

 忘れもしない——

 ギリリと歯噛みした私の視界で車のドアを開け放つ彼女が——魔剣アロンダイトの名を頂く少女が躍り出た。


「行ってくださいませ、シエラ様!この様の時にこそ私が同行した所存——あなたへ指一本触れさせは致しません!さあ、早く!!」


「シャルージェ!?……いいですか、必ず戻りなさい!」


「仰せのままに……!」


 一見すればメイド服を着た侍女の姿の彼女。

 唐突に現れた場違い感を醸し出す彼女の姿は、忌まわしき者共の油断を誘うには充分だった。


「おいっ!?なんだこのメイド女は!こいつもシエラと共々あの世へ――」


 戦闘員の一人が野卑た笑みでAK47を構え、メイド服を凛々しく揺らすシャルージェを罵倒した刹那――

 振り抜かれた二対の光量子フォトンの刃が男の胴を真っ二つに分断した。



§ § §



「チャップマンっ!?……このアマ――気を付けろっ!こいつは戦闘用の操り人形のたぐいだ!油断すると命を持っていかれるぞっ!」


 野卑やひた笑みを浮かべた戦闘員は、閃光の如く襲来した光量子の刃フォトン・ヴィブレードソードを避ける事も出来ずに絶命した。

 疾風が舞い躍ったと思えば魔剣のメイド嬢シャルージェがメイド服を靡かせ凛々しく立ちはだかる。

 ヒラリと舞い上がったスカート下――陶磁器の様な肌の太腿に巻かれたベルトホルダーは、二対の刃を放つ機械筒を収納するためのそれだ。


 そのまま視線を黒塗りの要塞BMWを駆る移送担当少尉レベントへ送ると、応じた少尉がアクセルを踏み込み……激しいタイヤスキールを撒き散らしながら罪超えし少佐シエラの目指す場所へと走り去る。


 状況を一瞥した魔剣のメイド嬢は、再び不逞の輩共を睨め付け咆哮を上げた。

 円卓に準える騎士の如く。

 ガウエィン家の跡継ぎである少佐への一心の忠義を見せるが如く。


「愚かなる不逞の輩共!汝らはここから一歩も先に進む事はまかりならぬ!」


「我は魔剣!我が名はシャルージェ・アロンダイト!ランスロット家が誇る最強の剣にして、その盟友ガウェイン家守護を言い渡されし者なり!」


「クソがっ!たかが人形風情が、邪魔をしてくれる!お前ら別動隊を出せ、すぐにあの車を――」


まかりならぬと言ったはずだっ!」


 放たれた名乗りすらもうとましいと、不逞の輩を纏める隊長は別動隊を用立てる指示を出さんとした。

 が――

 それは最初から不可能であったとばかりに魔剣のメイド嬢の剣閃が舞い……メイド嬢へと威嚇射撃をばら撒きつつ指示を受け動いた不逞共が、次々その体躯へ放たれた飛ぶ斬撃で卒倒していく。


「何してやがる!距離を取れ、物陰を利用しろっ!そいつは人外の化け物だ……まともに張り合うんじゃねぇ!」


 隊長格の男ががなり、漸く対応する不逞の輩共。

 距離を空けた物陰より自動小銃の弾雨をばら撒いた。

 と……その弾雨をかいくぐる影がP90を構えて猛進。

 察知した魔剣のメイド嬢も弾雨を払いつつ、片側の光量子の刃フォトン・ヴィブレードソードを猛追する影へと突き付けた。


「人ならざる者同士……手合わせ願おうか?」


「お前は……!?まさか——」


 振るう光量子の刃フォトン・ヴィブレードソードの切っ先を寸でで逸らし、メイド嬢のふところを脅かすのは双眸を鮮血の如き紅に染める男——おおよそ人間とは思えぬ身体能力で人ならざるメイド嬢を強襲した。

 ゼロ距離で突き付けられるP90を膝蹴りで上に弾くメイド嬢は間合いを取り、睨め付ける双眸を男へと叩き付ける。


 彼女が知り得る男の正体を口走りながら——


「この様な場で出くわすとは想像していませんでした!我らが騎士家の宿敵……闇夜を生きる者の高位到達者——光を歩く眷属ハイ・デイライト・ウォーカー 吸血鬼の真相よっ! 」


「ふっ……悪いがそれは一部間違いだ。我らは所詮……我らを従える者は。」


 光量子の刃フォトン・ヴィブレードソードを前にし、銃による近接打撃すらもこなす吸血鬼と呼ばれた男。

 ふところより取り出すハンドガン〈ブラド・ブラッド〉と合わせて魔剣と呼ばれた少女と立ち回る。


「我ら吸血鬼すらも統べしは、天楼の魔界セフィロトに在りし魔王アルベルト猊下。そして俺はその使の存在……シューディゲル・ファーケンと覚えて頂こう!」


 円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ機関はいにしえより三神守護宗家と神の御剣ジューダス・ブレイド機関に並ぶ対魔討滅機関。

 その彼らが相手取った存在は……闇夜に生きし魔を統べる者達——吸血鬼ヴァンパイア一族である。

 しかし男は語った。

 その吸血鬼ヴァンパイアすらも支配下に収めし者は天楼にあると。


 それこそが、伝説上の神族に匹敵する数多の魔王らが君臨する世界——天楼の魔界セフィロトと称された歴史上からも姿を消された世界であったのだ。

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