第40話 大戦の前の静けさ
シエラさんが英国へ向かった少し後。
俺はアイリスを連れて大格納庫へと足を向けていた。
彼女に向けて大口を叩いた俺は、それだけの事を為さねばと意気込んだ様に通路を進む。
が——
そんな俺の前に立ちはだかったのは……どこからかあの事件の噂を聞きつけたオペレーター三人娘である。
「ちょっと、草薙さん!いったいシエラ少佐と何があったんですか!?」
「……いや、つかお前ら何の事を——」
「フッフッフッ……
「——って事で、何処まで行ったんですか?A?B?ま……まさか——」
「くっ……お前らの情報網を甘く見てたよ!言わせて貰うが、お前らの血走った目の方が邪神よりよっぽど恐ろしいからな!?」
何が理由……ってのは、俺自身もちと恥ずかしくて口にはしたくはないが——
端的に言えば、シエラさんが出かけ様に俺へ送った贈り物。
まあ、アレを奪われた事に他ならなかった。
自身も一瞬何が起きたか分からないトンでも事件。
しかしそれが、どこでどう尾ひれが拡大したかは知らないが——結果一番そのネタに食いつきそうな三人娘に絡まれた次第である。
あの真面目系なユイレンまでもが食いついて来る始末……すでに嫌な汗しか浮かばなくなっていた。
とか思考していると、大格納庫からさらなる脅威が強襲する事となり——
「うおおおっっ!草薙さん、
「事もあろうかあの、ツンツンお高いと噂に名高き超クール美人な少佐とだなんて!――硬派なあんたはどこに行ったっすか!?」
「裏切るも何も――つか抱きつくな!鼻水……鼻水をなすりつけるな!?」
整備Tでも女いない歴イコール年齢な機関員らが、涙と鼻水を
全く——騒々しいったらありゃしない。
「わ……私は何も見ていません!マスターの霰もない姿など……ええ、見ていませんとも!」
「って、アイリス!?その表現はおかしいからな!?余計な妄想を広げる様な解釈は——」
折角あの事態から落ち着きを取り戻していたアイリスまでもが、煽られて訳の分からない解釈を口走り——
すでに収拾のつかなくなった俺達へ……背筋を凍らせる様な言葉が降りかかった。
「あんだぁ?そんなに夜の相手が欲しいのか、オメェら。だったらあたしに、地獄の底まで付き合わせてやんぜ?ケケケッ——」
「言っとくが、あたしは相手が男だろうが女だろうが関係ねぇ。さあ、最初の相手は誰が勤めてくれるのかなぁ?」
響く声は残念チーフ。
そしてそこに含まれる男も女も見境なしとの危険なカミングアウトが、整備員どころか三人娘すらも凍り付かせた。
「……わ、私達はオペレートのチェックがあるので——ほら、二人とも行くわよ!」
「「そ……そそそ、そうだったーーーっ!いやーーー残念だーーー!」」
「おお、俺達もそういや、騎士さんの天使受け入れの準備があったんだ!では、失礼しやすっ!!」
凍り付く表情のまま、クモの子を散らす様に立ち去る野次馬機関員。
それを尻目にニヤリと口角を上げた残念チーフが告げて来た。
「……流石だな救世の当主さんはよ。いつの間にやら機関の人気者か?」
「はぁ……助かったぜ、バーミキュラチーフ。俺も事がこんなに広がるとは——奴らの能天気さ度合いを侮ってたぜ。」
「構いやしねぇさ……ケケッ。まあそれは兎も角、嬢ちゃんがあそこまで変われたのは少なくともテメェがここに来てから——」
「それまでの嬢ちゃんは、あたしですら胃が痛くなるほどに思い詰めてたからな。それにテメェが貰ったキスは、あの子の人生を変えるほどに価値があるもんだ。胸を張れ、当主さんよ。」
「改めてそれを口にされると恥ずかしいんだが?それにあんたの口からそんな言葉が出る方が……いや、止めとくわ(汗)。」
場を沈めた残念チーフがまさかのシエラさんへのフォローを見せ、勢い余ってキスの事まで零すもんだから……思わず突っ込みそうになるも寒気のする視線で言葉を
機関員はともかく、純粋さと本質を見抜くのが常のアイリスは胸をなでおろす様にチーフへ頭を下げ謝意を見せていた。
そこまではいつもの機関でありふれた空気。
少しの間を置き——残念チーフの表情が、裏方で機関を支えるメカニック兼研究者としての表情へと移り変わる。
それを察した俺も冗談を排除しての受け答えへと移行した。
「話は変わるが……
「……ああ。未だその本質は見えないけど——次はそれなりに本気を出して来ると……俺はそう見ている。」
「それなり……かよ。ケケケッ……そいつぁかなりマズイな。あの軍勢を相手取ってこのザマのヒュペルボレオスとしちゃ、次は相当の被害を覚悟しなけりゃならねぇ。」
やはり彼女は腐っても研究者——俺が濁した言葉の本質を見事に突いて来る。
そのキレっぷりと氷の様な冷静さこそが、今まで機関の被害を最小に食い止めて来た手腕と……語られる言葉だけで悟ってしまう。
ならばこそ俺は、彼女にも誠心誠意で事を頼む必要がある。
今後機関を襲うであろう絶対絶命の時の、最後の支えとして——
「バーミキュラ整備チーフ。もし機関に非常事態が訪れた時は、俺も全てを無事に守りきる保証が無い。俺がどれだけ退魔の技を駆使しようと、相手は神なる存在——」
「人類が
シエラさんへ大口は叩いた。
だがそれが一人で成せる物では無いことも理解している。
それこそあの燃え女と爆風娘が最初から本気を出し……
そうなれば守るべき背後のこの機関——シエラさんが帰るべき場所を失い……そして地球は滅亡待った無しだ。
そう考えれば、形振りなんて構ってはいられなかったんだ。
その思いで
「なるほど……ケケケッ。こりゃあの少佐が落とされるのも無理はねぇな。
「テメェらの背はあたしに任せな。どの道、上位邪神生命をガチで相手取れるのがテメェらしかいねぇってんなら……それを支えんのもあたしらの仕事だ。」
ヒラヒラと手を振り研究区画へと消える残念チーフを見送ると、隣で俺の言葉に聞き入っていたアイリスと頷き合い……襲う事態への備えであるオルディウス調整にようやく向かう俺達であった。
§ § §
邪神の被害を受けた英国はコーンウォール空港。
仮修繕の中、
先の送迎に使用された
さらにそこへ、あの
「度々の送迎、痛み入ります。レベント——あなた……シャルージェ?」
だが……驚愕を覚えていたのは、魔剣のメイド嬢も同様であった。
「……!?ガウェイン卿……見違えました。よもやあなた様がこれほどに澄み渡る双眸を手にしたのはいつぶりか——」
「シャルージェ、その名は過去の物です。今の私にお家を継げる様な価値などありません。ありませんが——」
「今の私でも、守る物ぐらいは手にしたつもりです。ですから、これからはシエラの名でお願いしますね?」
魔剣のメイド嬢が見違えたと言葉にした様に、贖罪を果たす事に駆られた当時からは想像すら出来ぬ凛々しさと……柔らかな双眸を湛えた少佐。
メイド嬢をして、改めて
「ではレベント少尉……今一度の送迎よろしくお願いします。」
「
そして
その蒼き大地の天空へ……想定を遥かに上回る邪神の大軍勢が忍び寄っている事態にも気付かぬままに——
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