第39話 誰もの決意は研ぎ澄まされて
「わざわざのお出迎え、感謝に尽きません司祭殿。オリエル・エルハンド……帰還致しました。」
「礼などには及ばんよ……よくぞ生きて戻ってくれた。君が邪神の浸蝕を受けたと聞いた時にはよもやと肝を冷やしたが――」
「むしろ我らジューダス・ブレイドは、彼らマスターテリオン機関に多大なる感謝を贈りたいくらいだ。」
憂う事態から帰還した聖霊騎士の手を取り安堵する司祭の男性。
機関としても、それが誇る最強の一角を失うのは魔に対する最大の守りを失うと同義――何より騎士へ家族として接する機関からすれば、家族を失う事にも繋がるのだ。
帰るべき場所で家族の
すぐさま騎士を引き連れ機関中枢へと足を向けた。
その先——
ヴァチカンの有する神殿の奥にある大部屋の扉を
そこに鎮座する、ヴァチカン本局より訪れた影に気付いた騎士が畏った。
「この度は私めの要請を受諾頂き感謝致します……暗部統括官・
「皆まで言わずとも良い……エルハンド。貴君は我らヴァチカンに於ける影の支え……世界の表舞台に立てぬ貴君が、どれ程世界の守護に貢献してくれているかは言うに及ばず——」
「その貴君への援助を、我らヴァチカンが惜しむなど以ての外であるぞ?
座する初老の男性は小柄であるが、大らかなる器が端々へ滲み出る。
視線には己が我が子を見る様な親心が込められていた。
にこやかさはそのままに……初老の
生まれは悲劇であるも——まさに今、正しき門出を踏み出さんとする聖霊騎士の背を押す様に。
「退魔討滅を担う
「これより訪れるこの地球の危機に対し、彼ら機関との協力の元……見事世界を救済して見せるのである。貴君に主の偉大なる加護があらん事を——エイメン。」
「エイメン……。オリエル・エルハンド——確かにその命、承りました。」
程なく——出向の最終準備のためにその大部屋を後にした。
「世界を……未来を頼むのである。輝ける希望の使徒よ。」
主への祈りと未来を背負う騎士への羨望を、天空を見上げる様に送った初老の枢機卿は……未来ある明日が訪れる様ただ一心に——
願いを込め双眸を閉じたのだった。
§ § §
「どうしたんだ?シエラさん。急に俺を呼び出すなんて。」
「ああ、ごめんなさい。少し……話しておきたい事があって。」
あのエルハンド卿への勧誘に成功した日より、少し経った夜の事。
私は諸々のケジメと彼を呼び出していた。
邪神襲来の気配が無いとは言え、予断を許さない現状——故に今を置いて他にはないと踏み切った。
最初は私との会話の度に嫌悪からか眉根を寄せていた彼も、今では当たり前の様に接してくれ……聞き及ぶ彼が宿した超常の力ですでに私の表象を知った上での対応と思考していた。
現に——
「構わねぇけど、シエラさんも根を詰め過ぎんなよ?皆あんたの事を心配してくれてるんだ……。俺も出来ることなら協力するから——」
「ふふっ……。」
「……って、何で今笑ったよ(汗)」
「いえ、悪気はないわ。
そんな彼との会話は今までの自分が嘘の様に、スラスラと言葉が浮かび……気付けば気兼ねない友人と話す様に変化していたのを自覚していた。
だからこその今。
彼を心から信頼できると自分が思えるからこそ、それを口にする。
私の——本当の意味での贖罪を果たすために。
「私は先のアリスとの会談で、ほぼ問答無用の門前払い同様で追い返されました。」
「……はぁ。オリエルと言い、シエラさんと言い——俺はお悩み相談所の職員でもなんでもないぜ?」
苦笑を漏らす彼も、それは冗談だと視線で訴えて来る。
それを見る限り彼自身は……私であれあの聖霊騎士であれ——表層意識で事をあらかた察そうとも個人が自ら発する発言を重んじる。
そんな
そう思考するからこそ私は彼へ……前に進むための大切なキッカケとなる言葉を紡いだんだ。
「けれど……今後激化する邪神との戦いを乗り越えるためには、なんとしてもアリスの力添えを取り付けなければマスターテリオン機関の——」
「私を案じてくれる家族皆が、命の危険に晒される。だから私はもう一度——彼女の元へと赴き……力添えを頼み込んでみようと思います。」
そこまでを聞き届けた彼の双眸が僅かに見開き——
そして静かに閉じた後、私も全く思考しえなかった言葉が放たれた。
「そうかい……。
「友人として、彼女の前にシエラさんが赴いてくれるのを待ってるかも知れないぜ?」
「……!?アリスが、私を……——」
放たれた言葉は私の脳裏へ閃きを呼ぶ。
贖罪を果たす事に心を奪われていた自分では、決して到達出来なかったその解を……彼の言葉は
ずっと彼女に恨まれている……失望されているとさえ思い込んでいた私を——その言葉が救ってくれた。
彼が私を……闇の底から救い出す様に——
語られた言葉の意味を噛みしめる様に、僅かの沈黙を経た私。
心を覆っていた闇が霧散したのを感じたその身で、彼へと告げる。
私の前に現れた……人類と——そして私を救済せんとする草薙家 表門当主へと。
「
「ああ、了解だ!その間邪神が万一襲来しようと、シエラさんは自分が成すべき事を成してくれ。今はオリエルの協力もある——」
「それで邪神を屠れるほど甘くないのは百も承知——だがきっと、シエラさんの帰る場所を守り抜いてみせる。アイリスと……機関の家族と共にな!」
見開く双眸へ頼れる気概を
気が付けば全てを託す様に、彼の引き締まる胸元へと顔を埋めていた。
それは目尻に浮かんだ雫を見せまいとする……過去に
§ § §
大西洋を朝日が照らすか否かの時間。
もう一度、かの観測者であるアリスより蒼き星防衛に足る力移譲を取り付けるため。
だが……今までの焦燥と孤独に蝕まれた彼女はもうそこにはいなかった。
「では
「皆まで言う必要はない。君が決めた事だ……胸を張り
「シエラ様、私とマスター ——そして騎士様にヒュペルボレオスの皆さんにお任せ下さい!今のシエラ様は決して一人ではありません!」
「ありがとう、アイリス。あなたを信頼します。」
大通路からヘリポートへと至る出口へ、
それはただ見送る面持ちでは無い……罪に駆られた少佐が、新たな一歩を踏み出すその背を送り出すためである。
すでに人ならざる少女を大切な友人として扱う少佐は、その
それを見届ける様に、少佐が今より進む道へと視線を向けていた救世の当主は——振り向きざまに……当主すらも想定していなかった贈り物を少佐より貰い受ける事になった。
「今のシエラさんならきっと大丈夫。アリスはきっと力を貸してくれるさ。だか——っ!?」
「……。これは私を救ってくれた事への感謝とお礼です。じゃあ、
不意打ちにて救世の当主の口元を襲ったのは、甘く香る吐息と柔らかな感触。
目にした人ならざる少女も頬を紅潮させて双眸を手で覆った。
盾の局長に至っては「若いな……。」との意味深な言葉を漏らし——
一行を尻目に
程なく輸送ヘリに搭乗した少佐は英国本土へと進路を取る。
そして遥かなる天空。
誰も知らぬ次元の狭間でまた一つ……輝くトラペゾヘドロンが組み上がって行く——
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