第27話 訪れる一時は、狂気舞う嵐の前の静寂
機関は実質英国本土より離れた孤島でもあり……施設機関員としても、地球防衛のための研究に根を詰め過ぎれば任務にも支障を来たす事情が存在する。
それを踏まえて、
――早い話が、イッツ・パーリィーである。
「あー、皆……急な催し開催で申し訳ないが――今の段階を逃せばいつになるかが分からないと思ってね――」
「急遽このヒュペルボレオス機関員への慰労パーティーを始めたいと思う!飲み物は行き渡ったか!?行き渡ったら乾杯だ!」
「「「「かんぱーーい!」」」」
言うに及ばず先の
二時間ほど後にずらしての開催は、罪に舞う少佐帰還も考慮した時間設定でもある。
局長
大ホールでは
急遽催されたイベントの簡易バイキングにも関わらず、絶品軽食料理で迅速な対応を見せていた。
「うひょーーっ!待ちに待ったスイーツタイムーー!あたしスコーンとイートンメス貰いっ!」
「て言うか、何故スイーツが先に来る?まずは食事でしょ?それはさて置き、私は紅茶紅茶……カモミールを頂こっと。そしてメインは……英国料理以外ね。」
大ホールに広がるテーブル群に並べ立てられるは、英国の代表的な料理やスイーツを始めとする各国のバイキング形式に仕立てられた料理の数々。
……のだが英国の家庭料理でもあるそれを置き去りにする様に、オペレーター娘二人はデザートや他国の軽食に走り——
「ああ、このバイキング形式がまた好きなんすよ!色んな国々の料理を準備してくれるから——こんな時にしか食べられない真の中華大国料理……この辛さが堪らない!」
「おいテメェ……それ食うのは勝手だがな——ニンニク臭いままで研究室に来んなよ?そんときゃアタシがテメェを料理してやんぜ?ケケケッ!」
「も……もちろんそれは心得てますって~~(汗)」
アジア系料理に舌鼓を打つ意外なグルメぶりを見せ付ける
その中にあって、訪れる惨状に紛れる
だがそれは食を前に荒ぶるオペレーター娘や、残念チーフらの行動に対するものでは無く——たった一つ二つの料理を見てのものである。
そして——嫌な汗に塗れながら
「おい……ここにはそれなりに腕のあるシェフがいるって話じゃないのか?それが何でこの食のそそるバイキングの席にかの料理——マズイの代名詞でもあるスターゲイジーパイと、うなぎのゼリーが並んでんだよ……。」
冷や汗と脂汗が入り混じる当主が口にした言葉は紛れも無く二つの異様な料理——英国出身の者であれば、さして思う所もないであろう
しかし日本を生まれに持つ救世の当主にとっては異形その物。
言うなれば——バイキングの食事時にさえ異形の邪神が襲来したかの錯覚を覚える様な悲劇が、当主の視界を脅かしていたのだ。
「マスター……これは何かとてつもない危険を感じるのですが(汗)この、確か地球の生命で言う所のお魚の頭が突き刺さった名状し難いパイの様な物は一体——」
「やめろアイリス。それ以上口を開かない方がいいぜ?その名をそれ以上口にしたならば、冒涜的なる狂気と絶望が襲い掛かる事となる……。」
主に嫌な方向へ共感してか……人ならざる少女までもがその異形の料理へ警戒を顕とする。
と、それを見やる機関員の一部――中でも無駄にお祭り騒ぎへ悪乗りする整備員が、驚愕の言葉を言い放った。
「フッフッフッ……それはアレですよ草薙さん。そんな物が混じっているとなればアレしかないじゃないですか。」
「アレじゃ分かんねぇだろ(汗)言葉にしろよ。」
「それはですね――度胸だめしですよ!」
「ぶっっ!!?ちょ――ちょっと待て!?まさかそいつぁ俺が参加する事前提じゃないだろうな!?」
「ケケッ!何だ?救生の当主様は邪神を
「……くっ、この残念チーフ――悪乗りに便乗しやがって(汗)上等じゃねぇか――」
衝撃過ぎる展開も邪神の下りを出された救生の当主は、遂に腹を括った宣言を叩き付ける。
噴出し滴る脂汗で、ホール床を濡らしながら――
「俺が最初にこいつを食してやんぜ!テメェら……俺と勝負したい奴はその後に続けっ!!」
「「「「うおおおおっっ!マジでやる気だ!」」」」
まさかの先駆け宣言に大ホールが沸き立った。
救生の当主としては長く英国で悠々自適が染み付いていたはずである――が……言うに及ばず、それは宗家内の仕来りへの不満から来るものである。
そんな当主にとってこの機関内の悪乗りが過ぎる雰囲気は……むしろ宗家の堅苦しい空気など忘却させるほどの、新鮮なる風の様に感じていた。
だからであろう――そんな悪乗りへとあえて名乗りを上げたのは。
彼でさえこの対邪神防衛機関へと訪れた事で、秘めたる心持ちが変わり始めていたのだ。
そしてついに当主はその手をかのマズイで定評の料理……中でもその代表格であるうなぎゼリーに手を掛けようとし――
そこへまさかのハードルを上げる様な言葉が、まさかまさかの盾の局長から告げられる事となる。
「あー
瞬間――救生の当主どころか、すでにどんちゃん騒ぎと化していた場の皆までが凍りついた。
うなぎゼリーとは……英国人の誰もが上手いなどとのたまい食す事で有名であるが――彼等は調理前には味付けを殆ど行わず、料理後に調味料で好みの味へと変える伝統がある。
即ち、調味料を抜いたとあればそのうなぎゼリーは――申し訳程度な塩味のうなぎを内包する、ただの生臭いゼラチン質へと変貌するのだ。
正しく冒涜的なる料理の食し方である。
「……なんでハードル上げてんだよ、叔父さん(汗)くそ――行ってやるよ、ちくしょうっっ!!」
遂に救生の当主が吼えた。
激上げされたハードルのままに、うなぎゼリーをスプーンで
――刹那。
当主の口の中へ広がったのは、茹で上げただけの生臭いうなぎ臭と……何とも言い難いただのゼラチンの食感。
そして只管に――舌の上でここぞと自己主張してくる塩化ナトリウム。
「……まっず――」
救生の当主が……口元を押さえて
噴出す脂汗が尋常ならざる状態となり青ざめる姿――隣り合った惨状を目にする人ならざる少女もわたわたと挙動不審に陥った。
豪語した手前吐き出すまいと必至に取り繕うも、飲み込む傍から戻しそうになっていた。
凍り付いた場の面々が当主の安否を気遣う言葉を口にし出した矢先――
申し合わせた様に大ホールの扉が排圧を伴い開け放たれると……今しがた
「……あなた達は何をやっているの……。」
視界に飛び込んだ当主のもんどりうつ姿に、ほんの僅かな嘆息を洩らした少佐。
けれど驚くほど自然に、そのバイキング会場へと溶け込んで行く少佐の姿がそこにあった。
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