第26話 英国の名門、円卓の騎士会機関
人的被害は皆無とも言えたそこは、施設的な被害を大きく受け——その対応として……機関の本体でもある英国の名門
すでに動く機関私設部隊の迅速なる対応は、それが功を奏した形でもある。
「こちらの手落ちで被害を出してしまい申し訳ありません!以後、英国本土への被害減少をヒュペルボレオスでも対応中に付き……今はご協力お願いします!」
「……いえ、滅相もありません!こちらも、アーサー卿からの指示を受けたからこその行うべき任です!ですが、お気遣い感謝致します!」
移送ヘリがホバリングによる風を撒く中、慌ただしく対応に走る部隊員を気遣うように声を張り上げた少佐——が……声を掛けられた部隊員が一瞬戸惑いを見せつつ謝意を返す。
それは
確かにそれはぎこちなさを伴ってはいる——いるがそれは、変わり始めた罪に舞う少佐が知らず知らずに取っていた行動故である。
それは未だその行為を、己が意思を以って行えぬ少佐の未熟でもあり……しかし同時に前に進まんとする
「お待ちしておりました少佐。当方は英国統一防衛軍所属のアウジー・レベント少尉であります。こちらで騎士会へとお送りしますので。」
「ご苦労様です、レベント少尉。……何か?」
「いえ……ではこちらへ。」
その送迎の男性でさえも、少佐の細やかな変貌には僅かに驚愕を覚え……しかし多くは語らず少佐を後部座席へと誘導する。
そして幾ばくかの時を送迎車に揺られる罪に舞う少佐。
次第に視界へ広がるのは、広大な敷地を埋め尽くす私有林と思しき自然の情景。
左右で後方へ流れる景色を見やる罪に舞う少佐は、決意と憂鬱とが交わる複雑な表情で思考を揺らしていた。
「(彼女を機関へと預けてからどれ程の時が経っただろう。聞く所ではすでに生命活動には支障もないと言うけれど——彼女と言う存在の問題はそこじゃない。)」
「(観測者の能力の源泉である
思考には朧げながらに記憶する、観測者の少女の有していた神格存在たる証——別名を〈輝くトラペゾヘドロン〉と呼称される、かのネクロミノコンにも記される神世の物質の詳細である。
罪に舞う少佐が
組織が元観測者からその証たる物の抽出に成功した時点では、該当するはずの物質がただの鉱物の塊に変貌していたとも確認していた。
組織でも最初からそんなものは無かっただのと、
程なく私有林の先の開けた空間より眩い光が差し……突如として現れたかの左右対称の建物が少佐の眼に飛び込んだ。
その玄関口とも言える場所には、厳重に管理された装飾仕立ての門を有し……左右へ黒服に身を包んだSPと思しき者が仁王立ち――
訪れた
移送を受け持った
「では少佐、私はこちらでお待ちしておりますが……何かあればご連絡下さい。」
「ありがとう、レベント少尉。ではそちらの方々……ご案内よろしくお願いします。」
もう一方のSPと首肯しあうと装飾仕立ての門を開け放つ。
罪に舞う少佐もそれに続き、
§ § §
ここの門を潜るだけでいったいどれだけの勇気を振り絞っただろう。
足を進める度に過去の惨劇がこの身を貫く。
私が全てを知った時は、その惨劇直後——救うはずだった人間を形取る少女は肉体再生を始めてはいたけど、すでに観測者の力を抜き取られ哀れな肢体を晒していた。
それを見る
淡々と研究を続ける研究員とその野卑たる構成員……それらにより哀れな少女が、再生する肉体のままシリンダーから引き摺る様に運び出される姿は異様その物だった。
同時に——
それを視界に捉えた私の心に宿ったのは……視界が暗転するほどに噴き上がる憤怒と憎悪。
眼前のそれが人間であるはずなのに、すでに私はそれらを人間と判別出来なかった。
己が欲望だけを満たさんとするそれらを……自分と同じ人間になど見る事は出来なかったんだ——
「こちらでお待ち下さい、シュテンリヒ少佐。——アーサー卿、シュテンリヒ少佐がお見えです。」
『ああ、扉は開いている。お通しし給え。』
英国の歴史が詰まった西洋作りの屋敷は、一種の文化遺産レベルで高貴なる姿を残している。
この建物は代々
けれどそれも昔……すでに時代の流れに逆らえぬお家は次々と貴族の地位を放棄し——いつしか
何も知らない頃の私はそう思っていたんだ。
入室許可が降りた私は両開きの重厚な扉に手を掛けた。
そこで思考するのは「声はかけてもくれないか……」と言う諦め。
扉の先には間違いなく私が救わんとした少女……本来であれば観測者を頂く大いなる存在とされたはずの私の大切な友人【アリス】がいる。
けれど……彼女からの言葉は欠片も聞こえず——彼女を支え、現在
同時に私は、未だ彼女に許されていないと——自分勝手な妄想に
「ようこそシュテンリヒ少佐、此度はどの様な御用でしょうか?」
「どの様なも何も……私は英国軍からのヒュペルボレオス出向の身。英国軍主導により、古代技術使用に於ける許可承認のために訪れた次第です。」
「すでに邪神による襲撃が実行に移された以上、我ら人類に残された猶予は無いと……。故に早々の技術使用許可を頂きたい。」
諦めの気持ちはさらに高くなる。
かつて
そんな存在へ突き付けるのは、英国軍と言う権力に任せた技術使用権の譲渡要請——正しく恩を仇で返す様な仕打ちだ。
私の言葉を聞き届けたアーサー卿も変えぬ表情のままこちらを一瞥。
そして視線を、重々しいデスク向こうのソファーへ腰掛ける影へと投げた。
卿の行動を見るまでもなく、そこへ誰が座すかを悟る私も僅かの希望に
そして——
ほんの数秒が数日にも思えた私の聴覚を……諦めを確定させる様な言葉が貫いた。
「立ち去りなさい、英国軍の少佐を名乗る者よ。人類の国家軍属に堕ちた者如きの言葉で……古の技術使用が叶うなど、今後一切考えぬ様努めなさい。」
名前ですら呼ばれぬ私は——問答など無用と追い返される事となったのだ。
§ § §
「このままでよろしいのですか?アリス様。」
訪れた
憂う双眸の
気遣う様に……支える様に——
「今彼女は変わりつつあります。良き出会いがそれを支えんと、輝き始めてもいます。だから私はその時を待たねばなりません。」
「私と言う存在を命懸けで助け出さんとした、この時代での最初のお友達。シエラが、友人として協力依頼してくれるその時を——」
そして語る神格存在であった少女は、己が発した友人を突き放す様な言葉に苛まれ——
後悔に満ちた雫でその頬を濡らしていた。
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