第25話 黄衣の王、ハスター

「クルリ、クルリと風が舞う。ヒラリ、ヒラリと命が消え飛ぶ。」


 宇宙と言う空間は誕生以来最も小さき素粒子が慌しく、生まれては消え行き揺らめく世界。

 そこに大気と言う存在は無く――だがそこを吹き抜ける光量子フォトンの本流の力を受け、眩いおうを纏う影が異形の頭部へ腰掛ける。


「よもや人類が、ここまで地球を蔑ろにするとは想像だにしなかったよ。文明の発展?笑わせてくれるね。」


「そこに生み落とされる影を放置した結果がこのザマだ。利点と不利点が共存しあうのは宇宙の摂理……エネルギー保存の法則に従えば、影への対処を怠り進化を進めるのは愚の骨頂――」


 口にするのは人類への憂いと失望。

 そこに観測者と言われる存在が持つべき本質をチラつかせる。

 観測者を名乗る存在は、元来人類の導き手であり監視者である。

 故にその成長と発展を喜び尊ぶものである。


 だが――

 黄衣の王ハスターは眉根を顰めて独りごちる。

 人類が、地球のあらゆる生命を導き守護する先導者として与えられた責務を蔑ろにし――果てはそれらを蝕むガン細胞と化している現実を。


「その事に今だ気付かぬず……それどころか、互いの利権会得や思想の対立に基づく争いばかりを推し進めている。その傲慢がアリスの力剥奪へと繋がったんだよ?虫けら諸君。」


 憂う黄依の王は嘆きと供に、狂気をばら撒いた。

 量子論的なる騒がしき真空へ……暴風の如き光量子エネルギーを撒き散らしながら。


「ああ、クトゥグアと供に地球へ降りる瞬間が楽しみだよ。苦しみたる地球へ安らぎを……そしてそれを蝕む人類には制裁を――」


 人類との接敵の瞬間を待ち侘びる様に――

 黄衣の王は巨大なる風の異形と一体と化していった。



§ § §



 炎の邪神クトゥグア襲来も、再び防衛を成した私達。

 導かれた結末はいささか煮えきらぬ状況を生んでいたが、それでも邪神を退けた事には変わりなく――今後のヒュペルボレオス防備増強のため……再び研究区画へと私は足を運んでいた。


「ケケッ!邪神襲来で良いデータが取れたぜ?少佐さんよ。同時にアイリスがあのネクロミノコンへのアクセス権限を与えてくれた。まあ、それなりに制限付ではあるが……ここの強化も叶うって話だ。」


「それは助かるわね。これで少しは今後の対応にもなるか――ならばその件はバーミキュラチーフに一任します。頼んだわよ?」


「ケケケッ!いいぜぇ~任されてやんよ~~!しかしだな少佐さんよ――」


「何か?」


 竜星機オルディウスを一望出来る研究区画では、すでにどれぐらい詰めているのか……バーミキュラチーフがモニター群を睨め付けており――

 それをねぎらう様に言葉を掛ければ、そのチーフがニヤニヤとこちらを見据えて来た。


「いやなに……今まではだったが――今のあんたは随分?少佐さんよ。」


「イケてるの意味合いには言及も辞さない所ですが……一応褒め言葉としてとっておきます。」


「ケッ!素直じゃねぇのはあの騎士様と変わらんねぇ~~!」


 どさくさであのならぬと同列に扱われたのには、少々憤慨を感じた所ですが――

 よくよく考えればこんな些細な言葉に感情を動かされたのはいつ振りかと思考していました。

 そんな自分はすでに、あの当主草薙とアイリスと言う存在と出合った事で――心の何かが変わり始めていたのかも知れません。


 だからこそ生まれた物――それはもう無理と諦めていた過去への再挑戦の決意。

 私にとっての友人であった彼女……アリスともう一度手を取り合うと言う、私自身の願いが大きくなり始めていたのです。


 生まれた感情そのままに——けれど施設防備増強をないがしろに出来ぬ私は、研究室から直通で局長へと進言する。

 思えば私から何らかの件で八咫局長へと通信を送るのは初めてだろう。

 そう思考しつつモニター前で応答を待った。


『こちら慎志だ。……まさか少佐からの通信が届くとは、私も中々に驚いたぞ?』


「ええ……私もそう思っていた所です。その驚きついでに一つ許可を頂きたいのですが。」


 自分以上に驚愕を顕としながらモニターを占拠した局長。

 その表情を想像した私も、同意を送ると早々に許可を頂くべき件の提示に移る。


「今後の邪神襲来に於ける戦況激化は、もはや避けられないと感じています。ですから私に……円卓の騎士会ラウンズを司る彼女との、古代技術制限解除の交渉に向かう許可を頂けませんか?」


 私としてもこんなにも緊張し、勇気を振り絞って言葉を口にしたのはいつ振りかも分からない。

 それを踏まえての局長の表情は——いつもの穏やかだった。


『少佐が決意したのであれば、許可を出すこと自体はやぶさかではない。が……君自身はどうなんだい?許可が簡単に得られると思っているかな?』


 穏やかに告げるその言葉は……私の心に突き刺さる。

 彼女が騎士会の技術部門へ緊急搬送され、生命活動を取り留めた頃——

 その彼女を送り届けた足で私は英国統一軍へと投降……しかし、英国に反旗を翻した罪も彼女を奪還した成果にて相殺され今に至る。

 私の反旗が無きものされる程に、彼女の無事は価値があったのだ。


 そこから程なく彼女との再交流を図ったのが数年前……が、現実は私の思うほど甘くは無かった。

 それは詰まる所、彼女にとってあってはならない事実——彼女が検査上では確実に観測者としての能力を失っていた事態が要因だった。


 結果――元来もっと早く起動実験に移される手筈であった当機関は……私が齎した危惧すべきその事態発覚で厳しい実験上の制限を受ける。

 訪れた想定外で起動実験そのものが遅延したのは記憶に新しかった。


「簡単には得られないでしょう——ですが手をこまねいている訳には行きません。あの界吏かいり君とアイリスにばかり負担を強いる訳にも行きませんので。」


 思うままを口にした私。

 局長の頬が緩むのを確認した。

 けれどその時の私は、それが意味する所に未だ気付く事も無かったんだ。


『まあ、良い……許可しよう。恐らくその交渉は持久戦になるが——心構えは出来ている様だからね。その際——』


『邪神の軍勢が三度みたび襲来したならば、こちらで対応するとしよう。……いいかね?』


「ありがとうございます。機嫌……そちらも善処します。では——」


 色々と含みを込められた了承を得た私は局長との通信を終えると——

 必要な機関防備強化の諸々をチーフと協議後、アリスとの制限解除交渉へ向かうべく英国本土への足を用立てた。


 はやる気持ちと、苛まれつつ——ヒュペルボレオスを後にしたのだった。



§ § §



 ヒュペルボレオスからシエラさんの用立てた移送ヘリが飛び立つ頃——

 荒事続きでまともな自己紹介も出来ていなかったアイリスのため、俺はヒュペルボレオス機関員の一部を集めてもらい簡単な紹介に漕ぎ着けていた。


 機関員が一同に会せるほどの大ホールを備えたここは、機関施設でも中央区画に当たり——この様な時期にこそ警戒が必要と行って聞かない、真面目すぎるユイレンを引っ張って来たオペレータ三人娘を初め……整備クルー内のとその他が一堂に会する。


 実の所こう言ったイベントには意外に乗って来る慎志しんし叔父さんが、まさかの音頭を取り事が始まっていた。


「かなり遅くなって申し訳無い所だが、これより我が機関に加わった彼女……ドールシステムである少女のアイリスを皆に紹介したいと思う。ではアイリス、挨拶を——」


 どさくさで叔父さんが俺の紹介までも組み込もうとしたが――

 ある意味俺を追い回していた機関にはほぼ俺の正体が知れ渡っていた事もあり……今さら恥を上乗せするのは勘弁と遠慮させてもらった。


 何よりも、アイリスの素性から来る誤解を解くべくして企画したこの自己紹介イベント。

 直接触れ会う事が無ければ、彼女をただの機械的なシステムと取る者も少なからず出て来ると……半ば無理やりねじ込んだものでもあったのだが——


「あの……色々と立て込んでご紹介が遅れて申し訳ありませんでした!私はアイリス——アイリス・ローディエンヌと申します!これから皆さん、よろしくお願いします!」


「うえーーい!アイリスちゃん、マジカワ!!これはちょっとお姉さん来たかもしれないぜ、この野郎!!」


「あーうん。これはヤバイわ、クーニーに同感だわ。——痛いよ!?今殴ったな!?そして骨が当たったよ!?」


「アイリスちゃんは起きたばかり!それにシャウゼの眠るには絶対が篭ってるから!?」


 三人娘はこちらの心配などどこ吹く風のテンションで——


「「「「ア・イ・リ・スちゃーーーーん!!」」」」


「テメェら……このアタシの時たぁエライ違いじゃねぇか?ケケケッ——よーしテメェらからまず解剖して——」


「「「「ひっ!!?」」」」


「……あ、あの~~よろしくお願いしていいのでしょうか……皆さん?」


 整備クルーはアイリスもドン引きする性癖をぶちかまして、残念チーフとやらの餌食となる。

 その背後ではそれが日常と言わんばかりに、それ以外のメンバーが嫌な汗で静観する……なかなかに凄惨な自己紹介イベントとなってしまった。


 そんな引きまくるアイリスの頭へ手を置いた俺は、取り敢えず気にするなとの意を送っておく事にする。


「大丈夫だアイリス。少なくともここにはアイリスに酷い扱いをする奴はいねぇみたいだぜ?少佐も少しは態度を改めてくれてるみたいだし。」


 その言葉に安堵を覚えた可憐ではかない人ならざる少女は——


「はい、マスター!ここの方は皆素敵な方ばかりで、私も安心できます。本望です。」


 元来兵器としての本質を持つ彼女としては当たり前とも言える「盾となり散れる。」の言葉に……少しばかりの憂いを覚える俺であった。

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