第28話 炎は嵐を引きつれ舞い戻る
「何をやっているの、あなた達は――はぁ……まさか主催は局長ですか?」
「いや、まぁ……実はそうなんだが。今ちょうど度胸試しの最中でね――」
「本当に何をやっているんですか、全く……。」
俺がうなぎゼリーの壮絶な味にもんどりうつ中、いつの間にか帰還していたシエラさんが珍しい呆れ顔で大ホールへと踏み入れていた。
彼女が感情を顔に出す事が少しづつ増えて来た事実を思考に過ぎらせるも、現在それどころではない俺は口直しのドリンクを求めて這いずり回る。
気を効かせたアイリスは、慌てつつもベストチョイスとなる日本由来のお茶を手渡してくれ……それで一気に口の中にある生臭き奴を飲み込んだ。
今この状況で無用に味のあるジュース系ドリンクを飲もう物なら、味がもはや取り返しのつかぬ状態となり……漏れなく大人としてはみっともない姿を晒した所だ。
大きく深呼吸をしながらアイリスを褒める様に頭を撫でつつ、少佐の方へと視線を向け——
「すまねぇ、シエラさん。現状の見てくれは俺が招いた惨状——叔父さん含め皆も悪気がある訳じゃ……。良かったらシエラさんも——」
「ふぅ……あなたがそう言うならば不問にします。そもそも当機関のイベント好きは昔から——さらに言えばここは絶海の孤島とも言える場所……気晴らしも容易に出来ぬ所です。」
「イベントその物をとやかく言うつもりはありません。が……入手と搬入に手間の掛かる食材です。せめて無用の食べ残しは慎む様心がける事――皆いいですね?」
俺へ返したシエラさんの言葉。
それに驚愕を覚えたのは大ホールに集まる機関員達。
言うに及ばず、皆シエラさんが饒舌に会話に興じること自体が今まで無かった衝撃であり——本人は意識してはいないだろうけど、彼女が想像以上に機関員の事を大切にしていた事実が発覚した瞬間だった。
同時にこのイベント自体が俺とアイリスだけでは無い……シエラさんとの距離を詰めるキッカケにさえなっていたんだ。
そこに彼女との無駄な
イベントへ参加せんとバイキングの料理が並ぶテーブルへ向かったシエラさん。
が……彼女が手にせんとした料理を視界に捉えるや「ふぁっっ!?」と奇声を上げてしまった俺。
そう——手にしたのは、あのうなぎのゼリーであったのだ。
「まだあまり誰も口にしていない様ですね。それではこれを私が頂きます。」
すました顔でその名状し難い冒涜的な料理を、サラリとスプーンで口に放り込んだ彼女は——涼しげな表情で異形の料理を
そんな衝撃的な現実を目の当たりにした俺へ分かる様に、
「ああ、彼女がそれを難なく食するのは特段不思議ではないぞ?
「局長の言う通りです。まあ私も世間では英国の料理の一部がマズイと酷評を受けている事ぐらいは知り得ていますが——要は慣れです。」
「「「「「へ……へぇ~~(汗)」」」」
嫌な汗に包まれる俺とアイリス……そして機関員の皆を
驚愕と発見が異様な方向で入り混じるバイキング食事会は、少佐の登場から程なくしてその幕を閉じたのであった。
§ § §
気晴らしが想定外の騒ぎと、予想外の成果を収めた
だがいつまでもお祭り気分では行かぬと、
一方——
それと時を同じくした頃、某国から南に位置するヴァチカンが擁する地中海に浮かぶ神殿……先の無断出撃に対する弁明へと——かの
そこには
「エルハンド卿、先の出撃は出来れば私らの指示を待ってからでも遅くは無かったでしょうに。我々はあなたの様な立派な騎士が、
「はい——私めもその件に付いては申し開きの余地も無く……そして私めに科せられる所であったそれを回避するための迅速な対応には、感謝しか浮かびませぬ。」
「以後は機関上層の指示を待ちて行動へ移りたいと……そう考えております。」
問い詰められる聖なる騎士も己の知らぬ事実を突き付けられてこちら、先の無謀ぶりが鳴りを潜め——粛々と己に掛けられる言葉の数々を受け止めていた。
地中海の神殿の如きそこは島を形取る
そして巨大なる
石造りに見えるそれは其処彼処へ機械的な輝きを宿し、弁明を終え与えられた個室へと戻る騎士を照らし出す。
その騎士の姿だけみても、空想世界の王宮を勇ましく歩く聖騎士その物であった。
「だいぶ絞られた様ですね、エルハンド卿。ですが——」
「ネルソン技師か、致し方あるまい。此度は私の落ち度——そこに何の偽りもない。それよりもメタトロンの調整は如何に?」
「分かっていらっしゃるのでしたら……。ええ、そちらの調整は上々。そもそもあの天使兵装は、我らの手が加えられる部分も限られております故——」
「持ち得る限りの技術で微調整を行う程度……が、実際の所は本質的な部分への手を入れられません。」
「現状で戦え——と言った所か。」
そんな王宮の騎士然とした聖霊騎士へ語りかけるのは、執行機関内でも唯一天使兵装に精通する技師……ネルソン・ヘルツァーニである。
だが精通と言う言葉はあくまで一般の機関員と比べての物であり——技師の言う持ち得る限りとの言葉が物語る様に、ヴァチカン執行機関としてもその天使兵装の全容を図りかねている実情が存在した。
言い換えればそれは、ヴァチカンの擁する対魔討滅兵装もまた古の技術の塊であると言う事に他ならなかった。
騎士より頭二つ分は小柄な技師は、中年を越えた辺りの中肉中背の身体をすくめる様にお手上げと眉を
元来表舞台に在りし主の祈りを広める者達からすれば、この様な兵装と言う概念を抱くことすら言語道断とされるが——それが地球という世界に仇なす、超常を越えた害悪を相手取る場合のみ振るう事が許される。
それらを踏まえた上で言えば――
兵装運用能力と技術云々供に付け焼き刃だと、其処彼処で露呈した現実を持つのがヴァチカン13課
小柄な技師の言葉を胸に刻む聖霊騎士は男を一瞥した後、己の部屋へと閉じ籠る。
簡素なテーブルと主を祈り讃える大型の銀十字のみが飾られるそこは、社会の影で存在せぬ者として戦う聖騎士に与えられた……唯一生を感じられる場所でもある。
「
「それが何故、あれ程の武力を与えられる事が許される?それは世界の理に反するのでは無いか?」
騎士が疑念を零すのはかの
己が信仰する存在とは異なるモノが崇拝される国家……そこへ属する者が振るう超常の武力への疑問そのものである。
相手は異形の邪神群——そもそも武力なくしては対抗する術など存在しない。
それを屠るために武力を与えられた彼は、あくまで力の代行者である。
だが救生の当主が振るう武力は明らかに個人へと授けられたものであり……即ちそれを振るうだけの何らかの器を有しているは確実――
が、聖霊騎士はその正体すらつかめずにいた。
その疑念に答えを見出せぬまま、いつしか微睡みに誘われた彼——その双眸に再び閃光の如き輝きが宿ったのは……部屋内に設置された緊急通信用のモニターへ機関代表の司祭が映し出された時だった。
『エルハンド卿、今回は君の
「……司祭殿!それは——」
『うむ、卿の察する通り——だが今回は邪神の雑兵どもに加え、すでに二柱の最上位邪神が確認された。最初に断っておくが——』
『これはあくまで、ヒュペルボレオスとの共同戦線と言う形である事を忘れぬ様に。必要以上に彼らと関われとは言わない——せめて邪神を前に敵を見誤る様な真似だけはしてくれるな。』
「委細承知。これ以上ヴァチカンよりの恩情を仇で返す様な不貞は、騎士としてあるまじき暴挙——心してかかると誓います。」
『その言葉……信じるぞ?エルハンド卿。では、卿の進む道へ主の加護があらん事を——エイメン。』
「エイメン——」
飛んだ通信は機関代表司祭よりの、邪神三たび襲来の報。
しかし今回は正式なる勅命の元での出撃である。
聖霊騎士とていつまでも、存在しないはずの己へ恩情を惜しまぬ機関へ……仇ばかり返す訳には行かぬと誓いと共に奮起する。
程なくヴァチカン所掌の地中海上神殿施設より……猛る騎士の駆る
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