第24話 荒ぶる風の予感

「不満。邪魔者。いい所だったのに……度し難きかな、度し難きかな。」


『カカッ!荒れておる様じゃのぅ、クトゥグアよ。そんなにあの竜の器との戦いが良かったか――流石は星纏う竜、試練を得るに相応しき因果に選ばれし者じゃ!』


「だからジジィ煩い。」


 異形の貝殻内部にて――

 せっかくの星纏う竜機オルディウスとの戦いを、突如として現れた裁きの天使兵装により邪魔立てされた炎の化身クトゥグア

 己に与えられた炎を現す部屋で愚痴りながら引き籠る。

 

 その姿は帰還してよりすでに数時間を迎え、ご機嫌取りにと大海の如き巨躯ノーデンスが思念にて思考を犯し――定番とも言える悪態が口を付く炎の化身。


 いつも通りの時を過ごす炎揺らめく少女が、ふと己が部屋に訪れたる気配を察し――

 荒ぶるままに炎の塊を気配へ向けて撃ち放った。


「お前、呼んでない。勝手に入るな。」


「フフッ……確かに荒れているみたいだね、お嬢。宇宙を行く次元の風が知らせてくれるよ。」


 轟音が響き、炎が異形のオブジェを焼き払う。

 その燃え尽きたオブジェ方向――今炎の化身が狙ったそこへ揺らめく影が、黄色おうしょくの風と供に顕現する。


「呼んでないと言ったぞ、ハスター。お前、私の邪魔する気?」


「邪魔なんてとんでもない。ボクは次に君があの竜の入れ物と再戦するならば、少し力を貸してあげようかと思って現れた次第さ。そもそも――」


「今の君にとっての邪魔者はあの天使――神罰の代行者を名乗る存在のはずだよ?」


 オブジェの存在した方向で部屋の壁へともたれ掛かり、本と思しき物をめくる姿が視線は寄越さず言葉のみを炎の化身へ向ける。

 黄色おうしょく幅広の帯にも似た衣が纏わり付く様に体躯を覆い、顕となる肢体は炎の化身からすれば――否、としてとした感じが妥当か……それで居て小柄な少女が金色の縦ロールを幾つも踊らせる。


 邪神の体躯に必要なのかは定かでは無い淵無しメガネがキラリと輝くそれは……炎の少女よりハスターと呼称された。

 即ち――風に属する邪神……黄依おういの王ハスターである。


「余計なお世話——と言いたいけれど、あの天使は確かに邪魔。矜持きょうじも無きてい……悲しきかな、悲しきかな。」


「ならば、今度はお前が天使を足止め——」


 炎の化身としても見定めた目標と相見えるには、突如として介入した天使兵装が邪魔以外の何物でもなく……渋々風の王へ依頼を向けんとした。

 そして言葉を放つ寸前で炎の化身の鼻先を掠めたのは——


 想定はしていたのか動じる事も無い炎の化身は、眉根を寄せて風の王を睨め付ける。

 そこには——


?この。ボクをツルペタとか言ってんじゃねえぞ?なます斬りにするぞ?ああっ?」


 すました表情が一変した風の王。

 形相へ禍々しき狂気を顕とするそれは、その王が紛うこと無き混沌より来る邪神である事実を物語る。

 彼女をして次元の風と称したそれが、金色の縦ロールを舞い踊らせ……容姿がすでに威嚇する猛獣と化す。


「……同族での争い、禁止されてる。私の言い過ぎ……陳謝。天使を任せる、それでいいか?」


 睨め付けるも思考へ観測者を縛る掟が過ぎった炎の化身は、潔く非を認めて新たに依頼を風の王へと向けた。

 それを確認した王も直前の気配が嘘の様に鎮まり返り……最初に見せたすました表情へと戻っていた。


「うんうん……お互い争わないのが一番だ!じゃあ次に地球へ降りる時は一声、お願いするさ!」


 己の言いたい事を言い終わるや、忽然と姿を消す風の王ハスター

 残された炎の化身は嘆息も、止む無しと諦め引き篭もりを続行する。


 その様を思念のやり取りで覗き見ていた大海の如き巨躯は、一人ごちる様に貝殻の巨大要塞内ブリッジで漆黒の深淵を見据える。


「相変わらず手の掛かる娘御達じゃな、カカッ!じゃが——」


「竜の入れ物よ……未だ因果が導く力の揃わぬ主らに、こちらの荒ぶる邪神二柱を相手取ることができるかの?とくとそれを拝見させて貰うとしよう。カカカッ!」


 語る口調はやはり人類を滅亡させんとする邪悪ではない……其処彼処へと溢れさせていた——



§ § §



 再度の邪神襲撃防衛に成功した盾の大地ヒュペルボレオスにて――

 それを讃えあう所か険悪な雰囲気が施設一帯を包んでいた。

 その元凶となる物らが……今施設の上部区画である広大なポートスペースにそびえ立つ。


 言うに及ばず――数字を冠する獣マスターテリオン機関が誇る星纏う竜機オルディウスと、ヴァチカンより来たりし天使兵装メタトロン・セラフィムである。


「施設防衛に参加し、深淵の尖兵殲滅へ協力頂いた事には感謝致しますが――こちらへ剣を向けた経緯をお聞かせ願えますか?エルハンド卿。」


 盾の大地司令室より苦言を述べるは、現在施設の陣頭指揮を取る罪に舞う少佐シエラ

 放たれる苦言へ表情一つ変えず、聖霊騎士オリエルは天使兵装コックピット内で返答する。


恐縮だが、貴君らヒュペルボレオスはあの不貞の炎を英国へ呼び込み――あまつさえ軽微とはいえ人の文化施設への被害を出している。それについて言及はあるかね?』


『こちらはそれを確認したからこそ、ここまで馳せ参じ……愚かなる邪神の軍勢なる輩撃滅に身を投じたのだ。』


 そして含まれる内容にぐうの音も出ぬ機関側――少佐も押し黙る。


 が、そこへ意見を挟むは救生の当主界吏

 天使兵装と睨みあう星纏う竜機オルディウス内でモニター越しに聖霊騎士を睨め付け――

 男の発した点へは申し開きの余地が無くとも、声を上げた。


『そこは個人的な理由で機関を離れた俺の責任だぜ、聖騎士さんよ。機関そのものは少佐を初め尽力してくれてる。悪いがその点は責めないでくれねぇか?』


『貴君……力無き民の施設へ被害が出ているのだぞ?その様な物言いがまかり通ると――』


『言って置くがな……状況的にはそれ以上の被害を抑える余地はあった。あのクトゥグアが要因だ。けどあんたはそれを妨害した――』


『奴はそれにと洩らしていたんだぜ?もし興醒めついでに邪神がそのまま町へ標的を変更した場合は、漏れなくあんたも責任追及の標的になる所――そこはどう考えてんだ?』


 今度は聖霊騎士が押し黙る番となる。

 本来であれば主の力を代行する者として、魔の襲来を確認したならばその魔を最優先で撃滅する――そうして来たはずの聖霊騎士。

 だが現実には、炎の化身を視界に捉えておきながら――星纏う竜機オルディウスである。


 それは詰まる所……聖霊騎士自身も個人的な感情にて事を推し進めていた事実に他ならなかった。


 しばしの沈黙ののち、体よく相打ちとなった物言いを静観していた盾の局長慎志が仲裁に出る。

 険悪な表情を浮かべる者達からすれば拍子抜けする様な柔らかな物腰にて――


「あー、構わないかね?エルハンド卿。今の話では双方供に足元をすくいあっている形だが、互いに非がある以上もはや問答は不要と感じるがね?加えて――」


「ヴァチカンから先ほど通達があり、使と報告があり――ヴァチカン側とヒュペルボレオス側本体である円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ機関との、謝罪を同時に頂いた。」


『……っ!?』


 変わらぬ盾の局長の表情に対し――揺らいだのは聖霊騎士である。

 如何な正義を理由に剣を振りかざしたとて、そこへが関わるのが魔の討伐機関――その行為がいにしえよりの盟約に綻びを生むものとなれば、変貌する。


 聖霊騎士はこれまでそれら人の認識を越える存在に出会う事無く、己が正義をただかたくなに貫き世界を裏から守護して来た。

 故に――盾の局長より語られた言葉に、それを初めて悟る事となる。

 を見誤った時……今世界を支配していると。


 存在が、今世界の命運を握っていると――


 盾の大地指令室宙空大モニターへ、威勢が吹き飛んだ様に歯噛みし……うつむく聖霊騎士が映る。

 それを視認した盾の局長は罪に舞う少佐へ目配せし――意図を察した少佐も必要と思われる言葉を聖霊騎士へと向けた。


聖霊騎士パラデイィン オリエル・エルハンド卿。すでにヴァチカンからの謝罪は受けております。かの国は何よりあなたが大いなる存在に罰せられる事を望んでお出でではない――故の素早き対処と、こちらも捉えております。」


「さすれば今後も邪神との戦況は苦戦を強いられる事が必至の当機関――だからこそ、あなたのお力添えをと我等も思う所存です。英国への被害はすべて我らで対処いたしますので、どうか今日の所は引き下がって頂ければと。いかがですか?」


 聖霊騎士としても反論できぬ条件を並べ立てられ――

 ついにその正義の使者は、己が芯を折る決意を決めた。


『委細、承知した。双方の非どころか、こちらの非が増大した以上……我もいたずらに事を荒げる事は叶わぬ。ヴァチカンからの謝罪の報――伝えてくれた事には感謝する。』


『――そして今後は、そちらへの無用な接触は控えると約束しよう。』


 大モニター越しではあるが、ようやく上げた双眸でこうべを垂れた聖霊騎士――、しかし謝罪ははっきりと明示した。

 それを言葉にするや天使兵装の機関が気炎を上げ、盾の大地より飛び去った。


 最初に訪れた時の様な傍若ぶりが鳴りを潜めた様に――


「……ったく。正義の使者様は素直じゃねぇな、アイリス。」


『フフッ。ですね、マスター。』


 星纏う竜機オルディウス内で嘆息する救生の当主と、その最もな意見に賛同する人ならざる少女アイリス

 炎の化身との最初の遭遇戦は……様々な点に於いて未だに煮えきらぬ結末と相成ったのだ。

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