第23話 熾天使 メタトロン・セラフィム

 盾の大地ヒュペルボレオス深淵の尖兵ナイトゴーントが強襲して程なく——

 そこから時を置かずに舞い降りた炎揺らす異形の女神が、標的を天雲の翼テラーズ・ドレッドへと変更し……そして直後に英国本土の一空港が施設的な被害を被った。

 邪神が直接英国島を目指した事で、守りの要である八咫天鏡やたてんきょうが間に合わずに受けた被害。

 その一部始終を衛星通信で確認した者が、ここぞとばかりに天へ舞う。


『まだ法王庁からの指示はでておりませんぞ!?エルハンド卿!それに貴公お一人では——』


「映像で状況は確認したであろう!あ奴ら機関は守りの要を謳っておきながら、英国の大地へ異形の侵入を許した!英国島へさしたる恩義も無い——」


「だが……!これを我がヴァチカンが、13課が……神罰の代行者を任されしこの私が放置出来る物かっ!!」


 すでに白銀の天使メタトロンに乗り込んだ神の裁きを代行せし者——神の御剣ジューダス・ブレイド機関が誇る聖霊騎士パラディンが吠える。

 彼に取っての正義は振るわれるもの。

 それが……関係は無い。

 主への祈り宿る剣は一点の曇りもなく、弱者を守る為に振るわれる。

 それがヴァチカン史上最強の騎士と名高き、聖霊騎士 オリエル・エルハンドと言う男なのだ。


 が……それは危うさとも紙一重の、主への一心不乱の献身であり——救世の当主界吏も感じた致命的な弱点ともなり得る。

 その献身を胸に翳す銀十字に宿し——聖霊騎士オリエルは、天使兵装と言う神より授かりし武力を纏い飛ぶ。


 法王庁管轄である地中海中央へ浮かぶ、神々しき神殿とも言えるそこより——

 今遥かなる深淵の宇宙より出でし邪神の軍勢が舞い降りたか彼の地……盾の大地ヒュペルボレオス上空へ向けて——



§ § §



 炎がプラズマとなって空を焼く。

 それは力任せに振るうていではない、何かしらの型を成して俺を強襲する。

 眼前の赤き異形の女神は想像以上に武に精通していたんだ。


 それも——


「テメェ、クトゥグア!随分奇妙な型で——っく!?その得物振るってやがんな!でもよ——」


「そのは何とかならねぇのかよ!?」


 それは攻撃の決まるか否かのタイミングや、攻撃をいなされた後に取る珍妙なポーズ。

 正直嫌な予感しかしなかったんだが——


『お前の国、日本?か。……常識。のはず——』


「くそっ、やっぱかよ!?つかそれは絵空事だよ、真似しても普通強くはならねぇんだよっ!つか、そんな似非エセ情報媒体で武を学んでんじゃねぇ!!」


 と叫ぶ俺を強襲する燃え女の強さは……

 途中から自分でも「あれ?これ、俺がおかしいのか?」と頭をひねりつつも——激しさを増すクトゥグアの攻撃をしのぎ続ける。


 振るうたびプラズマの刃が大気を焼く様は、まさに厨二病心をくすぐる苛烈さ。

 だがこんな深淵より来たりし邪神がサブカルチャーよろしく、それを自分の技にしている事実には嘆息しか浮かばなかった。

 そもそもそんな絵空事の技が俺の命を削り取っている現実は、すでに常識の範疇を大きく逸脱している。


 そう思考する間も俺が持つ草薙流の剣術――伝説にすらなぞらえるそれで燃え女と切り結び、打ち払い、ふところを脅かす。

 兎も角として、どうもこいつの趣味嗜好の方向性が俺の祖国に偏っていると察していた。

 やたらと武士や当主との言葉に固執する点で、リスペクトが俺の実家である宗家に関わる事ばかり――あまつさえ日本との言葉を洩らしたこいつ……ともすれば純粋に日本文化に精通しかねない。


 炎の大剣とアメノムラクモが激突し、超振動の波がこちらの物質化刃をえぐり取らんと鍔迫つばぜり合う中――

 燃え女は趣味嗜好と言う観点から、大きく踏み込んだ言葉を叩き付けて来た。


『お前、真に武士。私も想定していなかった。ならば出す……その力の本質を。――!』


「……なるほど、そう言う事か!そりゃそうだよな……むしろテメェの相手は俺なんかじゃねぇ!本当に覇を競いたいのはこの霊剣アメノムラクモに宿る神霊――」


――炎神ヒノカグツチこそが真のお目当てだろうっ!!」


 燃え女が何を以って俺に固執していたのかがようやく理解できた。

 人類など軽くひねり潰せるこいつが何を置いても剣を交えたかったのは、俺が当主継承の儀によりこの身に――そしてこの霊剣に宿した天津神の破壊神だったんだ。

 あくまで俺はであり――その力と相対するためのに過ぎない。


 つまり俺は、って訳だ。


 同時にその結論に至った俺の思考でカチン!と何かが鳴り響く音がした。

 成り行きで一騎打ち紛いの戦闘を余儀なくされた俺など、ハナから眼中にないその無礼。

 いや――こいつとしては、神霊であるヒノカグツチに対しての礼は少なくとも弁えてるはずだ。

 矮小で……いつでも消し炭に出きる人類などとは違って――


「なあアイリス!この燃え女、俺をコケにしてやがるぜ!剣を交えておきながら、俺の事など眼中に無いとか――そういうのは礼儀を重んじるとは言わねぇんだがな!」


『まさにです、マスター!せっかくマスターが信念を懸けて刀を交えているのに、そんな態度は断じて許すまじ――です!』


 舐められてる旨をアイリスに振れば、俺との共感が影響してか――徐々に彼女の感覚が俺流へ変化しているのに気付く。

 マスターである俺を無視してやり合おうとする燃え女への、思う以上の憤慨をモニター越しで確認した。

 それを視認した俺は、パートナーとして竜機サポートをこなす彼女の賛同の元……眼前で好き勝手暴れてやがる深淵の邪神へ本気の反撃をかますも止む無しと――

 竜星機オルディウスへムチを入れヒノカグツチ由来の御業にて対抗しようとした。


 ——モニター端でアンノウンとして表示され接近警告が鳴り響く。

 だがその反応が示した先には、目視でさえ何の姿も確認出来ない。


 刹那――


『ま、マスター!この反応は――巨大な何者かがこの空域へ……これは!?』


「何だ!?どこにも姿は——のわっっ!?」


 今まで何も存在していない空域へ突如として現れたのは……竜星機オルディウスと変わらぬ体躯の巨人——否、銀翼を羽ばたかせて襲い来たのは使

 以前ヒュペルボレオスで姿だけは視認した、あの巨大なる天使兵装だった。


 そいつは事もあろうか、


「クソッ、てめぇ何考えてやがんだ!?敵はそっち——」


『一対一ですら梃子摺てこずる様ならば、その剣を納めて戦場より引け——東洋の武士よっ!!』


 突如としてモニターを脅かしたその銀嶺の剣を受け止めるため、燃え女を機体ごと突き飛ばして対応――全くもってあり得ない事態を辛くもしのいだ。

 想定外も甚だしい三つ巴――しかも俺への礼儀など皆無の騎士と、俺と言う存在には礼儀は不要と取る燃え女。

 俺も生まれて初めてと言えた。


界吏かいり君!エルハンド卿は何をしているの!?これでは防衛どころでは——』


「それはこっちが聞きてえよ!?こいつは敵を殲滅するたいだろうが——こちらまで邪魔者扱いだぜ、まったく!!」


 そして案の定飛んで来たのは、この事態をなおさらこじれさせそうな少佐の怒号。

 有り体に言えばどん詰まり。


 と——思考した俺の耳へ響いたのは、たかぶりが嘘のように冷め切った淡々たる語り。

 その発信元はあの燃え女だった。


『……邪魔者。矜持きょうじも無い天使。由々しきかな、由々しきかな。』


『興醒めした。草薙、界吏かいり?だったか……?お前達の相手——ナイトゴーントに任せる。じゃ……。』


「じゃ……って、ファッ!?いや、つか今から本気でやり合う所だろ!?尻尾巻いて逃げんな!!」


 空気の読めないバカ騎士と鍔迫つばぜり合う間に、すでに燃え女が後方へ下がると——残るナイトゴーントが一斉に俺達へと襲撃を敢行した。


『その様な手緩てぬるい所業だから奴を取り逃がすのだ!やはり貴君らに、この星の防衛など任せては置けんな!』


「邪魔したのはそっちだろっ!?つか、囲まれてんぞ聖騎士!やれんのか!?」


『この私を、主の力の代行者を……神の武力を与えられた我を愚弄するな!この程度の雑魚など、我が全ての力を以って撃滅せしめる!』


『主より賜りし神罰の光よ、我らが眼前の愚かなる愚物へ裁きをもたらせっ!エイーーーーメンッッ!!!』


 すでに物理法則を物ともしない燃え女の機体が彼方へと消え行く中——

 万滅の刃がことごとくナイトゴーントを切り崩し……言うだけはあるなとの感嘆と、何で邪魔したしとの嘆息を入り交じらせて——

 申し合わせた訳では無かったが、尖兵共を討滅の刃で焼滅させた。


 それがこの主に仕えし聖なる騎士との、運命の邂逅となる事など知る由も無く——

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