第18話 交錯する思い

 竜星機オルディウスのデータ収集を終えた私の耳を貫いたのは、アポなしで突如訪問して来たかの某国ヴァチカン聖騎士の情報。

 聞く者によっては、世界に救済を齎さんとする好感すら覚えるだろう。

 けれど私は――その存在に怯えすら抱いていた。


 知る限りその騎士は表のヴァチカンではない、裏のヴァチカンに属する者だ。

 私に崇拝する対象がいない点では無関係であろう――けれど無関係とはいかなかった。

 私が加担した……そこから導かれたかの様な、世界を滅亡に追いやる――

 裁きを代行する断罪の騎士が振るう剣が、この首を刎ね飛ばすには充分過ぎる大罪を犯していたのだから。


「アポ無し強行訪問の騎士とは聞いていたけれど、これはあまりにも唐突過ぎる。ヴァチカンは何を考えてあの様な無法を許可して――」


 その口で相手方の無礼を責める私は―― 一方で己が罪を責め立てられる事を恐れている。

 けれどそれを口にしてしまえば、きっと私は前へと進めなくなるだろう。

 未だ贖罪を果たす事は叶わず……無碍むげにこの時間を過ごしてしまっている。

 己でも気付かぬウチに、心の焦りが大きくなっていたんだ。


 事の詳細を確かめんと、直に局長へ問い詰める――そのていで足を運んだ小ホール。

 会議室としても利用するそこへ、未だ詰めた局長を通路の窓越しに確認した。

 問いただすために入室せんとした私に反応したホール扉が、排圧と供に開く寸前……眼前の通路に並び歩く草薙 界吏くさなぎ かいりとアイリスを視認し――

 焦りで思考への余裕が不足し始めた私は――その人ならざる人形の……憂さを晴らす様な暴言を浴びせてしまったんだ。


「コードアイリス……あなたには、竜星機オルディウスの管理統制装置と言う意識が欠落しているのではないですか!?そんな容姿を気にする暇があるのならば、邪神に有効な手立てでも――」


 言う口が早いか私の手は苛立ちのまま――人ならざる人形が無邪気に笑い歩く姿へ……それが結った髪を掴み上げようとした。

 ――直後、僅かな衝撃で視線が斜めを向いた事に気付いた時……遅れて頬に痺れが襲って来る。


 私は――草薙 界吏くさなぎ かいりに頬を叩かれたのだ。


「……シエラさんよ。あんたこそふざけるのも大概にしろよ?アイリスはただの機械なんかじゃねぇ――心があり、感情もある。容姿も人なら、そこに抱く物全てに俺達との違いなんてないだろ。」


「それに自分が竜星機オルディウスに選ばれかかった腹いせか?――言わせて貰うけどな……今のあんたは、何にも変わらねぇ!」


「……あなたに私の何が分かるの。私の事を、一体あなたがどれだけ知っていると言うのよ!?」


「あの!?私の事でその様に争うのは――」


「二人共そこまで!」


 その痛みすら感じる前に彼は口にした。

 人ならざる人形を罵倒した私へ、その心の底を鋭いナイフでえぐるような言葉を。

 負けじと反射的に返す言葉は、実に情けない――真実を言い当てられた事への言い訳だった。


 言い争いが止まる事を知らぬと察した八咫やた局長が、やれやれと嘆息しつつ仲裁に入る。

 私としても未だ心が渦巻く悲痛に苛まれるも――ここで無用の一悶着は贖罪を果たす事も叶わなくなると、堪える事にする。


 草薙 界吏くさなぎ かいりの発したナイフの様な言葉が……心の底に深く突き刺さったままで――



§ § §



「互いに少し頭を冷やせ。距離も置いてだ……全く――いつ邪神の尖兵が襲い来るとも限らんのだぞ?」


 溜まっていた不満のままに手を上げ……声まで荒げた俺は、慎志しんし叔父さんの制止で上った血が下がるのを感じた。

 同時に……自身として禁じて来た女性に手を上げる行為を取ってしまった事を悔やむ様に、シエラなる女から視線を逸らした。


 尊敬する麻流あさる姉さんより「紳士たる者はいかな理由があろうとも、決して女性へ手を上げてはならない」と散々言い聞かされていたはずなのに……アイリスを——彼女には怒りしか浮かばなかった。


 けれど冷静になれたお陰でその言葉が口を突く。

 シエラなる女がそれを聞き届けるかは別にして——


「……悪かったよ、シエラさん。今の俺は言い過ぎたし、やり過ぎた——謝らせてもらう……この通りだ。」


 それは恐らくは人として当たり前の行為。

 この地球に住まうあらゆる人が、罪を認めたならば己を偽らずに行うべき正当なる態度。

 しかとこうべを下げて謝罪した俺の姿に——彼女は困惑を顕とした。


「……っ!?何——を。あなたに謝られる筋合いは……——」


 言葉は最後まで聞き取れなかったけど……俺には間違いなく伝わった。

 彼女が今なお迷い続ける贖罪の迷路——それを抜けるための光明を。

 彼女が今思考した意識の片隅の、ほんの小さなカケラを——


「叔父さん、悪いけど少し気分を変えたい。アイリスと一緒に外出する許可をくれないか?大丈夫——尖兵襲撃には必ず竜星機オルディウスで出ると約束する。」


「距離を置けとは言ったがな——致し方あるまい。……今君が口にした点が条件だ。行ってきたまえ。」


 残念ながら謝罪は兎も角、今まともに尖兵とやり合える雰囲気じゃなかった俺は……無理を押してアイリスとの外出許可を申請し——俺が何をしたいかを嫌という程に知る叔父さんが渋々許可を出す。

 そのまま叔父さんが携帯端末からSPを呼び出し、ここへ運ばれているはずの愛車エキシージ用に輸送機を手配する間——


「すまねぇな、アイリス。どうだ?これから世界を——と言っても英国の一部だが、ドライブがてら回ろうや。」


「……あの、シエラ様は——」


「互いに時間が必要だ……。も——俺も。」


 ドライブを口にした俺は、シエラさんの呼び名を僅かに変化させた。

 それは俺に流れ込んで来た彼女の思考の変化と同調してのもの。

 決して大きな距離とは言い難い——言い難いけれど、確実に俺とシエラさん……そしてアイリスの距離は縮まっていたんだ。


 だからこそ互いに距離を置くため、俺が離れることにした。

 少佐と呼ばれた者が迂闊にこの場を離れられぬ実情をかんがみた上で。



§ § §



 救世の当主界吏人ならざる少女アイリスを乗せた輸送機が、英国軍と協力体制である沿岸の州飛行場へと飛び立った頃——当初の予定など頭から吹き飛んだ罪に迷う少佐シエラが立ち尽くす。

 時が経とうとも小ホール前で立ったままの彼女を見かねた盾の局長慎志は、仲裁に入ったついでとばかりに救世の当主——青年が背負わなければならぬ壮絶な重圧の全容を語り始めた。


「少佐……君は彼へ自分の何が分かると問い詰めたね?実の所彼はそれを。彼の能力……いや、運命さだめが彼にそれを悟らせるんだ。」


「……運命さだめが?いったいどう言う——」


 語られるあらましに理解が及ばぬ罪に迷う少佐——が、彼女にも小さな変化が訪れていた。

 救世の当主と出会った直後の少佐であれば、彼の身の上など眼中に無かったであろう。

 しかし語りに混じる運命さだめと言う言葉の羅列は彼女の興味を大いに誘う事となる。


 言うに及ばず……罪に迷う少佐も、巨大すぎる運命さだめに翻弄された身であったから。


「彼はこの地上に於ける人類史上——もはや歴史の片隅にすら正確に残らぬ種族……黄金人レゾナと称された霊的上位人類。その大いなる種と同様の覚醒を産まれながらに見た存在——」


「【宇宙と重なりし者フォースレイアー】と呼ばれる者であり……それらは霊的高次元で、あらゆる霊的生命の思考や感情を読み取る事が可能とされる宇宙適応生命コスモ・レゾナンス・ドライバーなのだ。」


「……なっ!?それは——」


「……だがまあ種族的な格差が存在した場合は、何らかの強い感情や情念を抱いた者の表層的な情報を読み取る程度とは——彼自身から聞き及んだがね?」


 語られた言葉に、罪に迷う少佐は驚愕——そして絶句を覚えた。

 少なくともと言う部分に心当たりがある少佐にとって……事が真実であれば、救世の当主は悟ってしまった。


 ……悟ってしまった。


 双眸が……救世の当主へ抱いていた疑念を弾き飛ばした様に澄み渡る。

 それでも握るその手は、未だ己の罪によどんでいた。


「時間はかかるだろう——だが彼は、少なくとも君への敵対心からあんな態度を取っている訳ではない。それだけは理解してやってはくれないかね?」


 黙し、真実に震える少佐の肩を軽く叩いた盾の局長は……山積みとなっている盾の大地ヒュペルボレオスデータ観測処理へと戻って行く。


 その時——

 当たり前であった対邪神機関の変わらないはずの日常へ……、颯爽と吹き抜けた。

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