第17話 唯一の神と八百万の神

 盾の局長慎志は語る。

 世界の裏で人知れず守られてきた来た、いにしえよりの掟の全容を。

 それは人類史の数字の羅列を遥かに凌ぐ、神話世界から伝わる世界守護の軌跡。


 遥かいにしえ、数億年の時代をさかのぼった神々の時代よりの掟を――現代の人類が守り続けて来た証でもあった。


 数字を冠した獣マスターテリオン機関司令室に程近い小ホール。

 臨時の会議開催も可能なそこへ唐突な訪問者の嵐の様な帰還後、救生の当主界吏と供に盾の局長が詰めていた。

 当主の傍へは寄り添う様に人ならざる少女アイリスも同席する。


「まずはこの機関云々以前に――君が最も欲しているあの男……聖騎士オリエル・エルハンドと、その後ろ盾に関する件を話しておこう。」


「ああ、そうしてくれ。さっきアイリスが感知した予感――ありゃ奴の訪問が気まぐれな一過性のものではないのを予見してる。後々の対処のためにもそれがまず重要だ。」


 救生の当主は、パートナーとなった人ならざる少女が持つ過敏すぎるほどの感性を危惧すると供に――それは、ある種の危険を察知するべく与えられた能力と推察していた。

 すでに幸せのまま言葉を交わしていた時の笑顔を取り戻す少女を見やり、推察への確かな確証を得んと盾の局長へ真相提示を求める。


 少なくとも彼は少女を機械などではない、同じ人間としてその一挙手一投足を観察している。

 間違ってもあの罪に舞う少佐シエラの様に、なかったのだ。


 地球の文化にも見られぬ特殊な色合いと材質のテーブルを挟み、豪勢なソファーで足を組んで座す救生の当主とちょこんと隣りへ居座った人ならざる少女を一瞥し――

 ……盾の局長はおもむろに語りだす。


「まずは彼の後ろ盾である【神の御剣ジューダス・ブレイド】機関についてだが……あれはヴァチカン法王庁が擁する全12課――表立っての主の意向を広める信者の類とは異なる存在だ。」


「それは裏社会、中でも人知れず世界へ蔓延する闇の深淵――詰まる所……魔を討滅すべく組織された。それが彼を仕向ける組織のあらましだ。」


「……って事は、俺と奴は同じ穴の狢じゃねえかよ。魔を討滅する専門の裏機関なんざ、世界を見ても数える程もないぜ?」


 世界に於ける裏社会――魔の物に属するか否かに関わらず、その類を殲滅、討滅、浄化できるほどの組織的な力を有する国家は限られる。

 個人機関による対魔専門を自称する者であれば、真に役に立つかどうかは兎も角としても……それこそごまんと存在しているであろう。


 だが――それが巨大組織……それも国家との連携の下に活動できる存在はまさに数える程しか見られない。

 主にそこへ国家機密レベルの情報統制が敷かれたが故の事情も絡み――しかし同業であれば、その極秘情報を手にできるだけの情報網を備えていたのだ。


「行って置くが界吏かいり君、我ら三神守護宗家はいにしえよりあらゆる魔に属する存在を初め――その根源でもある命の闇……、かの【ヤマタノオロチ】討滅すらも範疇にあり――」


「故にあらゆる事象に対処するため、実質霊災としての霊的危険が低い事例には手が及ばぬ事も……。しかし彼――エルハンド卿を中心とする騎士団は実態を持つ魔に対してであれば、それこそ世界最強の対魔討滅機関と言えるだろう。」


 語るその手で手元のパネルを操作する盾の局長。

 同時に小ホールへ映し出される、当主が零した使と称されたそれが投影される。

 しかしその画像が原因不明のノイズで乱れるのは、決して記録した媒体の不調などではなかった。


「この竜星機オルディウスにも匹敵する体躯の機械兵装――これは我ら独自の情報筋より入手したものだが……様相は名をそのまま表している。これはあのヴァチカン史上最強の称号〈聖霊騎士パラディン〉を賜った卿に与えられた万滅の機械兵装――〈メタトロン・セラフィム〉と呼称されている。」


「……って、それ――使じゃねぇか。それも熾天使セラフ級の……マジかよ。」


「うむ、その通り――映像記録にノイズが生じているのは、この機体が持つ姿隠しに属する能力の類が影響しての事だろう。それを踏まえ……これはまさに魔を撃滅せしめるために彼へと授けられた、この世界を守りし剣とも言える。」


「ヴァチカンがこれ程の物を所有するその際たる理由――それは対魔の勢力一極集中を避けるためのもの。即ち……いにしえの掟に従い双方が互いをけん制しあう事で、武力行為の行き過ぎを監視しあうと言う理由が存在しているのだ。」


 語られた全容は――

 今襲来が予見され……その通りに訪れた邪神の尖兵――人類が突き付けられた試練に迷う中で、さらに救生の当主を混迷へいざなう様な事実であった。



§ § §



 オリエル・エルハンドなる騎士と、それが属するジューダス・ブレイド機関の全容を聞き及んだ俺は嘆息しか浮かばなかった。

 全く想定もしていなかった、面会したいと言いつつの腕試し――それもいきなり切りかかって来る所に武に於ける礼節すらも見当たらない無礼。

 それを刃越しに受けただけでも、奴の振るう剣には魂は篭れどそれが己を磨く研鑽の様な理念の無い――ただ魔を滅すると言う、危なげな思考から来る犠牲心に思えた。

 そもそも主に全てを捧げるタイプの雰囲気――それ以外にないだろうとは想像出来たけど。


 同時に……奴の思考が、直感していた。


 俺達が相手にしているのは人類の業そのもの――それが万一主の祈りの加護を失った場合……問答無用で闇に堕とされる危険だ。

 何かに依存するだけの思考では――あの深淵がもたらす業を越える事など出来ないから……。


 そう思考する俺はアイリスを従え、機関の陸上部――それもあまり戦火が及びそうに無い場所を聞き足を向けていた。

 その手には先の腕試しで見事にへし折られた業物の日本刀――向かう場所と手にしたモノを見たアイリスが、疑問符を盛大に思考へ撒き散らしていたのは傍目でも理解できたな。


「あの、マスター?何故この様な場所に……それにその武器は――」


「ああ、やっぱり疑問だったよな。これはこうするためだ。」


 アイリスのやはりとの疑問へ答える様に、へし折れた日本刀を辿り着いた機関施設の最後端へと備え――立ち上がるその手で宗家に伝わる印を組む。

 刹那……その印が折れた刀を次元的位相へと浸透させ、程なくそれは姿を消していく。


「これは我が草薙宗家に伝わる〈刀送り〉の秘術だ。草薙宗家は代々強力な霊剣と関わる御家柄――そこから生まれた術でもある。」


「刀……送り、ですか?」


 俺の行為と解へ、さらなる疑問符の海へと落とされる愛らしい少女へ――彼女にとってもあながち無関係とは言えない真意を伝える。


「日本はいにしえより八百万やおよろずの神々を信仰する伝統があり、それは万物に精霊や神が宿ると言う起源に基づいたものだ。そしてこれ――俺の慢心が原因でへし折られた日本刀は、一級の刀職人が魂を込めて打ち出した真打と呼ばれる業物――」


「この草薙に伝わる秘術〈刀送り〉ってのは、その刀に込められた魂をあるべき世界へ戻す儀なんだ。それは即ち――万物に宿る精霊や神への感謝であり、弔いでもある。」


 日本刀の姿が完全に次元的位相へ消えた頃に、アイリスへと向き直り語る。

 それが真に意味する所を――


「分かるか?それは日本と言う国が、古き時代より宿――誇り高き伝統だ。そしていつしか万物に宿る魂より……人は幸福を返される。」


「そんな国に生まれたからこそ、俺には竜星機オルディウスも……そして星霊姫ドールであるアイリスも――俺と同じ魂の宿る人間と変わらないんじゃないかと、そう思った訳だ。」


 肝心な言葉を伝え終わるや……アイリスの疑問に満ちていた表情が、晴れやかに澄み渡る蒼天の様に輝いた。

 アイリスとの対話に於いて気付かされたのは、そこに備わる過敏すぎるほどの感情起伏。

 同時にそれが危機を察知するセンサーであり――さらには彼女が精神を安定させる様な幸福を感じた際、プラス面での感情起伏が機体の性能にさえ影響を及ぼす事。

 けれどそれを、同様の効果所か――下手をすれば機体ごと深淵へと堕ち行くだろう。


 それを避ける方法――簡単な事だ。

 マスターとなった俺が、アイリスと竜星機オルディウスへ人間と同じ様に接し、労り、そして協力を頼めばいいだけだ。

 それは親父が残した教訓であり――今まで機械の塊である愛車エキシージと過ごした日々と、なんら変わりはなかった。


「……マスター。私の扱いへその様ないたわりを込めて下さり……本当に、ありがとうございます!」


 弾む様な笑顔で謝意を送って来たアイリスは、俺にならう様に日本刀が消滅した方へ向きひざまづく。

 そして両手を胸元に合わせた彼女は――双眸を閉じて祈りを捧げた。


 その横顔は……命を司る女神が祈りを捧げるかの様だった。

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