第16話 騎士と武士

 盾の局長慎志からの連絡より程なく――

 救世の当主界吏盾の大地ヒュペルボレオスで一層開けた区画……今しがた客人が案内されたそこへと向かった。


 だが――大よそ客人を迎えるにはいささか礼を失した様な、テーブルや椅子すら備わらぬ大部屋。

 さらには殺風景且つ機械的な壁に一面を覆われた区画――辿り着いた救世の当主も頭をひねる。

 ひねった頭で事態を思考するか否かの刹那、突如として彼を襲ったのは――


「……っな!?ちょっと待て――てめぇ、何考えて……うおっ!?」


 部屋に訪れた直後。

 いつの間にやら準備された鞘に収まる真剣――業物わざものと思しき日本刀を無言で盾の局長より手渡された救世の当主。

 その後さらに彼は混迷の渦中に誘われる事となる。

 それもそのはず……殺意の真剣を抜き放つ眼前の、何の前触れも無く勝負を挑んで来たのだ。


「突然で恐縮でありますな、草薙 界吏くさなぎ かいりとやら!こちらは容赦はせぬ故、全力で来られよ!」


「待て待て!?全力とか訳が分からん!一体なんのつもり――のわっ!?」


 なし崩しで腕試しに巻き込まれた救世の当主は、眼前で猛威を振るう恐るべき殺意を目の当たりにする。


 対する騎士の得物は西洋剣。

 しかしただの金属製とは一線を画す、神の祈りが多分に込められ――それでいて、あらゆる魔を滅さんとする冷徹なる殺意が宿る対魔霊銀の剣。

 奇しくも振り抜かれ、強襲する刃は当主の持つ神霊の宿りし霊剣ヒノカグツチに匹敵する得物であった。


「(いきなり何だってんだ!?けど――この太刀筋はやべぇ!達人とか……これは――)」


 激しく切り結ぶ金属音が大部屋へ幾度と響き渡る。

 元来日本刀剣と西洋剣では扱い方も、切り方も異なり――それぞれの弱点を、両者の技術が埋める形となり真剣勝負へと発展して行く。


 そしてその勝負の行方は――騎士の振り抜く西洋剣の一太刀が、日本刀ではあるも……であるそれをへし折って終了となる。

 折れ飛んだ刀の刃先が機械壁とぶつかり、高周波をき落下すると――未だ鋭き眼光を突き付ける騎士が剣を鞘に納めつつ僅かにこうべを垂れた。


「いきなりの失礼を容赦願おう。が――こちらも、貴君が如何な存在かを確かめる必要があった。それは。」


「つかあんた……俺が言えた義理じゃねえんだが――そいつぁって事か?そもそも俺じゃなけりゃ、普通に命が危なかったぜ?あんたの太刀筋は……。」


「草薙流閃武闘術、正統継承者――免許皆伝の貴君であれば、その程度は屠ってしかるべきと挑んだまで。手抜きで力量を図られては、そちらも侮辱を覚えるであろうからな。」


「……あーいや、そういう事じゃ――まあいいや。(なんだこいつ……脳筋かよ。いや、こりゃのアレだな(汗))」


 まさに息つく暇もない異常な客人襲来で、救世の当主も盛大に嘆息した。

 さらにはこうなる事を事前に通告すらせず……無言で真剣を手渡した叔父へと抗議の反目を送り付ける。

 それを見遣った盾の局長も眉根を寄せ——


「あー……すまないな、界吏かいり君。状況を説明しようとしたら、私もまさか卿がいきなり抜剣するとは思わなかった。」


 すると今度は盾の局長が抗議の視線を卿と称した聖騎士へ向けたが——そちらはすでに謝罪は表したともとれる無言を返され、今度は局長が嘆息を吐く事となる。

 しかし盾の局長、客人を出迎える諸々がおろそかになっている事に辿り着き……すぐに持てなしをと部下に指示しようとした——


 が——


「こちらの望む要件はすでに果たした。では、失礼する。」


「「はあっ!?」」


 冷徹な聖騎士が放ったのは唖然とする言葉。

 剣を交えに来ただけと言わんばかりに、きびすを返す騎士に……さしもの当主と局長——揃って口を無様に開け放ってしまう。

 だがその返す足を踏み出し数進んだ所で……無言で立ち止まる冷徹な聖騎士。


 直後——傍目でも察する事の叶うほどの殺気をほとばしらせた。

 殺気そのまま僅かに視線を救世の当主へと向け……吐き捨てる様に、忠告とも言える宣言を残す。


「言っておくが……をこのまま放置するのは、ヴァチカンと英国騎士会の間にある協定のお陰だ。それがなければ、この様なを野放しになどにはせん。」


「よく覚えておけ。万一貴君らが事を仕損じ……あまつさえ邪神の軍勢によって、この主が創り給うた世界へ危機的な害が及ぶ様ならば——貴君らとこの機関を邪神軍諸共葬り去る。いいな?」


 刺し殺す殺気を緩めた騎士は前へと向き直り、それだけを言い終え立ち去った。

 程なく救世の当主いわ使と称された、その全長が星纏う竜機オルディウスに匹敵するそれの銀翼を羽ばたかせると——

 文字通り、嵐の如き爆風を残して天空へと消えていった。


 呆気に取られた二人は暫し思考が停止したまま、外を視認する事の叶う大部屋巨大窓の彼方……消え行く天使をただ見送った。

 その傍ら——

 騎士の視線は救世の当主だけではなく……彼の側に付き従った人ならざる少女へも突き刺さっており——人ならざる少女が怯えた様に顔をうつむかせる。


 しがみ付く小さな手にようやく気付いた当主は、震える少女の頭に手をやり……震えが落ち着くまで撫で続ける事とした。



§ § §



 数字を冠する獣マスターテリオン機関へ嵐の様に訪れ、そして電光の様に立ち去った影。

 能面天使呼称が言い得て妙とも言えるそれが、英国を飛び越え……欧州の地を望む天空を舞う。

 程なくモニターと思しき物を備えるコックピット内——しかしおおよそ機械内部とは取れぬ神々しき白が舞うそこで、地中海を眼下に見下ろしていた。


 羽ばたくそれは星纏う竜機オルディウスの天を舞う速度に勝るとも劣らず——空を行く旅客機など止まった様に追い抜く姿は、主より遣わされた大天使を彷彿させる。

 が――当の旅客機からその神々しき姿が見えてはおらず、何かしらの能力にて姿を眩ます様にも見て取れた。


「東洋の剣術が如何程かと思えば——己が得物を無様に叩き折られる始末とは……。協定さえなければそのまま切り捨てていた所——」


「それが先の邪神の勢力を——天を埋め尽くすそれを事実とは思えんな。」


 吐き捨てるその表情は険しく眉根を寄せたまま。

 そこに破顔すると言う事象など、存在しないが如き厳正さが刻まれる。


 世界のあらゆる魔をその男は……まさに主の裁きの代行者——

 この断罪の聖騎士が降臨したならば……万雷が全てを焼き尽くすがごとく魔を撃滅せしめるであろう。

 それほどまでに男は……ヴァチカン13課、社会の裏を行く執行部隊を纏めし聖騎士 オリエル・エルハンドと言う男は断罪の代行者であった。


 否——


 やがてその翼は地中海の一角……ヴァチカン13課が所有する人工島——神の神殿の如きそこへと帰り着く。

 数字を冠する獣マスターテリオン機関との、遺恨の溝を深々と刻んだままで——



§ § §



「取り敢えずあの騎士の事を詳しく教えてもらいたいんだけど?慎志しんし叔父さん。」


 急遽呼び出されたと思ったらいきなりの腕試し。

 からの電撃退去――てな感じで……嵐の様な訪問劇を繰り出されたさしもの俺も、納得行く説明をと叔父さんへ詰め寄った。

 まあ当の慎志しんし叔父さんも完全に想定外――そもそもアポ無し突撃訪問をかまされていたらしく……実際の所叔父さんを問い詰めるのは酷とも言えた。


 けれどその直前のアイリスが察した予感を示す様な、彼女すらも射抜く殺意の視線でただの訪問には止まらない事は承知してはいたのだけど――


「ふぅ……どこから話したものやら。界吏かいり君……君は円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ機関とヴァチカンが犬猿の仲である事ぐらいは知っているかね?」


「まあ、それぐらいは。あのエルハンドとやらも協定がどうのとか抜かしてやがったから――その不仲を悪化させないための約束事があるって感じだろ。」


「――厳密に言えば、その協定……。」


「あえて?何でまた――」


 俺としても想定外の解だった。

 諸々の事情がかの某国との間にある事は承知していたが、それが演出となると

 今までの俺であればそんな面倒ごとに関わりたくも無い所だったが――

 すでに片足を突っ込んだ手前、無碍にもできず詳細究明のために静聴する事にした。


 それは俺ですら知らぬ世界の裏――連綿と続く遥かいにしえよりの掟が、世界の全てを守護して来た事実に他ならなかったんだ。

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