第19話 炎舞う化身

 遥か広大なる深淵を望む神秘の衛星ラグランジュポイント。

 あの異形の住まう貝殻ブリッジらしきそこから僅かに降りたそこで、思念映像とも取れる物を炎揺らす影が食い入る様に視認していた。


「……竜、炎。刀——当主。強きかな……強きかな。」


 思念が映し出すそれは、あの救世の当主界吏が邪神の尖兵を一撃の元に葬り去った瞬間—— 一騎当千とも取れる活躍の全容である。

 一つ一つの言葉を切る様に、そして確かめる様に呟くその影の双眸は……燃え盛る炎の様に揺らめいていた。


 その影に当てがわれた巨大な一室。

 異形が包む様相はあの大海の巨躯ノーデンスが座した部屋とは大差無く——しかし赤みを帯びた空間には其処彼処そこかしこに炎を模したオブジェが聳え立つ。


『なんじゃ……またその映像を見ておったのかクゥトグアよ。もしやその竜の入れ物にご執心かの?』


 響くは同じく思念。

 同艦内では思念を通してやり取りするのか、思考に響いた巨躯の声へ頷く炎の少女クゥトグァ——さして強い感情は無くとも、双眸はオモチャを前にした童女の様であった。


 その意思を確認した大海の巨躯は暫し黙し……決めたとばかりに艦を揺らす様な、猛々しい思念を炎の少女へぶつけた。


『カカッ、良かろう!我が出るにはまだまだ奴らの目覚めは不足と見た——ならばクゥトグア、お主が先ずは出向き奴らの実力を図って来るが良い!』


『もしその際奴ら人類が認めるに値するならば、構わんぞ?無論その時はワシも容赦などはせんがな……カカカッ!』


「ジジィ……うるさい。」


 頭の中へ騒音の様に響く巨躯の声に眉根をひそめる少女は、短く悪態を吐くが——待ち望んだ指示を受けて身体を包む炎がたかぶる様に踊る。

 あの星霊姫ドールにも似たゴシック調ドレスに近似した装飾のジャケットに、深い赤のショートパンツとガーターベルトに黒タイツ——己を表すかの如き妖しさを漂わせる。


 その指示を聞き及んだ炎の少女は、足を胸前で組んで座す体躯を浮き上がらせると……重力制御を無視した様に浮かび部屋を後にした。


 向かう先は貝殻の艦中央。

 視認するは彼女の体躯を機械的に模した巨人——否、

 見上げた異形へ吸い込まれる様に消えた少女は直後、異形の女神のコックピットと思しき場所へ宿る。


「……竜は最強。しかし、感じるはそれだけに留まらない。まだ……——」


「けど……まず、竜……そして当主。対魔の武士――待ち遠しきかな、待ち遠しきかな……。」


 意味ありげな名を連ねると、双眸を閉じた少女は体躯を異形の女神へと同化させ——

 程なく貝殻の艦格納施設より一閃の炎が深淵の宇宙へ飛び立った。


 女神の様に可憐に……邪神の如く不敵に——



§ § §



 少佐との一悶着から距離を置いた俺達は、相棒のエキシージで英国南西部に位置するコーンウォール州に入り――空港近隣から沿岸を軽く流す事にした。

 アイリスへ現在の街並みを見せるとは言ったものの、ヒュペルボレオスのあるケルト海近郊が限度と察した俺もSPらへその旨を伝え――

 軍と機関の管轄ではないが……臨時に離着陸許可のあるそこへ向かう様依頼した訳だ。


 まあたかだかドライブのために輸送機を手配した俺へは、SPらも流石に不満タラタラだったが――そこは竜星機オルディウスを正常に活動させるために、アイリスの精神を安定させる必要があるとやや強引な言い訳で丸め込んだ。


 そんな訳でエキシージのルーフを取っ払い、アイリスに風を感じてもらう体で街道を駆けていた。


「マ、マスター!海岸があんなにも綺麗です!あ、あちらの家々――なんて素敵なんでしょう!?これが現代の建築物なのですか!?」


「ああ、まあ英国に限らずヨーロッパ全域では概ねその範囲だな。とは言え連れ出すと大口叩いて置きながら、空港に近い場所しか案内できずにすまないな……アイリス。」


「そんな、とんでもありません!私も揺り篭から目覚めたばかりでは、ヒュペルボレオス周辺の海一帯しか直接目に出来ませんでしたし――」


「そもそも私達星霊姫ドールは、永遠とも言える眠りの中にあるのが常……こうやって各時代の人々の営みや大自然に触れられるだけでも夢の様です!」


「そうか……なら、存分に楽しむといいぜ?」


 エキシージの助手席で、開け放ったルーフ部から身を乗り出すアイリスは――

 ゆったりと流す相棒エキシージが裂いた大気を一身に受け、プラチナブロンドのツインテールをなびかせる。

 その瞳もツインテールに負けじと輝く好奇心に彩られ……運転しているこっちまで嬉しくなる様な笑顔を煌かせた。


 そんなアイリスを一瞥した俺も改めて思う。

 彼女は自身が口にした通り、星霊姫ドールであり――人ならざる者だ。

 けれど彼女の好奇心で満ち溢れる姿は下手をすれば、今と言う時代を生きあぐね――人生の袋小路に迷う現代人よりも人間らしいとさえ思えた。


 そう思考するだけども、人類がどれ程今の時代に疲弊しているかが伺える。

 互いの意見が食い違うから争い、互いを認め合えないからその暴力チカラを振り上げる。

 そうすることでしか自分を誇示できなくなった人類だからこそ……いにしえの世界を知る者に退化人類ターニテルなんてそしりを受ける様になったんだ。


 隣で幸せを噛み締めるアイリスを他所よそに、現代の人類への憂いにばかり意識が行っていた俺は……相棒エキシージのハンドルを握る視界の遥か遠方——僅かに光が走る様を捉えた。

 無論その距離ではそれが何であるかは判別できるものではないけれど——


 すでに感覚的に、迫る危機を察知し双眸を鋭く細めた。


 それに合わせた様に鳴り響く通信用携帯端末。

 停車し……投影される端末映像へ状況確認をと、通信主に——騒がしいと噂の通信担当クーニー・ジアンタへ言葉を投げた。


「クーニーだったな!?何があった!尖兵の襲来かっ!?」


『そーっす!草薙さん!深淵の尖兵が今しがた確認されて……今あたし達が——大空を舞う防空機動兵装B・D・Tビヤーキー・ドライブ・チームが華麗に——』


「御託はいいから状況を伝えねーかっ(汗)!?」


『うえー!?最後まで言わせてーーっ!?』


 まあ騒がしいとは聞いていたけれど、ちょっとこのを感じた俺は少しがなる様に再度確認を取る。

 慎志しんしさんいわく、このウザさや鈍感さに加えて短絡的な思考ゆえ尖兵の精神汚染を受け難いとの事だが——


 そんな俺たちのやり取りに割って入るのは、連中でも一番マトモなユイレン・カールソン——火急極まる通信を送って来る。


がすみません、草薙さん!状況報告、ヒュペルボレオス上空へ深淵の尖兵を数集団確認——』


『総数は現在計測中ですが……その中に大型の——それもナイトゴーントでは無い存在を一体確認しました!』


「大型!?まさか邪神の新手か!?」


 隣り合うアイリスと首肯しあい……助手席へしかと座り直した彼女を見計らってアクセルを煽る。

 同時に切ったクラッチを、一気に繋ぎ後輪が空転を始めると——相棒エキシージがその場でスピンする様に回転する。

 まだコーンウォール空港からさほどの距離を取っていなかったのが幸いと——正確な状況確認をアイリスに任せて、相棒エキシージを猛然と加速させた。


 だがすでにヒュペルボレオスが襲撃されたと言う事は、一刻を争う事態でもあり——ダメ元でそれを打開出来そうな案をアイリスへと問うた。


「アイリス!空港まではいいとして……このままではヒュペルボレオスが陥落しかねない!輸送機でチンタラ戻る訳にもいかねぇ——何か案は無いか!?」


 チラリと緊急高速走行中に隣のアイリスを見れば、浮かべるは涼やかな瞳としたり顔。

 手段があるとの表情で……俺達にとってのを提示して来た。


「愚問ですマスター!流石に竜星機オルディウスを直接呼び寄せるだけの、技術的な特殊技能は私にもありません!ですが——」


選択肢であれば……あります!その間私の入れ物の身体を開ける事になるので、丁寧に扱って頂けると助かります!」


 したり顔のまま説明をくれたアイリスへ首肯し……提示された旨への了承とする。


「ああ、それなら任せてくれ!ドライビングを可能な限りソフトに行い空港まで向かう!そこで待機でいいって事だな!?」


「はい!では——少し失礼致します!」


 アイリスが返答を返すや、薄発光に包まれると物言わぬ人形の入れ物へと変化する。

 元来、高次霊量子情報生命体とされる彼女は入れ物の身体を一時的に抜け……別の個体となる受け皿へと次元的に転送可能であり——

 その情報生命体と化した彼女が機体管制システム【ヴァルキュリア・システム】に宿る事で、あの竜星機オルディウスは起動する。

 言わばその原理の元、今彼女が事態打開策となる物へと高次転送により向かったと言う訳だ。


 そして程なくその全容が——通信先のユイレンから通信として届く事となる。


『草薙さん……ただいまアイリスさんの高次霊量子情報反応がヒュペルボレオスへと回帰——同時に機関に内包された竜星機オルディウスの強化武装起動を確認しました!』


『強化武装総称——可変式大型武装換装艇 ドレッドノート……個体名称〈テラーズ・ドレッド〉です!!』


 俺の元へと駆け付ける物の名は——テラーズ・ドレッドと呼称された。

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