第10話 星を纏う竜の目覚め

「……つかこれ、何の冗談だよ!こいつに乗れって……それに今何が起こってるんだ!」


界吏かいり様、今は詳しい話している暇はありません!この方……シュテンリヒ少佐の指示に従って——」


「乗りたくないのであれば、好きにしても構わないんですよ?」


 事態が飲み込めず、詳細説明を要求したら……まさかのシエラと名乗った女性が搭乗否定の選択余地を提示して来た。

 それもかなり険悪な雰囲気で——


と言って呼び止めておきながら、って——俺をからかってるのか?」


「シ……シュテンリヒ少佐!?事態がこじれます!一刻を争う時です……ここでの無用な口論は出来れば控えて頂きたく——」


「これは。誰が搭乗しようと、それが変わる事はないはずよ?ならば戦う意思がない者よりも、戦う意思がある者こそが搭乗するべきではないかしら?」


 そして始まる、呼び止められた俺そっちのけの内輪揉め。

 正直すでに何が何だか分からない。

 て事で、ちょっとガラでは無いけれど……内輪揉めを収束させるために言葉を挟もう——


 そう思考した俺の背後……殺意とも恐怖とも取れる感覚が、恐るべき速度で近付くのを察知し振り向いた。

 刹那……その俺を覆う様に飛びかかったのは、眼前で険悪さ全開だったシエラさん。


 それと同時だろう――轟音と爆炎が、


「——って~!一体何が——ちょっと待て!?」


 険悪ささえ無ければ超絶美人の女性……それが庇う様に俺を覆う。

 そこから香る大人の女性独特な色香と、引き締まるも柔らかな肢体の感触が俺を襲うが——

 、起き上がる俺の視界に広がっていた。


「……そん、な——エキシージが……——」


 言うに及ばず謎の攻撃が爆轟に包んだのは、少し前まで俺がエキシージを停車していた位置。

 少し離れたマセラティも危うく巻き添いを食うほどの地点が、燃え盛る爆轟に飲まれる。


 それを……今俺に被さっていたシエラって女は、何も知らぬくせ言うに事欠いて——


「バカな事を……たかが自動車の一つや二つで。先に自分の命の心配を——」


「アレは親父が俺に残した、たった一つの形見なんだよっ!!」


「なっ……!?叢剣そうけん、殿の——」


 ついて出たその言葉に、俺は激昂を覚えた。

 口ぶりから親父の事は知り得る所なのだろう——それがすでに亡くなっているのも知っている様な狼狽えぶりだ。

 ともあれ俺の視界で親父の形見が消し炭になる……そんな現実を叩き付けられ——思考が言いようのない怒りに包まれそうになる。


 その時——シエラと名乗った女が……双眸へ驚愕を顕として爆轟の中を注視していた。


「……そん、な……!?これはどういう事!?アイリスっ……なぜ勝手な行動を——」


『申し上げますと……この機体は登録された搭乗者が乗り込んでいない場合は、それが起動する事はありません。それが仮登録にて乗り込んだあなただったとしても……です。』


 動揺した様に叫ぶシエラなる女。

 それに応対するのは眼前のロボットからだろう——少女……と思しき声が響いた。

 すでに悲痛に飲まれる俺も、女の目にした異常事態を反射的に視認し——


 そして、


「おい……このロボット——搭乗者がいなけりゃ起動しないんだよな!?じゃあなんで……こいつは!?」


 今女と少女が交わした会話からすれば、搭乗者であったのはヨロヨロと立ち上がるシエラなる女のはずだ。

 けれど事実……眼前の巨大なる竜とも武士もののふとも思える鋼鉄の使者は——

 爆轟に包まれたはずの俺の愛車を庇う様に腕部を伸ばし、寸での所でエキシージが無傷だったんだ。


 きっとその時から、俺の真の試練が始まっていたのだろう。

 起動しないはず竜巨人……それがたかが人類の文明の産物の一欠片——しかし俺にとって、親父との遠き思い出の詰まった相棒それを庇うと言うあり得ない事象。

 そんな事象を引き起こした機械であるはずの存在に、俺は――宿を感じた気がした。


 同時に——俺は躊躇う事無く……それを口にしていた。


「……マジかよこいつ。上等じゃねぇか——お前はただの機械じゃ無いって事だよな、竜巨人!いいぜ——」


「俺は今からこいつを受け取り、この異常事態に対抗してやるよ!これで文句はねえな、おめぇら!」


 貫かれた魂が、熱く激しくたかぶるのが自分でも感じ取れた。

 その時思考に過ぎったのは、紛う事なき親父の残した言葉。

「例え機械の塊であったとしても、魂とは宿るものだ。」と言う、今俺の眼の前で起きた事象そのものを予見したかの様な言葉の羅列。


 すでに視界の端——自分達の務めを果たし、且つ俺に希望でも賭けていたかの表情で首肯する二人のSP。


 ならばとそちらを見やり問う。

 この時から俺が搭乗する事となる、巨大なる竜の戦士の名を——


「教えろっ……こいつの名を!俺と共に、!!」


「オルディウス——星を纏う竜の守護者……竜星機 オルディウスです!当主、界吏かいり様っ!!」


 俺はその時——

 逃げ続けた運命と……初めて向き合った気がした。



§ § §



 未だ英国上空を舞う深淵の尖兵ナイトゴーントの十字砲火は、止む事を知らず——

 守護の盾八咫天鏡解除後の調整も、ギリギリ間に合うか否かの防衛戦。

 すでに深淵を穿つ翼ビヤーキーが一機……また一機と、受けたダメージで戦線離脱を余儀無くされていた。


「その機体は一人乗り……あなたが搭乗するというなら預けます。精々英国を守って来なさい。」


 渋々機体を迷える当主へと引き継ぐ罪に舞う少佐シエラ

 しかし吐き棄てる様な言葉には、無数の棘すらまぶされる。

 が、すでに己で決断した迷える当主界吏はその少佐へと一つの交換条件を提示した。


「ああ、やってやるさ!けど一つ条件がある!あんたの指示には従うが……戦い方に関してはで行かせてもらう——それが条件だ!」


 おおよそ期待や羨望など欠片も無い、鋭さ孕む双眸で……星を纏う竜巨人オルディウスコックピットに上がる当主を睨め付ける少佐。

 僅かな嘆息と共に同意の意向を示す。


「……いいでしょう。戦う意思が生まれたのなら多くを語る事もありません。あなた達っ!私をヒュペルボレオス管轄の軍空港まで運びなさい!」


「彼への大まかな指示が必要な時はそこから出します!いいですね!」


 半ば強引にSPへ移送を申し付ける少佐に、苦笑のまま従うSP達。

 そこへ迷える当主から、すでに閉じたコックピットより外部音声越しで依頼が投げられる。


『いいか!俺のエキシージも運んどいてくれよ!?そのヒュペルボレオスとやらへ、どの道俺も向かうんだろ——任せるぞ!』


「了解です、界吏様!漸くこの時が訪れたんです……その程度はお安いご用——」


『傷付けんなよ!?分かってるか!?』


「——あー……善処します。」


『大丈夫なんだろな!?』


 そして愛車が半ばエンストをかましながら運ばれるのを、星を纏う竜巨人内で嫌な汗に塗れて見送る迷える当主——

 先に響いた声の主……幼き少女と思しき者へと声をかけた。


「こいつにはもう一人……大方機体サポート面担当として乗ってる奴がいるんだろ?」


『はい、初めまして。私はコードアイリス——当オルディウスに於ける全システム制御を担当する、です。』


 ハッチが閉まると同時に半全天型モニターが当主の視界を覆い、そこへ投影された幼き少女を模した人ならざる者が声を掛けて来る。

 だが、その少女らしき存在の言葉へ眉根をしかめた迷える当主が——


「人ならざる者か……。なあ、そのってのはやめねぇか?少なくとも今お嬢さんの姿は人を成してる——ならそんな機械的な呼び名じゃ寂しいだろ?」


『えっ!?あの……寂しい?』


 一瞬言葉の意味が理解できぬ人ならざる少女へ、尚も迷える当主が言葉を続けた。


「お嬢さんの名前——それこそ人に付けられるファーストネームにラストネームにとかあるんだろ?それで行こうや。」


 向けられた言葉へ——感じた事も無い温かさがその身を包んだ人ならざる少女は……僅かに頬を紅潮させて返答する。

 モニター越しの眼前の存在が……その存在こそが、仕えるべきマスターとの確信を抱いて——


『では……私はアイリス・ローディエンヌ。これが、観測者アリス様から与えられた私の——マスターとなる者に呼んで頂く名前です!』


「アイリス・ローディエンヌか……良い響きじゃねぇか!これからよろしくな、アイリス!」


『はいっ、マスター!』


 その刹那——

 星を纏う竜巨人が……未知の光の帯をその機械の身体にほとばしらせる。


 ——星の守護者が……真の目覚めを迎えたのだ——

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