第8話 因果は今……邂逅する

 新たなる目覚めを受けた私。

 この時代初めての視界を占拠したのは、ほのかに輝く古代技術の揺籠の中。

 そして程なく私は私の存在意義を果たすべく訪れた人に連れられ、竜の入れ物へと導かれます。


 けれどその人は——この時代の人間は……暗く澱む罪にまみれた瞳をしていました。

 それを視認した私は……黒く——そして暗い淀みが意識を覆い始めていたのです。


「シエラ……シエラ・シュテンリヒ。アリス様を救えなかった者……——」


 暗く黒く、黒く暗く——


 そんな中……少し離れた街の何処いずこ——私は感じたのです。

 雄々しく輝く恒星の如き意思を。

 けれど今はまだ、迷いに揺れる宇宙と重なる魂を。


 ——宇宙と重なりし者フォースレイアーの魂を——



§ § §



 追い回すSP連中のマセラティでは、狭い道を行けないため……俺の考え得る限り、街並み裏手のエキシージが通れる道を駆け抜け——

 回り道を幾つか抜けた先の幹線道路へ出た頃……俺はその異変に気付く事となる。


「何だ!?何で唐突に大渋滞が……封鎖!?いや待て、何がどうなって——」


 開けた通りはごった返す一般車両で一杯となり、警官が慌ただしく交通整理を行っていた。

 普段交通量の少ない道路と言う認識だった俺は、まさかの足止めを食う事となる。


「……ったく!これじゃあいつらを撒けねぇじゃねぇか!」


 すぐさま思考に残る市街地の道と言う道を洗い出し、導かれた脇道へ向かわんとエキシージを後退させ急発進。

 けれど俺の誤算はそこからだった。


 脇道と言う脇道の行き着く先が、ことごとく封鎖された異常な状態のロンドン郊外——

 そこまで来てようやく自分が置かれた状況の本質が見えて来た。


「これ……何かが起きてるのか?流石にここまで、出る道全てが封鎖は異常だろ?」


 直後……俺は閃く直感のままに空を見上げた。

 その視界に映るのは——地球の大海を写した様な英国の澄み渡る空が、薄く広大な膜で覆われた様な光が揺らめく世界。

 それも見渡す空の全てが謎の膜に覆われる。


 普通ならあり得ぬ異常事態……のはずが、俺はそれを知っていた。

 残念な事にその事象は、守護宗家に生まれた者であれば嫌と言う程に知り得てしかるべき物であったから。


「……つかまさかこれ――八咫天鏡やたてんきょう!?けどなんで英国に……それに加えてこいつぁ、ロンドンの都市所かUK全域に展開してるじゃねぇか!」


 見上げた視界を奪う見慣れた異常は、俺の意識よりSPから逃亡中である事を忘却させ——すでに、エキシージ背後に停車したマセラティにさえ気付く事が出来なかった。


「や……やっと追いついた!……うっぷ——ちくしょう、お前……もっと界吏かいり様みたいに華麗な運転しろよ!?」


「無茶言うな!当主のガチストリートアタックに追いつけるもんかよ!?」


「……おめぇら——はぁ。これじゃ追い付かれるのも無理はねぇな。」


 背後から響いた見知った声で、観念する様に嘆息し——また嫌なお小言の応酬が来るなと覚悟しつつ、道路封鎖で右往左往する幹線道路の車両達を一瞥した。

 そんな俺へ待ってましたとばかりに口を開くSP連中は——


界吏かいり様!今日こそ宗家が擁する施設へ戻って頂きますよ!」


「そうです……当主様が背負う御家の宿命が重いのも分かりますが——」


 開く口に混ぜた「御家の宿命」と言う下り——こいつらは出来る限り俺の事を考えた上で話している。

 そう……俺の嫌気が差したのは宗家の仕来しきたりであり、決して俺をいたわるこいつらじゃない。


 こいつらじゃないのは分かっているからこそ……口にした言葉には抵抗しか浮かばなかった。


「……おめぇらの気持ちは理解してる——けれど俺の宿命の重さを、本当の意味で理解できる者はこの世界のどこにもいねぇさ。」


「……界吏かいり様。」


 この世界——

 俺が口にする宿命は、宗家の仕来りと言う下りなんかじゃなかった。


 それは俺自身が生まれた瞬間から課せられた……恐らくは歴史史上類を見ぬ壮絶さを孕む運命さだめ


 今この地上に住まう人類は、とある一部の者……古の超技術ロスト・エイジ・テクノロジー時代を知る者より貼られたレッテルが存在する。

 数多の歴史上、2000年代に至るまで……この世界は最も多くの命が奪われた最悪の時代と言われ――そんな人類へさげすみと哀れみを込めて、その者達は地上人類を〈退化人類ターニテル〉と呼称しているんだ。

 そこには人権的な意味合いなど彼方に置き去る、が込められている。


 その〈退化人類ターニテル〉と呼称された現代人では知る者などほぼ皆無に等しき事象――とある一部の者のみが知る存在が、古の地球には栄えていたとされた。


「おめぇらは例えば、己の意識に他人のあらゆる感情が流れこんだとして――正気を保てる自身があるか?」


「それ……は――」


「そしてそれが近付くあらゆる者……知人か他人かに関わらず、その全ての感情が―― 一日とかそんなレベルじゃない、生まれた時から流れ込み続ける現実に……正気でいられると思うか?」


「――界吏かいり……様!」


 俺がそれを伝えたのは義兄あにである炎羅えんらさんと、実姉である麻流あさる姉さん――そして今は無き親父だけ。

 SP達も頃合とそれを聞かせれば、真実を悟ったこいつらはいつにも増して俺をおもんばかる目を向ける。

 そして言うに及ばず――感覚的に、二人の意識が流れ込んで来た。


 それこそが、俺の余りにも重過ぎる運命さだめ――

 はるかいにしえ―― 一万二千年前までこの地上で栄華を誇った人類は、現代に生きる白人や黒人……そして黄色人種全てにとっての上位的存在。

 黄金人レゾナと呼ばれる種族と、古代文献――外典と称され真実から葬られた物に記される。


 その時代にこの地球を支配したと言われる太陽の帝国、ラムー帝国を支えた黄金人レゾナ……彼らは生まれ付いた時から宇宙と対話する力を有していたとされ――

 今現在も当時の呼び名が引き継がれ、ラムー帝国の意志と力を継ぐ守護宗家の文献に刻まれていた。


 ――宇宙と重なりし者……フォースレイアーと――


 俺は――生まれ付いての、重なりし者フォースレイアーと言う運命さだめを背負ってこれまでを生きて来たんだ。



§ § §



 襲来したナイトゴーントに対し、満足な迎撃も叶わぬ現状にいきどおりを覚える。

 満を持して目覚めた機械人形ドールは機体の出力制限の解除を否定し……私のいきどおりがさらに強いものとなるのが自分でも感じ取れた。


 なす術なく中空へ止まり、ただクロスレンジを避けようと無様な舞を演じる竜星機オルディウス装甲を……徐々に深淵が放つ遠距離反量子振動熱線が焼き焦がす。


 周囲を舞うビヤーキーの防衛戦も下がり始めている今……もはやコード666が発令された意味すらも危うくなり始めた——


 ——そこでようやく、局長が鳴らし続けたヒュペルボレオスからのコールサインに気付く。


『――佐!聞こえているかね、シエラ少佐!このままではビヤーキーはおろか、その竜星機オルディウスまで落とされかねん!だが今しがたSPより通信が入った——』


『草薙君を確保したとの通信だ!場所はロンドン郊外南西の幹線道沿い——データを送信した……すぐに向かってくれ給え!』


「(何を今更……搭乗者が変わったとて——)」


 機関マスターテリオンとしては待ち侘びた者——

 けれど私はいくら搭乗者が彼に変わったとて、現状を打破できるなどとは考えられず……しかしその指令を無視で出来ない今は、竜星機オルディウスコックピットで歯噛みしながら大人しく従う事にした。


「……やむを得えません。了解——指定座標へ竜星機オルディウスを向かわせます。」


 胸部大型ファランクスを牽制と撒き散らし、機体をひるがえすと指定座標へ竜星機それを飛ばす。

 胸に宿す、諦めにも似た心情を孕んで。


 そんな私は知り得ない。

 マスターテリオン機関が待ち望んでいた搭乗者……草薙 界吏かいりと言う青年が——

 ドールはおろか……あのアリスでさえ待ち望んだ、使である事を——

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