第7話 天空に舞う竜星機

『ドールシステム、該当個体〈コードアイリス〉霊量子データアップデート開始。竜星機オペレータシステム【ヴァルキュリア】起動——』


「オルディウス メインシステム、正常に稼動中!各機体スラスター及び、補助稼動アクセルカバースラスター……反応良好!」


「うむ!ここまでは整備Tのメンテナンスが活きているな!整備長……バーミキュラ整備長!そちらでデータ観測をよろしく頼む!」


「……んあ。任しとけ。こいつは楽しみだな……ケケッ!」


「バーミキュラ整備長!あともう少し科学者らしく出来んかね(汗)!」


「ケケケッ!舐めてんの?十分科学者らしいでしょう?」


「——もういい。」


 通信が飛び交い、格納庫一角で並ぶ無数のモニター前で足を投げ出す整備長と呼ばれた女性。

 憂う局長慎志の言葉へ、マッドサイエンティストを地で行く様な悪態で返す横暴ぶりが鼻を付く。


 そんな格納庫は、盾なる大地ヒュペルボレオスを縦に貫く長大な様相。

 神秘的な光に包まれ、それはそびえていた。

 ゆうに30mを超えるその体躯は、白銀と黄金を散りばめた曲線とも直線とも取れる装甲が幾重にも重なり——

 人型を取るも、幾重にも重なる纏う装甲それが竜鱗を思わせる。


 所々に輝く半透明の紅玉にも似た可動部が、幾難学模様に彩られて淡く光る。

 そして双眸には脈々と流れる血液の如き輝きが宿り……その下部を覆う頭部装甲で、鎧甲冑を着こなす騎士——否、武士もののふにすら見えた。


 その巨大なる体躯を司るコックピット内は、一見シートに座する形ではあるが——ともすればそれが直立し、異様なる立ち姿での操縦すら可能としていた。

 現在そのシート状に固定したコックピット内……あの罪に舞う少佐シエラが、機体発進準備を着々と推し進めて行く。


 瞳に贖罪を果たさんとする覚悟を宿して——


『〈コードアイリス〉の正常なアップデートを確認しました。これより発進シークエンスに入ります。』


 淡々と発進シークエンスをクリアする罪に舞う少佐。

 だが感情すら宿さぬその姿に、憂う局長も一抹の不安を過ぎらせる。


「(クロノライブラリによればあの竜星機オルディウス……搭乗者の感情と、星霊姫ドールの霊量子波長同調が機体出力向上のかなめになるとあったが——)」


「(正直今の少佐では、不安しか浮かばんな。……まあ、当の草薙君は未だ——やむを得まい。)」


「いいか、シエラ少佐。〈コードアイリス〉をアップデートしたからと言って、その竜星機……オルディウスはすぐに我らの戦力となる物では――」


『――シエラ・シュテンリヒ……竜星機オルディウス、イグニッション。』


「まっ!?待たんか、シエラ少佐!」


 憂う局長へと過ぎった不安は、――局長殿の言葉も待たずして罪に舞う少佐が星の竜機と供に盾なる大地ヒュペルボレオスより飛び立った。


 重力操作により巨大なる竜機が浮遊すると、半物質化したレールに沿う様に機体が加速。

 盾なる大地ヒュペルボレオスの中央カタパルト――斜め上方へ傾斜したそこより、気炎を吐く星の竜機が舞う。

 その速度たるや、蒼き世界の大気圧も物ともせぬであった。


 しかしその気炎は……確かに力強き光塵を残すも――あの制空機動兵装ビヤーキーにすら遠く及ばず。

 そう――憂う局長が抱く不安を、内包したままの出撃を見てしまうのであった。



§ § §



 全ての整備は上々。

 機体のデータも確実な転送を終えたはずだ。

 なのにこれはどういう事だ。


 機体出力の6割を下回る鈍重さが、亜音速に達するのでやっとの出力係数。

 これではまるで、ただの敵の的――役立たずの木偶の坊じゃないか。


「コードアイリス!これはどういう事!?なぜこの程度の機体出力しか出せないの!これではあの恐るべき深淵の勢力にとって、いい的にしかならないでしょう!?」


 苛立ちが声を荒げさせる。

 間に合わせた大型集束火線砲すら、機体側の出力不足で充分な電力供給が行えない――

 ともすれば、この地球を守る所か間違いなく落とされるは必至の状況。


 これでは贖罪も何も無いと、現在意識データを機体内のオペレートシステム〈ヴァルキュリア〉へ宿す機械人形ドールへ不満とも言える抗議をぶつけた。


『大変遺憾ながら、私は未だマスターとなるお方との契約認証を終えておりません。よってあなた――シエラ様が如何な命を申しつけようとも、これ以上の機体出力制限への干渉は承認致しかねます。』


「なっ……契約――認証!?これはただの兵器よっ!?そんな物が――」


 想定外も甚だしい。

 これは少なくとも地球が誇る最大戦力のはず――それがろくに機体出力も上げられないのでは、私がこの機体に搭乗する時を待ち続けた意味などないではないか。


 そんな思考に駆られ、視界に映る半全天型モニター確認を怠った私は……すでに数機のナイトゴーントの攻撃射程に入っている事にすら気付かず――


「――っ!?しまっ……――」


 間に合わせの集束火線砲射程レンジ外を脅かされた私は、ナイトゴーントに肉薄される事となる。

 すでに想定外が猛威を奮う中反撃に転じようとするも、近接に於ける武装は胸部の大型ファランクスと肉弾戦のみ――けれど精神汚染の危険があるクロスレンジは何としても避けねばならない。

 機体をひね」る様に加速し……強引に敵尖兵を振り切った私は、集束火線砲を機体脇へと固定し――


「私に――近付くなーーーっっ!!」


 モニターに映る爆豪は敵尖兵の中央を穿ち――

 かろうじて数機のウチ、二機への中破ダメージを見舞う事に成功する。

 が……元々砲出力を機体動力炉のエネルギーに依存するこの火線砲――すでに数発が限度のエネルギー残量と化していた。


「一発でこれだけのエネルギー消費ですって!?なんてバカ食い……これでは残りの敵勢力を掃討するなんて――」


 思考を支配する贖罪を果たす使命。

 その時の自分には――竜星機オルディウスをただの兵器として振り回す私を、〈ヴァルキュリアシステム〉内で憂う様に見やる人形の事など欠片も存在していなかった。


 例え契約者が不在であろうとも、星霊姫ドールとの対話と信頼を経て得られる仮霊力同調と言う機体運用法など――行えるはずもなかったんだ。



§ § §



「局長!各グランドホーンの稼動状況が不安定です!このまま稼動を続ければ、異常をきたし……最悪設備破損に繋がるかと!」


「な……そうか!そもそも稼動が初めての設備だ……少々の異常は粗方織り込み済み—— 一旦盾を解除するとし、再度調整展開にどれだけ時間を要するかね!?」


「5分……いえ、3分で終わらせます!」


「上出来だ!聞こえたな、ビヤーキードライブチーム!その間敵尖兵を英国には絶対近付けるな!」


 未知の敵に対する未だ手に余る技術運用。

 いかな古代技術研究機関とは言え、無用に設備起動実験を行う事も叶わず——あらゆる設備起動がぶっつけ本番となる実情を抱えていた。


 そのため、一時的な守護の盾八咫天鏡解除を余儀なくされるが——それは即ち、戦いの砲火が英連合国本土へ降り注ぐ事を意味していた。


『ちょっ!?私達、なんかいつの間にかチーム呼称されてない!?何それカッコイイ!』


『……それは兎も角、八咫天鏡やたてんきょう解除中は敵を一体たりとも地上へ落とせないって事でしょ?無茶振り過ぎない?』


『無茶は承知よ!了解です……ビヤーキーチームはこれより八咫天鏡やたてんきょうに合わせ、防衛網を強化します!二人ともいい!?』


『『うえ〜い……。』』


『もうその復唱で良いわよ……。』


 すでに防衛線が後退し始める深淵を狩る者ビヤーキー部隊——が、事が事であるため渋々無茶を押した命に応じる三人娘。


 そこへようやくの登場となる、希望宿す竜巨人が天空に舞う。

 だが——


『私に近づくなーーーーーっっ!!』


『ちょおっ!?危な——って、危なく無いけど……もしかして、オルディウス操縦してんのシエラ少佐!?』


『局長っ!少佐を止めてください!こっちの連携がメチャクチャです!これでは——』


「全く彼女は……何をやっているのかね!少佐……聞こえているのか、少佐!少しはビヤーキー隊と協力したまえ!!」


 星の竜機オルディウスが放つ集束火線砲は確かに深淵の尖兵を捉えていた。

 しかし射線状に味方の制空兵装が舞う中での砲撃は、連携という言葉など彼方に吹き飛ぶ様な無謀な行為である。


 己が贖罪を果たさんと星の竜機オルディウスへと搭乗した罪に舞う少佐は——その罪に囚われる余り、周囲の何物をも忘却した思考で戦場へと赴いてしまったのだ。

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