第5話 贖罪

 蒼き天空を割く様に、無数の物体が飛来する。

 それを確認した英国は、速やかに本土防衛を国家機関へと打診。

 そして数字を冠する獣機関マスターテリオンへとお鉢が委ねられる。


 だが……英国を守護する者達は、せめてもの抵抗と防衛部隊を空へと上げる。

 例え無力のままに……来る襲来者の手にかかるとしても——


『各艦、目標を視認した!これより航空戦力を上げる——第一から第三までのライトニング隊……各機速やかに発艦せよ!』


 現在英国の守護を担うは陸海空に宇宙軍を加えた、英国統一防衛軍の名が与えられし部隊。

 すでに宇宙時代に入った事で、宇宙の彼方よりの脅威が万一蒼き星を襲った際――それにあらがう事の叶う武力の形体を模索する、世界の名だたる国家群。

 統一防衛軍は言わば、その雛形とも言える組織である。


 人と人とが争うならば、統一防衛軍の名を冠する武力は絶対的な優位性を持ったであろう——が、外宇宙より来るそれらは常軌を逸した攻撃を解き放つ。

 すでに女王よりの指示を受けし、防衛軍――4隻のイージス巡航艦に守られた空母クイーンエリザベスから、舞い上がる翼は現在導入最強を誇るF35Bステルス戦闘機。


 次々と空へ上がる翼。

 ツーマンセルを維持しエリート然と天空を支配する彼らは、英国を守るかなめであったはずだ。

 そう――はずなのだ。


『なんだこいつら!?動きが――くそっ被弾した!緊急離脱……――ザッ、ザー』


『こちらブリンガル小隊っ!奴らいったい何なんだっ!……こっちのケツに!?ふ、振り切れないっ!!』


 大気を孕み天空を疾駆する英国の空舞う騎士F35Bが、異形の攻撃により追い詰められ—— 一機、また一機と木の葉の様に堕とされる。

 それも異形の一団は先遣隊とも言える数機のみ。

 その数機に翼が次々と手折たおられていたのだ。


『——オイオイ今度は俺のケツかよ!回避……を!?なんだこりゃっ!?』


 異形に追われる空舞う騎士F35Bの一機が、回避を試みようと大きく左へ急旋回したその刹那——

 機体キャノピーに映ったのは……——漆黒の体躯を蠢かせる


『う、うわああああああああーーーーーーっっ!!』


 しかしパイロットは、その様相云々では無い魂を浸蝕するかの気配に絶叫を上げた。

 五感のいずれでも無い——だが確実に、パイロットの魂を浸蝕する深淵の気配。

 まさにその気配に包まれた空舞う騎士F35Bが混乱の渦中へと引きずり込まれようとした時——


『英国統一防衛軍へ!こちらは対宇宙外勢力防衛機関マスターテリオン所属、無人制空機動兵装ビヤーキーオペレーター!これより我等が、対外宇宙勢力防衛戦闘を引き継ぎます!』


『そちらはベイルアウトした同胞の救助へ!それと敵を目視で視認した方へ——精神を強く持つ様に!深淵の尖兵による精神汚染の恐れがあります……速やかに守護宗家、並びに防衛軍所掌の医療機関へ向かい対応を申し出る様に!』


 異形に張り付かれた機体前方よりすれ違う機影。

 それより放たれた量子振動式のレーザー火線砲が、張り付く異形を焼き切った。

 空舞う騎士F35Bよりもふた回り大きな姿に、デルタ翼——が、よく見れば既存の戦闘兵装にはあり得ぬ複雑な可変推進機構。

 さらには……ジェット推進に見られる様な熱源を伴わぬ飛行で天を駆けるそれは、地上にある何物にも似通わぬ様相を呈していた。


『各機、これより外宇宙敵勢力尖兵——ナイトゴーントの討伐に当たります!対混沌ケオティクス量子振動レーザーカノン起動……攻撃開始!』


 現れたのは数字を冠する獣機関マスターテリオンよりの使者——

 深淵と対峙する者ビヤーキーであった。



§ § §



「あたしこれ初めて動かすよーーっ!なんか緊張するわ~~!」


「……お気楽ね。つか何で私まで——」


「こんな所で寝ないでよ、シャウゼ!各A・R・S・Gアンチ・ロトン・スピリティアル・ガードコントロール起動確認——」


「いいわね!?モニター越しでも、奴らからの精神汚染影響の恐れがある以上——油断しないでよ!」


「「うえ〜い。」」


「ちゃんと復唱してっ!?」


 研究階層で事態を確認した私達は、対外宇宙勢力防衛のため——それぞれの持ち場へ速やかに散る。

 すでに発令されたコード666対応は、今までの研究室では役不足——そこでこの、ヒュペルボレオス内の防衛作戦専用司令室へと場を移す事となる。


 しかしその内、八咫やた局長は指令を兼任するべく防衛作戦対応研究員を引き連れそちらに向かうが——あのは、その司令室でも一段下がった専用コントロールシステムに走り……速やかな対応に入った。


 その下層に横たわるのは、各部隊を担当する三人分の専用コントロールカプセル。

 研究員一人分の操縦席を模したシステムで、一度に二十機前後のビヤーキー管制制御を可能とする無人機対応の同時複列遠隔管制システムだ。


「ユイレン君、シャウゼ君……そしてクーニー君!これよりその無人制空機動兵装ビヤーキーにて防衛行動に入るが……未だかつて眼前の未知なる敵との交戦経験——人類にはそれが無い!」


「よって、データ収集も兼ねた防衛行動である事を肝に銘じ……各機のコントロールに集中してくれ!」


「了解です!」


「うえーーい!」


「ふぁ……——」


「起きてるか!?シャウゼ君(汗)!?」


 無人機動制空兵装エアリアルビヤーキーは、想定された敵対勢力への唯一の防衛が叶うかなめであるとともに——相手取る存在の特徴を、クロノライブラリから事前に導いた故の対応でもある。


 クロノライブラリは古の技術体系ロスト・エイジ・テクノロジーに属する膨大なる情報網……その一部へ制限付きでアクセスが出来る情報端末。

 そこから導かれた、敵対勢力の特徴と本質を研究し生み出した機動兵装がビヤーキーだ。


 敵対するは外宇宙より来たりし者。

 それは観測者に連なる勢力——

 さらに導かれた特徴として、耐性を持たぬ地上の人々はその姿を直視した際——精神汚染とも取れる異常を来すと言うもの。


 つまりはそれを考慮しての制空兵装であった。


「これから続くであろう防衛戦に向け、各々機体を落とされ過ぎぬ様——ビヤーキー……発進せよっ!」


「フェアリー隊、イグニッション!ぶっちぎるぜぃ!」


「ピクシー隊、イグニッション。……。」


「シャウゼっ!?それ、の間違い!?あーもう!シルフィード隊、イグニッションっ!」


 ヒュペルボレオスを放射状に包む各滑走架台は、この深淵を穿つ翼ビヤーキー用の発進カタパルト。

 機関に小型量子振動反応炉を持つ双発エンジン機体。

 しかしジェット推進などと大きく異なるそれは、非熱源機関がもたらす恩恵にて常識を超越した航続距離と空戦能力を有し——さらにはパイロットを必要としない事で、地球重力圏内に匂いては大気をものともせぬ超高機動を実現した。


 反応炉の生む量子振動波が大気中の粒子と干渉し、エンジン後方へ振り巻く各機一条ずつの気炎――量子波対消滅の残滓が幾重もの光の帯を描く。


 英国が誇る統一防衛軍の精鋭達も目にしているだろう……それが

 だが……それでも——


「シルフィード隊、交戦空域に入りました!これよりナイトゴーント討伐を開始します!」


「フェアリー隊っ!討伐開始ぃぃっ!——って、硬っ!?」


「ピクシー隊……ちょっとっこれ、攻撃が全然通らないんだけど?」


「各機はカノンの量子圧縮モードを調整!ファランクスモードから集束砲モードへ!」


「こちらで英国本土への被害軽減のため、八咫天鏡やたてんきょう展開準備に入る!それまで本土へ近づけるなっ!」


 交戦経験の無い未知の敵。

 先遣隊であろう事は想定していたけど——これほどの数をさばき切るには、深淵を穿つ翼ビヤーキーも役不足に取れる。

 それらはあくま拠点防空兵装であり、目覚めし竜機を支援する程度の戦力……それも当然だ。


 そう思考した私はすでに本司令室の与えられた席を立ち、しかるべき場所へと足を向けんとしていた。

 すでに局長殿の視線がそこへ向かえと促しているから。


「シエラ少佐……あくまで竜星機を駆るのは、草薙君の身柄が確保出来るまでの間だ。だがそれまでは竜星機を——地球を守護せし最強の剣オルディウスを……任せるぞ!」


「……それが私の任務です。了解しました。」


 多くの言葉は必要無い。

 私は今より搭乗する星の名を冠する竜巨人を駆り、自分の贖罪を果たすために行くのだから。

 私的な事とさげすまれようと……反論する権利など私には無い。


 私が無力だったから、彼女は奪われた。

 愚かなる人類の手で——……。


 私の無力が……——

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