第4話 来る危機、天の彼方より

 英国はロンドン郊外に広大な敷地を有する屋敷が存在した。

 左右対象に伸びる洋館は英国でも古き良き時代を色濃く残す、世界的な文化遺産クラスの煌びやかさに包まれる。

 その玄関へ至る道までも延々伸びる石畳の道が、住まう者の位の高さを否応なしに突き付けて来た。


 その洋館裏手となる場所、開けたテラスにたたずむ小さな影。

 白と黒が全体へ程よく配され、レースが風に揺れるゴシック調のワンピース。

 ヘッドドレスに包まれた、腰まで伸びるまばゆき金色のストレートヘアーをサラサラ揺らし——蒔いた餌をついばむ小鳥を見やり、至福の時を過ごしていた。


「アリス様……地球衛星軌道上で異変ありと——我ら、【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関施設より報告が入りました。」


 小さな影——アリスと呼称された者へかしこまる長身の男性が、冷静に……しかし火急であるとの意思を込めて言葉を発する。

 その声……否、こもる気迫を感じ取った小鳥が警戒する様に飛び立ち——その姿を惜しむ様に見送るアリスなる少女。


 そしてヘッドドレスの下に煌めく蒼碧の瞳を遥かなる天へ——宇宙へと向けて独りごちる。


「時が……動き出した様ですね。この蒼き地球の——行く末を決める試練の時が……。」


 刹那——暖かで柔らかなアリスなる少女の双眸へ、決して人では放つ事の出来ぬ神々しき気配が渦巻き……天を見上げたまま長身の男性へと言葉を投げる。


「良いですか……我らはまだ動く事は叶いません。因果に選ばれし者が自ら剣をその手に取るまで……。そして——」


「かの罪に揺れる魂が人の所業としてではなく……親愛なる友人として懇願を乞うて来るまで——我らは動く事なりません。」


「御意にございます……アリス様。」


 静かに……それでいて強き意思が大気を揺らし——長身の男性もその様にと再びかしこまる。

 黒のタキシードに、同じく黒のシルクハットで身を包み……蓄える顎髭は英国老紳士のたたずまい。

 だが、神々しき少女の大気揺らす気配にも動じぬ意思は……男性が只者では無い事実を裏付ける。


 そして——

 アリスなる少女がその名を呼び……軽く一礼した男性もきびすを返す。


「では【円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ】機関代表……ウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイド卿——あとはよろしくお願いします。」


「はっ……。では——」


 呼び称された名は英国を守護せし騎士機関ナイツ・オブ・ラウンズ

 いにしえより伝わる名門であり、名家の生まれ——現在騎士会をまとめし男性……ウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイド卿。

 アーサー王に連なりし末裔である。


 それから程なくし……事態の詳細が英国本土防衛機関へと伝わり——

 時を同じくし——かの裏社会に於ける英国古代技術研究機関マスターテリオンが、来るべき未曾有の因果との……最初の接触を余儀なくされるのであった。



§ § §



「では状況を報告したまえ!シャウゼ君——」


「了解……。対象はすでに大気圏を抜け、真っ直ぐここ……ヒュペルボレオスを目指しているかと……ふぁ——」


「頼むからこのタイミングで寝てくれるなよ!?」


 突如として響く警報は、今までの日常を破壊する鐘の音。

 つい今しがた衛星監視映像に映った影へ警戒を向けようとし——直後、その映像が途絶えた。

 それもマスターテリオンが有する衛星全てだ。


「よし……ではユイレン君!当機関施設の防衛設備……その運用状況を!」


「了解!現在拠点防衛機動兵装の各種機動確認……チェックを終えました!さらに無人機動制空兵装エアリアルビヤーキー——全機起動確認!同時に準備完了です!」


「「えっ!?」」


「えっ!?じゃ無いわよ、あなた達!すぐに準備して!ただでさえここは人員不足なんだから!」


 緊急事態ではある……が、正直この研究員の少女達では不安しか浮かばない。

 けれど——


「ではクーニー君、格納庫へ万一に備えて連絡だ!現状搭乗者のいない竜星機……何としてでも、あの星を守りし神の化身を守護せねばならん!」


「うぇーい、了解っす!こちらクーニー……整備班に継ぐ——とっとと竜星機専用格納庫の、ロックを確認しやがれぃ!」


「ばかものーーーっ!?普通に指示が出せんのかーーっ!!」


 それがあれば事は動く。

 星を守りし神の化身——例え搭乗者がいなくとも、その時は私がそれを駆ってでも戦場に赴く。

 そう……これは私に課せられたなのだから——


 一人を除く締まらない対応が続く中、八咫やた局長の視線がこちらへと注がれ……期待しているかの雰囲気を送られた。

 こちらとしては、局長への期待に応えると言う選択肢は無いものの……自分の贖罪を果たすと言う使命には彼らの協力も必要なため——

 僅かに嘆息の後、八咫やた局長の指示を仰ぐ。


「シエラ少佐、正体不明機の照合を頼む!多分に間違いは無いだろうが……これは念のためだ!」


「……了解しました。クロノライブラリ照合——アンノウンの行動と映像に残る機影から、該当するデータを算出——」


「……ヒット。アンノウンは敵対勢力である深淵より来たりし者……這い寄る混沌からの使者——ナイトゴーントと照合。総数約五十機と推定。」


「確認した。やはり、深淵の尖兵か……。竜星機のパイロットも未だ捕まっていないと言うのに――」


 今も思う――

 草薙の次期当主がどれ程の物かと。

 竜星機とは言え、所詮は兵器――搭乗者が誰であろうとその操縦技術に長けた者が、駆るのが最も合理的であるはずだ。

 それが、なぜ固執するのか――


 と、その思考に浸る私の視界へ映る暗号通信シグナル。

 通信先は――そもそもこの通信を送れる場所は一つしか無い故、否が応でも察してしまう。 

 言わば時が訪れたと言う事なのだろう……速やかに局長へと報告を飛ばす。


 当然この流れで行けば、私があの竜星機を駆る事も叶うとの算段だ。


「局長……英国女王陛下直属国家機関より入電――コード666【数字を冠した獣マスターテリオン】発動要請です。」


「そう……か!」


 すでに想定はしていたのだろう……局長の目にも迷いなどは感じられない。

 それはこれより蒼き地球――否……太陽系と言う世界が、観測者の下す審判に焼かれる時が来てしまったと言う事だ。


 しかし今はまだ試練の段階。

 これよりの降りかかる試練を越えねばどの道、人類に未来などない。

 そして私の贖罪を果たす前に、世界が果てるなど言語道断。


 約束したのに……彼女を救う事が出来なかった私の――

 私自身で引き起こした尻拭いは、自分でしなければならないのだから。


「英国本土へ緊急警報発令!対津波用・岸壁鋼質防壁ブレイク・ウエーブ・シールド展開を指示せよ!」


「りょーかーい。」


「近海の船舶有無を確認……航行中の船舶へは特殊回線で緊急退避を呼びかけろ!」


「うぇーい!船舶確認……海域クリア!」


「ユイレン君——当施設……研究施設の各種防衛システムを速やかに立ち上げ、浮上後に備えよ!」


「システム起動!機関正常……いつでもOKです!」


 英国よりのコード666マスターテリオン発令は、同時に現在海上にあるこの施設の完全起動を意味し——

 水面に沈む大陸が浮上する如く、その姿を晒す合図となる。


 そして——


「……分かっていると思うが少佐——彼を宗家SPが説得出来なければ、竜星機は君に一旦預ける事となる。」


「……了解です。」


 待ち望んだ瞬間が訪れる。

 私が贖罪を果たすための……唯一の手段——星を守りし竜星機搭乗と言う手段を得るチャンス。

 それだけを思考に抱き、私は局長へと首肯する。


 それを確認した局長は、視線を未だ敵勢力の映らぬ宙空大モニターを睨め付け——

 全ての合図となる言葉を解き放つ。


「これより我々は古代技術研究機関 マスターテリオンから……対宇宙外勢力防衛機関 マスターテリオンへと移行する!機関最大——」


「星防巨大海上機関・ヒュペルボレオス——浮上せよっっ!!」


 放たれた言葉がこの作られた大地鳴動のキッカケとなり、大海よりそれは浮上する。

 中央の盾を模した人工島を中心に、各盾角部より放射状に伸びるは長大なカタパルト機能をあわせ持つ対空兵装機関——それらが大海を割る様に姿を現わすと、周辺海域へ幾重にも襲う津波が近海へ放たれる。


 だが既に岸壁鋼質防壁ブレイク・ウエーブ・シールド展開を終えた英国への被害は無く——防壁に割かれた視界へ、英国民は巨大なる影の浮上を見た事だろう。




 ——そう……これが私達人類の、試練にあらがう歴史の始まりとなったんだ。

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