第3話 忍びよる終末の訪れ
「本当にありがとうございました!このお礼はいつか必ず――」
「ああ……良いって。それよりもあのボンボン――彼氏だろ?むしろあいつにちゃんと詫び入れて貰えよ?それが筋ってもんだ……。」
「金持ちだからって、何でも許される訳じゃないんだからな……。」
英国ロンドン郊外――俺自身も何度か通った経験のある英国機関御用達の病院。
先のボンボンの無様なスピンで恐怖を味わったその彼女さん――病院では特に異常も見られないとの事で、宗家からの支援で自宅までの足を用意した。
そして居場所がウチのSP共に割れてるだろう俺は――その足ですぐ様病院を後にし郊外のストリートを、愛車と共に駆ける。
その足で向かった沿岸で愛車を停めた俺は、斜めに上がる通称ガルウイングドアを
そこに収まるのは名機……
「やっぱり最高だな、この1800ccV−TECは。エキシージとの相性が抜群——この軽量コンパクトな車体でこいつはすでに化け物だぜ。」
NAサウンド独特の排気サウンドを聞きながら、車体を食い入る様に眺める俺は独りごち——ふと視界に入るステッカー……親父が手塩にかけた証のチューニングブランド名に触れる。
今も輝き褪せぬそれを指でなぞりつつ、俺は懐かしい思い出に浸っていた。
「……親父、こいつは本当にいいマシンだぜ?いつもあんたが言ってたよな……例えそれが機械の塊であれど、魂と言う物は必ず宿るって。」
「昔は分からなかったけど……今ならそれも理解出来そうだ。」
懐かしい思い出。
親父の記憶はすでに過去の物。
俺の記憶に残る最後の光景は、宗家が総出で上げた葬儀の光景——親父は分家の陰謀に踊らされて、自らその命を絶つ様に仕向けられた。
宇宙から訪れた者を助けた事で起きた凄惨な事件——けれど後になって浅ましい分家の陰謀と分かった時には、すでに親父がこの世を去った後。
あの時からだ……心底守護宗家と言う御家の
幸いにも俺には姉がおり……すでに宗家を背負う相手も見つけていた。
義理兄である
と、そんな御家の事情で一喜一憂する俺の聴覚へ……遥か遠方から響くV型8気筒のエンジンサウンドが届くと——俺は慌てて愛車へ飛び乗った。
「くっそ、あいつら……もう嗅ぎつけやがった!ここは退散退散っと!」
「——まぁーー!当主様ーーっ見つけましたよ、ちくしょーーっ!どうか——どうか宗家へお戻り下さいーーっ!!」
「ちくしょーーーっ!待ちやがれ、この当主様ーーっ(涙)!!」
重量級の車体を振り回し、英国が誇る紳士なるモンスター マセラティがV8エンジンから発する余りあるトルクで迫り来る。
言うに及ばず、俺を付け回しては宗家へ戻そうとする俺のSP達だ。
宗家を担う当主にはぞれぞれ任務車両であるスポーツカーないし、スポーツタイプのマシンが当てがわれ……それに伴いSPであるお付きも同様マシンへの搭乗を義務付けられる。
細かい事情は主に日本の現状が絡んでるんだが、ここ暫く英国で気ままに過ごす俺は現状もよく知らないのでこの程度が認識だ。
「悪りぃなーーっ!待てと言われて待てないのが走り屋ってやつだぜーーっ!」
走り屋を名乗って居るわけでも無い俺にその
パワーに対し軽量の度が過ぎるエキシージは、もはや車体が抑えられずに左右へ暴れ始め——高速回転した後輪の巻き上げる白煙を煙幕に変えて、猛ダッシュする。
背後からV8サウンドに紛れて、悔しさの咆哮が響くがお構い無しだ。
俺はもう……宗家と言う存在との関わりを断つつもりだった。
だから、戻らないとの意思を宿し——英国の市街地へと消えていったんだ。
§ § §
赤く
その第三惑星と呼ばれる蒼き星地球。
薄く広がる生命を守る盾でもある大気の壁上——衛星軌道に位置する場所に、深淵を監視する静止衛星が深き闇を睨め付ける。
と、その衛星レンズに僅かな光が映り……直後、音も無く衛星が爆轟に包まれ——再びの沈黙へ沈む。
その異変に気付く者はまだ誰も居ない。
そう――まだ誰も――
§ § §
『――って、加速はやっっ!?』
『おいっ、急げ!』
『無茶言うなっ!相手は軽量プラスハイパワーだぞ!?マセラティじゃ街中でまかれるのがオチだ!』
『ちっくしょーーっ(涙)!?一トン切りの車体に1800ccV‐TECなんて積むなーー――』
『…………――』
「――あー……ゴホン。それで――そうか分かった。では引き続いてそちらを任せるよ。」
虚しい通信が響いたのは昼下がり。
そこはあの
「局長!草薙さんはっ!?」
「はぁ……その様子だと、実はまた捕まえ損ねたとか?」
それに答える
「いや、今回は違うぞ?今回は――まかれたそうだっ!」
「あらら……(汗)やっぱし。」
「いえそれ、私の意見のどこに違いがあるんですか?局長(汗)」
「「一緒じゃんっ!?」とも言うわねぇ~~。ふぁ……もう寝ていい?ユイレン――」
「だめに決まってるでしょ!?」
全く自慢にならぬ返答がゆるゆるのまま響き――
万年寝不足少女含む、三者三様の返答が観測室へと木霊した。
いわゆるこれが英国直轄特殊機関——マスターテリオン機関である。
決してお間抜け集団などではない……はずである。
その抜け過ぎた日常を謳歌する研究員である者達より——明らかな壁を持って存在を遠きに置く女性。
この機関に於ける在籍日数はまだ浅いが、マスターテリオンへの英国統一防衛軍出向である者が……冷ややかに研究室内を一瞥していた。
肩甲骨まであろう深いブラウンの御髪を、片側後方でサイドポニーにまとめ……露わとなるキャメル色の双眸には、深い悲しみとも苦しみとも取れる感情が複雑に渦巻き——
間の抜けた雰囲気が包む研究室内へ、全く異質の世界を生み出している。
——英国統一防衛軍・特殊遺跡研究機関所属……シエラ・シュテンリヒ少佐その人であった。
「——でさでさ、このメーカーまた新車発表したんだよ!?このご時世に、よくもこれだけガソリン系スーパーカー作る——って、痛ーーっ!?何すんのさ、ユイレン!」
「何もへったくれも無い!あなた今任務中って分かってるの!?……って、シャウゼ!あんたも寝るなっ!」
「——はっ!?寝てないよ?……寝て——すぅ~~——」
「それを寝るって言うのよっ!!」
最早任務中などと言う言葉は研究員の皆——もとい、真面目系少女を除く二人には存在していなかった。
方や趣味のスーパーカー雑誌に心奪われ、方や夢の中—— 一人から回る真面目系少女を
「……毎度のことながら、頭が痛くなるな。出来れば少佐からも一言あってもいいと思うのだがね——」
「ええ……まあ。」
「はあぁぁ……了解した!全く君も君だ……だが無理強いする気はないから、いつかは——いつかはこの状況へ喝を入れてくれよ?」
防衛軍所掌の軍属からのお言葉であれば、研究員のお騒がせ少女も気合が入るかと……悲哀の少佐に声を掛けた盾の局長——物の見事に上の空を食らってしまい、さらに頭を抱え込む。
研究機関とは名ばかりの税金泥棒とは、よく巷で囁かれるこの施設。
おおよそそれを知り得る者は英国の政界を取り巻く重鎮ら——すでに機関の存在意義すら危うい現状があった。
「……この反応?……まさか——」
そのお間抜け空間はこれからも延々続くと……そこにいる誰もが思考していた。
この時、衛星軌道上監視衛星よりモニターへ送られた—— 一つの現実が突き付けられるまでは——
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