2食 来光する食卓

朝、まだ日の出もしないうちの事だ。

巴島家の主・花納慧かなえは、早くも出勤の用意に勤しんでいた。


「――――あら早起きね。メメちゃん」

「気付いておったのか。その……昨晩はすまなかった」


「ふふふ……別に良いのよ?」


一体、何をどうすればここまでメメが正直になってしまうのか。恐るべし花納慧さん。


「詫びと言っては細やかだが……朝ご飯は我が手ずから作ってやらん……でもない」

「じゃあお言葉に甘えて」


花納慧はいつの間にか淹れていたコーヒーを2、3すすって椅子に座る。


「……私ね、郷土逸話を研究してるの」


突然まじめなトーンで花納慧は言う。

メメは卵を溶きながら、彼女の話を背中で聞く。


「メメ……そんな名前の神は、少なくとも日本に遺るどの文献にも見当たらない」

「つまりお主が言いたい事は」


卵を温めたフライパンに落とし、くつくつと音が鳴る。


「我が日本の神では無い、という事じゃろ」


「……もう少し踏み込んだ所よ。神様っていうのは、持ち場を離れたらまずいんじゃ無いの?」

「時期は確かに善く無い。だが理由も無くこちらへ来た訳でも無い」

「訳あって約束を破った?」

「しかも我にとって命の危機じゃった。トラウマゆえ、あまり詮索してくれるな」


ふーん、と花納慧はまたコーヒーを啜る。

そうこうしているうち、メメはハムエッグトーストを2枚完成させ、皿の周りに何かソースまで付け合わせしていた。


「あらあら、かなり凝ってるわね」

「本気で作る『食』が、心を動かせるという事を学んだからの」

「ふふふ。少し違うけれど、そういう事にしておくわね」


トーストを1枚だけ手に取り、咥えると花納慧はメメに言った。


「ほほほほひはんははは、ひっへひはふ」

「トーストを咥えて喋るな。分からん」

「そろそろ時間だから、行ってきます」

「…………行ってらっしゃい」




日が昇り、また世界は胎動し始める。

のそっ、と百和が起きてきた。


「――――早いね。流石お婆ちゃん」

「……否定できぬ事が悔しいの」

「母さんは朝抜いたのかな」

「我が作って食べさせたぞ。これも我の大事な使命の一つじゃからの」

「使命って。ちっと大袈裟すぎないかい神様。もう少しくらい気楽にしたって良いのに」

「悪口を言った手前、それは出来ぬ」


頑なになるメメに百和は、小さな包装を2、3渡した。中には固形物が入っているみたいな触り心地である。


「何じゃこれは」

「チョコレート、甘いお菓子さ。気分転換にピッタリ。糖分とカフェインで、目覚めにもバッチリ」

「ほう、甘いのか。どれどれ」


頬張った瞬間、カカオ――と言ってもメメはカカオを知らなかったが――のかおりが口一杯に広がる。


「何じゃこれは……!!」


図らずもメメの目はキラキラと輝く。女神を名告る者らしからぬ子供っぽさである。


「だからチョコレートだって。そんなに美味しかったかぁ?」

「うむ、これは素晴らしいな!喪女のクセにこんな良い思いをしておったのか!」

「だから喪女言うな!!しばくぞ!?」

「くふふ、やれるものなら手合わせしてやらん事もないぞ?ほれほれ?」

「おはよー……って修羅場になってる!?」


こうして朝は忙しなく過ぎ去っていった。

メメだけを遺し、二人(僕と百和姉さん)はそれぞれ高校と大学へ。

帰りに、メメに駄菓子でも買っていこうか。

僕はそう考えつつ、退屈な7時間半を過ごすのだった。

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