1食 邂逅する食卓

「……ママ、今日は遅くなるとさ。繚左、どうするよ」

「どうするも何も、作るしかないでしょ。

じゃないとあの高慢ちき、帰らないと思う」

「高慢ちきとは何だ眷族、せっかくの名誉を不意にして灰になりたいのか?」


自らを【至上の女神】と名告る少女・承森召命の来訪により、僕らの日常はあっという間に滅茶苦茶になってしまった。

僕らはこの女神を名告る悪魔に脅されている。この晩飯で満足させなければ、このアパートを国ごと爆散させてしまうぞ、と言ったのだ。

始めは冗談だと思ったのだが、彼女が『試しに』と近所の学校の三階部分を音もなく消滅させてしまうのを間近で見て、恐怖のあまり姉と抱き合って震え上がった。

果たして、そんな恐ろしい暴虐の神を、僕の麻婆豆腐ごときで満足させられるのだろうか――――。

不安ふあんまみれになりつつも、赤い煮汁をたたえたフライパンに水溶き片栗粉を投入した。




「……さて、出来ましたよ。巴島家秘伝の味・麻婆豆腐です」

「随分待たせたのじゃ、美味くなければ、貴様らは永久退場じゃぞ」

「自信はあります、覚悟は無いけど」

「ふん、口ほどにも無い。どれ、そんな小童こわっぱの飯は如何な味か――――」


スプーンに一口大、辛い汁の絡まった豆腐がすくわれ、少女の唇の間に吸い込まれていく。


「――――何じゃ、この飯は」


もの凄い気魄を帯び、わなわな震える声を挙げるメメ。


「……ええっと」

「この飯は何か、と聞いておろうが」

「……麻婆豆腐、ですが。お気に召さなかったですか……?」

「うむ、実に気に食わん。何じゃこの飯は。貴様ら、果たして如何にしてくれよう」


しまった。辛いのは苦手だっただろうか。

それとも晩ご飯用に買って来た物をそのまま流用したのが駄目だったか。


「……こんな絶品、味をしめたら故郷のクソ飯が食えなくなるじゃろ」

「え、じゃあ……!!」

「おう、認めよう。貴様らは正式に眷族、この国への侵攻は中止じゃ」


えっ、侵攻は初耳なんですが。

もし間違えたら、とんでもない事態になっていたかも知れない……?

一気に緊張の糸が切れ、僕はその場に崩れ落ちてしまった。

その様子を見てか、メメは口元に微笑を浮かべて言った。


「だが我は諦めんぞ。貴様らの作る他の飯も食わせい。不味かったら承知せぬ故、相応の覚悟をして置くのだな」

「え、また来んの!?」


さしもの姉も驚いている。


「悪いか、喪女」

「私は百和ももかだ!喪女言うな!」

「では百和よ、貴様はこれから喪女だ」

「メメさん、悪口言って姉さんを煽らないで。姉さんも露骨な挑発に乗らないでよ」

「「男はすっ込んでろ!!」」


駄目だ、僕じゃ喧嘩を止められない。

そう思っていると、玄関から一人、気配が。


「ただいま~……あら、お客さん?」

「誰だあの肥えた雌豚は」

「――――僕達の母さん、巴島家の主だ」

「あらあらぁ、随分凄い事いう娘ねぇ。貴女は一体、どこから来た誰なのかしら?」


この後、メメがすっかり大人しくなったのは言うまでもない。

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